第48話 あの事件

 先程まで上体を起こしていたミックは、再び横になり眠りについていた。ラズは左手をミック、右手をベルと繋いだ。ベルは左手をラズ、右手をミックと繋いだ。三人で輪を作るような形となった。


「深呼吸して、目をつぶって」


ベルに言われた通りラズは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。しばらく繰り返すと、体が軽くなった感じがした。動いていないはずなのにふわっと浮いたような不思議な感覚だ。手を繋いでいるはずなのにその感覚もなくなった。


「ラズ、目を開けて」


目を開けるとラズは夜の森の中にいた。隣にベルが立っている。立っているのだが、輪郭がぼんやりとしていて、存在感が薄い。


「ミックの心の中よ。少し様子を見ましょう」


そう言ってベルはラズを手招きして木の陰に隠れた。よく見ると森の中の広場のようなところに先程は立っていたようだ。広場の中月明かりに照らされて、剣の素振りをしている人物がいた。子供のミックだ。十才くらいだろうか。かなり太刀筋は良い。


「おーい」


森の中から声が聞こえる。ミックは気付いていないようだ。あれは、懐かしいジークの声だ。ラズはほんの少し体を乗り出す。ミックは素振りを続けている。


「理望ー!おーい、夕飯だぞー!」


ラズとベルは顔を見合わせた。今、ジークはなんと言った?


「理望ー、どこだー?修行もいいけど、夕飯もちゃんと食えよ」


聞き間違いではない。ミックのことを理望と呼んだ。一体どういうことなのだ。あれはミックではないのか?


突然、ミックの周りを黒い靄が取り囲んだ。ゾルだ。ミックは必死で剣を振るったが、しばらくして倒れた。飛び出してミックのそばに寄ろうとするラズをベルは引き止めた。


「これはミックの夢の中。恐らく彼女の過去の記憶。まず、私達は正確に何が起こったのか知らなければいけない。干渉してはだめよ」


ミックはむくりと起き上がり、月を仰いだ。目の色は真っ黒で、影はなかった。


広場にジークがやってきた。ミックの様子を見て驚いたようだが、さすが大剣豪と言うべきか、すぐに剣を抜いた。ジークは家だろうが城だろうがどこにいても剣を身に着けたままだった。それで自分の妻に怒られたことを、昔ラズにぼやいていたのを思い出した。


唇の端を引き上げ、ミックは剣を構えた。


「へぇ、可愛い真名じゃないか。理望、気に入ったよ」

「やめろ、俺の娘の体だ!返せ!」


ジークはミックの剣を叩き落とすように斬りかかった。しかし、理望はひらりと剣をかわしカウンターを食らわせた。ジークの左腕にざっくりと深い傷ができた。ジークは剣を両手で持つことができない。額には汗が浮かぶ。


ジークはあんな弱々しい剣を振るわないし、カウンターも普段なら弾き返すことができたということをラズは知っていた。明らかに、相手が実の娘だという事実がジークの腕を鈍らせていた。


「大剣豪といえど、娘相手だとこんなもんなんだね」


理望は不敵な笑みを浮かべた。と、次の瞬間苦しみだした。


「何だ……?真名は間違っていない……くそ……体が……」


片膝をついた理望。ジークは右手だけで、大きな剣を振りかぶる。


「やめてよ、父さん」


まさに攻撃を当てようとした瞬間、理望がジークを見上げて弱々しく言った。


ジークの動きが止まったその時、理望がジークの胴をざっくりと切り裂いた。理望は返り血をビシャビシャと浴びた。


ジークはよろめき、木にぶつかってそのままずるずると座り込んだ。血が溢れ出る。過去の出来事だとわかってはいても、目の前の光景にラズは胸が引き裂かれる思いだった。


「ははっ、わかっていても攻撃できないものなんだね」


苦しみながらも立ち上がり、理望はジークを見下ろした。ジークは理望を睨みつけている。


「心臓をいただくよ」


理望がジークの体の中心を狙って剣を突き刺そうとした。しかし、そのまま動きを止めてしまった。そして、胸のあたりを掴んで激しくもがき出した。しばらくして、その場にバタリと倒れてしまった。


倒れた理望の体から黒い靄をまとった理望が幽体離脱のように出て、その場から逃げるようにしていなくなってしまった。


「父……さん……?」


理望の抜けたミックは意識を取り戻したようだ。


「お前……もしかして……路望が残ってたのか?良かった。ガラじゃねぇな」


ジークはほとんど声にならない声でそれだけ言うと、ホッとしたように笑った。それを最後にがくっと項垂れたように頭をさげ、動かなくなった。


「え、ちょっと待って……嫌だ……父さん!」


ミックが這ってジークの体に身を寄せ、抱きしめた。既に血で染まっていたミックに、ジークの血がさらにベッタリと付着した。


「そんな……父さん……違う……私が?」


ミックは左手に剣をまだ握っていた。その手を見つめる目に涙が溢れ、手は激しく震えた。


「私が……斬った……。でも……違う、こんなこと……父さん……」


剣を握ったままミックはジークの横にドサリと倒れた。


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