第34話 手紙の差出人
準備を整え、村人に道を確認して北の洋館へ四人は急いだ。クリフの他に三頭馬を借り、薄曇りの日に照らされる草原の道を走らせた。
風に長い髪を靡かせ、ベルはミック、ラズ、シュートに今回の件について自分が知っていることを語った。
「私を含めて鳶の塊の何人かがユーリナ病にかかったことがあったの。二年くらい前よ」
鳶の塊は月雫草が特効薬だということを突き止めたが、貴重な薬草だ。そうやすやすとは手に入らない。
ベルの祖母が占ったところ、王都の城の中にあることがわかった。しかし、さすらい人が突然訪ねていったところで門前払いだ。塊のみなは打つ手なし…意気消沈したが、ディルが自分が城に忍び込んで取ってくると言い出した。
ディルは軽業師として興行に出ていたので、身のこなしは申し分ない。しかし、病床のベルは反対した。万が一見つかったら死刑か良くても終身刑だ。大切な弟にそんな危険な橋をわたらせたくなかった。
ディルはそんなベルの思いを知りつつも、結局城に行ってしまった。
「今ディルが一緒に旅できてるってことは、上手くその月雫草を手に入れられたんだね!」
ミックは自分が城を守護する側の人間だということをすっかり忘れて、ディルの侵入の成功を喜んだ。
「そう、結果として、ディルは無事に月雫草を手に入れて戻ってきたわ。でも、城の人に見つからなかったわけではないの」
ディルは城内に上手く忍び込み、月雫草が栽培されている城内の植物園へ辿り着くことができた。しかし、真夜中だったにもかかわらずそこには人がいた。それが、ザーナ姫だった。
「そのことをはじめは教えてくれなかったのよ。でも、なんだか様子がおかしかったから問い詰めたの」
ザーナ姫はディルを見逃す代わりに交換条件を出したのだ。それは「外の世界のことを教えること」だった。ディルはすぐさま承諾し、姫に自分が今まで寄ってきた街の様子や自分の鳶の塊について話して聞かせた。姫は約束通りディルを見逃した。
「それから、王都による度にディルはこっそりザーナ姫に会いに行っていたわ。私にはばれてないと思ってるようだけど」
「姫の出した交換条件はそんなに何度も外の世界の話をしに来いってものだったのか?ディルもそんな律儀に会いに行かなくてもいいのにな」
シュートの言葉にベルが首を振り振りため息を吐いた。切なさが胸にこみ上げたミックが代わりに答えた。
「そうじゃなくて、ディルはお姫様に会いたかったんだよ。でしょ、ベル?」
ベルはその通りよ、と頷く。
「私達が城に呼ぼれてこの旅のことを伝えられた日の前日もディルはザーナ姫に会いに行ってた。多分、別れを告げるために。その日は酷く思い詰めた顔をしてたから。だから……」
ベルは手綱を握り直し自身の体勢を整え、続きの言葉を放つ。
「だから、ザーナ姫が書いていた手紙の相手は恐らく、ディル」
ミックは謁見の間でザーナ姫の状態を聞いた時、ディルが声を上げよろめいていたのを思い出した。さすらい人とお姫様。例えお互い想い合っていても、結ばれることは難しい。ミックの顔に当たる風は冷たかった。
「これは私の推測だけど、ディルは姫に自分の真名のヒントだけ伝えた。それが『歴史の後半』。だから、さっきの手紙の送り主は……」
「お姫様!?」
「……ではないだろう!」
ミックの信じがたくずれた解答にラズが珍しく取り乱し、危うく落馬するところだった。
「ゾルだ。姫の真名を半分知った奴だ。手紙に姫がその言葉を記していてそれを読んだか、あるいは姫の真名を半分知った結果姫の記憶を読み取ることができたかのどちらかだ!」
ラズは全力でミックの思いつきを否定した。言われてみればその通りだ。今姫は今昏睡状態なのだから。自分でも相当おかしなことを言ってしまったことにミックは気付いた。
「だからか!さっき石が動いたのは。あの時ちょうどディルと接触してたんだ。東の畑の方でディルに会って、北の洋館に連れ去ったんだ」
シュートが納得したように言った。ディルのことは心配だが、もしかしたらこれはまたとないチャンスかもしれない。もし、本当にディルをさらったのが例のゾルなら、そいつを倒せば旅の目的は果たされる。そこでミックは根本的な問題に思い当たった。
