第66話 逆

 ミックはふと思った。


「私が死んだら、困るんだよね?」


理望の眉がピクッと動いた。その仕草は、言葉より雄弁だった。ミックはさらに続けた。


「このまま仲間を攻撃し続けるなら、私は自分の命を自分で断つ。でも…一つ、願いを聞いてくれたら…。」

「言ってみなよ。」


理望は見下しながら言った。不機嫌そうな顔になった。これからするのは下らない提案だ。だからこそ、恐らく理望はおもしろがって飲むだろう。それに、本当の気持ちからの言葉だ。嘘ではないから疑われない。先程の「ドラゴンを気絶させて正気に戻そうなんて」という言葉から、理望はミックがラズの真名を知っているとは思っていないこともわかった。


「…ラズにキスしたい。初恋なんだ。」


理望は一瞬ぽかんとした顔をしたが、すぐに笑いだした。側で聞いていた側近たちも笑いだした。


「はははっ!君はこの半分ガラの人になり損ないのやつに恋してるんだ。」


酷い言いように腹が立ったが、ミックは頷いた。


「傑作だね!体を失う前に、ファーストキスくらいさせてあげるよ。おとぎ話の姫と、君は逆だね。キスで眠りにつく。ロマンチックだねぇ。」

「良いのですか。なにか企んでいるのでは?」


団蔵が心配そうに口を挟んだ。余計なことを!


「この女は嘘をつくのが下手なんだ。多分偽りはないよ。あったとして、キスするふりをしてすきをつくるなんてできないし。」


理望は鼻で笑った。ミックはこの時初めて嘘が下手で良かったと心から思った。茂道がガラたちに攻撃をやめるよう指示した。ベルたちはすでにぼろぼろだ。体を抑えられて身動きを取れないようにされた。口も塞がれ、声も出せないようにされている。仲間の言葉でミックが心変わりしないようにするためだろう。


「人の形に戻してやるよ。ドラゴンとキスなんて、食べられてるようにしか見えないからね。」


自分の冗談にははっと笑ってから、理望がラズに触れ呪文を唱えた。ミックの上に乗っていた巨大な鉤爪のついた足は消えた。痛みをこらえて立ち上がると、虚ろな目をしたラズが立っていた。よく見ると服はぼろぼろで、顔や手足は傷だらけだ。ミック達がここに来るまでに、散々痛めつけられている。


ミックは腸が煮えくり返りそうだった。しかし、今はその怒りを向けるときではない。もう少しだけ、もう少しだけ、耐えるのだ。ラズに近付き、そっと顔に手を添えた。


「そのままどうぞ。契約の魔法はキスが終わったらで構わない。」


理望はニヤニヤと見ている。ミックはラズに顔を近づけた。唇をすっと耳元に寄せ囁いた。


「蓮、戻ってきて。」


顔を離すとラズと目があった。はっきりとミックを捉えている。魔法は解けた。


「理望様、こいつ…!」


環がすぐに気が付きまた魔法をかけようとしたが、ラズの方が速かった。ミックが渡した剣で環の心臓を貫いた。


「真名を知っていた…!?」


理望は信じられないといった顔をしている。理望にとって、家族でもない赤の他人に真名を教えるなんて、ありえない行為なのだ。ミックは弓矢を構え、理望に向かって矢を放った。理望は先程の反省を活かしたのか、きちんと矢を避けた。狙い通りだ。


「ぐっ…この茂道が…。」


理望の後ろにいたトカゲ男に見事に命中した。茂道はさらさらと塵になって崩れていった。理望は憤怒の形相だ。


「お前ら、できるだけ残虐にこいつらを殺せ!ミックにそれを見せつけろ!!」


周りのガラ達は雄叫びを上げて、再び激しく攻撃を仕掛けてきた。ラズが環を刺したことで動揺してベル達を離してしまったガラ達も、士気を盛り返した。


「ラズ!!」


ディルが持ってきたラズの剣を投げてよこした。ラズは受け取り、先程貸された剣をミックに返した。


「ラズ、お前は私が殺してやる。もう、いらない。」


恐ろしい顔で理望がラズを睨みつけた。ミックはラズの前に剣を構えて立ち塞がった。 


「ラズ、一旦逃げよう!」


目の前の理望を倒したいのは山々だが、ラズも他の仲間も限界だ。一旦戻って立て直すのがベストだ。


「奴の呪文のせいか、变化できん!」


ラズは剣をしっかりと構えた。ドラゴンの機動力がなくては、ここからは逃げられない。もう戦うしかないということだ。ミックは覚悟を決めた。ラズが戦場の喧騒に負けない声で、ミックの背後から叫んだ。


「先に言っておく!先程のやり取りは、聞こえていた。」

「えっ!」


操られていても意識はあったということか。それより、聞こえていたということは、もう告白したのと同じではないか。


「俺が先に伝えようと思ってたのに…ミック、俺はお前が好きだ。しそびれたキスはここが片付いたらしてもらう!」


ラズはそう言ってミックより前に出て理望に斬りかかった。こんな時になんてこと言うんだ、とミックは動揺したが、同時に勇気が湧いてきた。そうだ、この状況を乗り越えるのだ。


「何だよ、二人で盛り上がって!じゃ、俺も言っとくけど…ベル、俺お前のこと好きだー!」


シュートが前方の広範囲の敵を凍らせた。


「このタイミング!?私は嫌よ。返事は王都に戻ったらね。」


動きを止めずに敵に攻撃をし続けながらベルが叫び返した。ちらりと見えたベルの顔は笑っていた。もう返事をしているようなものだった。


「姉さんの結婚式に参列するまで俺は死ねないからね。切り抜けよう!」


そこは、ザーナ姫と結ばれるまでは、じゃないのか、と心の中でツッコミながらミックはラズと共に理望へ攻撃を繰り出した。シュートが付けてくれた氷は、まだ残っている。


「おめでたい連中だね!!ミックは私のものに、他の奴らはここで死ぬんだよ!」


理望が黒い魔力を纏った拳を振るった。掠りもしていないのに、風圧でラズとミックはふっ飛ばされた。圧倒的な力だ。折れた肋骨が酷く痛む。理望はいろんな魔法を使えるのだろうが、肉体強化のようなものが恐らくメインなのだろう。少し距離が出たので弓矢に持ち替えて早撃ちをしたが、全て弾かれてしまった。ダメージを与えられない。


「ぐっ…!」


シュートの声だ。ガラに腕を切りつけられたようだ。ボタボタと血が流れ落ちている。傷はかなり深そうだ。ベルとディルもかなり息が上がっている。大きな怪我はしていないが、傷ついている。


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