第52話 桜
雪像だけではなく、街路樹にもオーナメントが取り付けられ、きらびやかに飾り付けられていた。こちらは、雪まつりのためというよりは、女神様の生誕祭のためのもののようだった。
「こんな風になっているんだな。」
ラズは眩しそうに飾り付けられた木々を見上げた。城の中でずっと生活していたのなら、生誕祭期間の街の様子は初めて見るのだろう。
「綺麗だよねぇ。王都でもこんな感じだけど、雪景色の中だとまた格別だね!」
ミックの言葉にラズは黙って頷いた。ミックは隣を歩いているラズの正面に回り込んだ。
ラズは歩みを止めた。ミックはラズの目を真っ直ぐに見つめた。翡翠のような柔らかな緑の瞳とガーネットのような鋭い真っ赤な瞳が出会った。
「大事な目的を持った旅だし大変なこともあるけど、色んな場所で色んなもの見たり食べたりして…私は楽しいんだ。もちろん、目的は忘れちゃいけない。でも、自分が楽しいと思うことは悪いことじゃないと思ってる。」
一息ついてから、しっかりとラズの心に届くよう、いつもよりゆっくりと一言一言、言葉を発した。
「あとね、私が楽しめるのは、一緒にいる仲間のお陰だと思ってるんだ。私は、最後まで、ラズも一緒にいてほしいよ。」
珍しく真顔のミックを、ラズは少し驚いた顔で見返した。ラズは一度目を伏せたあと、再びミックの目を見た。ミックはまだラズの目を真っ直ぐに見ている。
「俺も…自分自身のために存在することを肯定して、心から仲間を信頼することを、できるといい…と思う。…お前のように思えるようになるのだろうか。」
ミックはふわっと笑顔を浮かべた。その笑顔は、ラズに春の桜を彷彿とさせた。淡いピンクの、人々の心を和ませる可憐な花。
「なれるよ。」
真っ白な雪景色の中咲く、暖かな桜。
ラズとミックは歩き続け、街の外れまで来た。祭りの喧騒は遠くなり、とても静かだ。雪原が広がっており、遠くに針葉樹の森が見える。その手前、ラズ達がいるところと森との間に一本だけぽつんと樅の木が立っていた。
「おお、なんだかいい景色!あそこまで行ってみようよ!」
ミックは興奮しているのか、ラズの返事を聞かずに樅の木目指して走り出した。どれだけ雪や雪景色が好きなんだ…と半分呆れ、半分羨ましいと思いつつラズは跡を追った。
追いながら、先程のミックの目を思い返した。そこには、恐れや嫌悪は微塵も感じられなかった。以前と変わらない、明るく清々しい光を湛えていただけだった。
樅の木の下にたどり着いたとき、雪の上を走り続けて、流石のミックも息が上がっていた。
「うわぁ、まっさらだね!」
ラズはミックに倣って周囲を見回した。風もなくとても静かで、周りには動くものがない。ミックの少しずつ落ち着いてきた息遣いが、やけに大きく聞こえた。
ミックは、半分ガラの自分とこんな状況でも、全く怖がらない。襲われる、心臓を狙われる、なんてきっとかけらも思っていない。もちろん、そんなことするつもりは全くない。人の心臓を食べたいだなんて思ったことは一度もない。それでも、城の連中は疑っていた。しかし、ミックは違う。心から信頼してくれている。
「ねぇ。」
話しかけられ物思いから抜け出し、ミックを見た。
「なんだか…世界中に二人だけみたいだね。」
少しはにかんだような笑みを浮かべながらそう言ったミックを、気が付くとラズは抱きしめていた。ミックを抱きしめたのはニ回目だ。一回目は崖から落ちているときだった。自分が怪我をしたほうが合理的だからそうしたと話したが、そんなのは後付けだった。ただただ守ることに必死だった。
「ラズ…?」
理望に追い詰められてやっと自覚した。仲間のことがとても大切だ。失いたくない。彼らにとって頼りになる存在でありたい。まだ一緒に旅を続けていたい。そして、仲間の中でもミックは特別だ。一度気付いてしまうと、今まで気付いていなかった自分自身が滑稽なほど明らかな気持ちだった。
……俺はミックのことが好きなんだ。
「…悪い。」
ラズはそう言って、ミックのことを離した。ミックは目をまん丸にしている。
「これから先、もしまた俺が暗く淀んだ気持ちに捕われたら、『蓮』と呼んでくれ。」
「蓮って…ラズの真名?」
ラズは頷いた。ミックは丸くしている目をさらに大きく丸くした。フクロウのようで、ラズは少し笑ってしまった。
「戻るか。」
ザクザクと、もと来た道をラズは辿った。
「先行ってて!私ここで…もう少し景色見る!」
ラズはミックを置いて一人宿へと戻った。ミックには、この気持ちが伝わっただろうか。どちらでも良かった。旅が無事に終わったら、改めてきちんと伝えよう。ミックが自分のことをどう思ってるにせよ、言わなくてはならないと思った。
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