「私ずっと勘違いしてたかもしれないんだけど、もしかして、倒す相手はガラじゃない……?」
「何を今更。相手はゾルだ。まだ実態がない」
ラズがさらりと言った。何ということだ。相手がゾルでは物理的な攻撃が効かない。魂だけの状態なのだから。
「魔法は効くはずよ。私は拳に魔力を纏わせる。ラズも剣に同じことができるわよね?ミックはシュートにサポートしてもらえばいいわ」
そうか、また氷の矢にしてもらえばいい。ミックがシュートを見やると、シュートは任せとけと胸を叩いた。
北の洋館が見えてきた。三階建ての石造り。壁にはびっしりと蔦が蔓延る。左右対称に広がる建物の中央に扉があり、全ての窓には板が打ちつけられていた。五家族くらいは優に住めそうな豪邸だ。
北の洋館は、周りの景色より色味が暗く沈んで見えた。まるでミックたちを手招きするかのように、中央の玄関のドアはほんの少し開いていた。
かつては立派な門だったであろう石柱の影に隠れてミック達は作戦を考えた。
「正面突破かな?」
ミックは扉を睨み、シュートが用意してくれた弓を構えた。
「扉のすぐ後ろに仲間のガラがいるかも。ゾル一体の気配じゃないわ」
ベルは大分気持ちが落ち着いたようだ。いつもの調子が戻りつつある。
「ミックとシュートは後方支援だ。俺とベルが先陣を切る。とりあえず、あの扉の隙間に矢を打て。上手く行けば捕らえられるだろう。少なくとも、敵の気はそちらに逸らされる」
全員息をひそめて、館へと近づく。ミックは矢が扉の中へ入る角度へ移動して弓を構えた。ラズからの合図で矢を射る。矢は真っ直ぐに扉の中へと入っていった。キーンと凍り付く冷たい音と隙間からわずかに漏れ出る冷気。
ラズとベルが扉を蹴って開けると、三体のガラがいた。一体は先程の矢で足が床とくっついて凍っていて身動きが取れなくなっている。ラズは自分の近くにいる凍っていないガラに攻撃を仕掛けたが、かわされる。残り一体のガラはベルへ剣で切りつける。かろうじてよけるベル。数本、髪が切れ風に流れる。
ミックとシュートは距離を詰めた。ミックは身動きが取れていないガラの心臓目指して矢を放った。狙い通り命中し、ガラはサラサラと崩れていった。
「跳べっ!」
シュートが叫び、ミック達は一斉に思い切りジャンプした。シュートは先端を凍らせておいた短槍を思い切り床に突き刺す。槍を突き刺したところを中心に氷が流れるように張られる。
ガラは足が床に貼り付き、動けなくなった。すかさず着地したラズが、心臓を剣で真っすぐに貫く。ベルは空中でくるりと縦に回転した勢いでもう一人のガラにかかと落としを食らわせた。ガラの頭がべコリとへこんだ。
頭が潰れ全く動かなくなったガラの心臓をシュートが槍で突き刺した。ガラは細かい粒子になりさらさらと崩れていった。
「シュートやったね、ガラ倒したよ!」
ミックは感激して思わず叫んだ。シュートははっはっと息を乱してガラがいたところを見つめている。
「凍らせてくれたおかげで早くかたがついたわ。ありがとう」
シュートはゆっくりと顔だけをベルに向けた。まだ体は強張って動かないようだった。
「いや……俺必死過ぎて自分が何をしたんだかよく分かんねぇ……」
「こいつらは、中程度の強さのガラだった。必死に動いてそれなら問題はない」
ラズに言われてシュートは顔を輝かせた。ゾルの気配を追えるから、とベルが先頭に立ち道案内を買って出た。
「こっちよ」
玄関を入ってすぐのホールの正面に階段があり、折り返して左右に分かれて二階へと続いていた。薄暗い室内には、埃っぽい空気が淀んでいた。
左側の階段は崩れていて使えそうにない。ミックたちは右の階段を駆け上がり二階へ上がった。軋む木の音が響く。
板張りの窓から漏れ入る光は心もとない。季節外れの冷たい空気が防具の隙間から染み入る。ミックたちは少し離れた三階への階段へ向かった。そこも駆け上がり、三階の廊下を西側へ進む。
「もう、ガラはいないのかな。あとはゾルだけ?」
「残念ながら、まだいそう。しかも、さっきの三体よりは魔力が高そうよ」
ミックは油断するまいと弓と矢をしっかりと握りしめた。シュートが小さく「マジか……」と後ろで呟いたのが聞こえた。
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