第5話 追跡

 男は仲間と何やらごにょごにょと話して、またディルへ向き直った。作り笑顔が痛々しい。


「し、失礼しました!どうぞこちらへ」

 

 ミックたちは町長の家へと案内された。レンガ造りの二階建てで、大きな暖炉が部屋にあった。火は燃えていない。暖炉の上には大きな鹿の頭の剥製が飾ってある。

 

一枚板の重厚なテーブルにつき待っていると、丸メガネに小太りの男が二階から小走りで下りてきた。


「使者の方々、お待たせしてしまって申し訳ありません。私は町長の永山家のドーミーと申します。ささ、お茶でも召し上がって下さい」


ドーミーはひきつった笑顔で、用意してあったお茶やお菓子を指し示した。


「なぜすぐ差し出さない。その馬に何かあったか?」


にこりともせず町長を見るラズ。ミックはお菓子に向けて伸ばしかけた手を引っ込めた。ドーミーの目が泳いでおり額には汗をかいている。これは図星だ、と隠し事を見つけるのが下手なミックにも分かった。


「やはり誤魔化すのは良くないですね」


そう言って、ドーミーは大きなため息を吐いて話しだした。


昨日突然王都からのはやぶさ便で伝令が届き馬を用意することになった。そこで、すぐにでも引き渡せるよう準備をしておいたのだ。しかし、朝厩舎を見るとその馬がいなくなっていた。


「昨晩の雨のおかげで、足跡が残っていました。そこで、慌てて町の男たち何人かでその足跡を追っていったんです」


足跡の続く先は森の中だった。すぐ近くで馬の嘶きが聞こえ、そちらへ向かうと抵抗する馬を無理やり引きずる数名の人影が見えたそうだ。


「こっそり近づいて、念の為、武器になるだろうと持っていった斧の刃にその人影を映してみたんですが……何も映らなかったんだそうです」


ガラだ!と気付いた町の男たちは飛んで帰ってきたというわけだった。だから町がざわついていたのだ。馬を取り戻さなくては、王の命令に背くことになってしまう。かと言ってガラから取り戻すとなると、命の危険がある。


「そういうことなら、問題ありません。俺たちで馬を取り返します」


ディルの言葉に、ドーミー町長は目を丸くした。しかし、それより大きなリアクションを取ったのがシュートだ。ガタンッと椅子ごとひっくり返った。


「おいおい、正気か!?ガラは一体じゃないんだろ?どんな状態のやつかもわからないのに、危険すぎる。食われちまうかもしれねぇ!」


ガラはただ人がゾルに体を乗っ取られただけのものではない。魔力が強ければ、特殊な能力を持っていたり肉体が強靭なものになっていたりする。魔力を上げるために、ガラは人間の心臓を食べる。シュートを含めエンの民がそんなガラを恐れるのはもっともだった。


「町の人が斧の刃に姿を写せるまで近づいたのに、無事に戻ってこられたってことは、多分、ガラになって間もないんじゃないかな。倒せると思う」


パン屋へのおつかい程度の気軽さで話すミックを、シュートは口をあんぐりと開けて見つめた。


「昨晩から行動しているであろうにも関わらずまだ人が追いつける範囲にいて、追跡されるような痕跡まで残している。魔力や知能が低い証拠だ」


冷静に分析するラズの言葉に、ベルが頷いて続けた。


「きっとまだそう遠くには行ってないわ。そんな感じがするの」


根拠のないことを妙に自信たっぷりに言うベルが、誰かに似ているなとミックは気になった。しかし、誰だか思い出せない。

 




 心配し止める町長とシュートを半ば無理やり説得し、旅の一行はガラを討伐し馬を取り返すことにした。盗まれた馬程の名馬は他にいないことと、今ならまだ追いつけそうだということ、そして盗んだガラが強力ではなさそうだということが理由だった。


「わかるけどよ、やっぱり危なくねぇか」


町長が追跡用に別の馬を用意してくれるということで、その間ミックたちは馬車に戻り各々の武器や身なりを整えていた。シュートは皮の袋から短槍を取り出し、それを自信なさげに見つめた。


「貴様まだ言うか。そんなに嫌なら討伐に行かなくていい。そして旅のメンバーからもはずれろ。この腰抜け」


ラズの厳しい言葉にシュートはむっとした。


「そこまで言うか、お前!」

「わからないのか?このタイミングで馬が盗まれているんだぞ。おそらく偶然ではない。誰かが、裏で糸を引いている。その誰かは、今後俺たちに馬を盗む程度ではないことを、仕掛けてくるかもしれない。今音を上げるくらいなら、話にならない」


淡々と紡がれる厳しいラズの言葉は、静かであるがゆえに鋭かった。


「おお、そうなんだ……私、ただタイミング悪く盗まれたのかと思ってた」


弓を張りながらぽろりとこぼしたミックを、ラズが驚き呆れた顔で見やった。


「馬鹿か、貴様?」


清々しい程にストレート。昨日会ったばかりの人に言われるとは、思ってもみない言葉だ。


「うう……失礼な」

「そうだそうだ、失礼だぞお前!」


シュートがここぞとばかりに便乗した。何か言い返そうとするラズの口を塞いで、ディルが間に立った。


「まあまあ。ラズの考えには俺も賛成だよ。ま、確定ではないけどね。シュートはどちらにせよ、今後のためにガラとの戦闘には慣れといたほうがいいよ。ミックのその考え方は無駄に深刻にならないから、長所だと俺は思うよ」


フォローのプロだ。三方それぞれに寄り添った言葉をかけている。ミックは何だか申し訳なくなってしまった。シュートもそのようで、わりぃと声をかけている。ラズはふんっと鼻息荒く顔を動かして、口をふさいでいたディルの手から逃れた。


「あの王は考えなしに人を動かさない。任務を命じて次の日に出立だなんて、あまりにも急だ。それだけあいつは切羽詰まっているし、これは類を見ないほど重要な任務だ。それだけは覚えておけ」


そう吐き捨てるように言うと、ラズは自分の剣を確認し始めた。


「あら、これ落ちたわよ」


ベルがミックに封筒を差し出した。ミックの荷物が入った袋から落ちたらしいが、見覚えがない。開けてみると短い手紙と水色とピンクの糸で編まれた髪飾りが入っていた。手紙には「ミックへ 直接渡せなくてごめんなさい。手仕事部屋で作っていたら、思ったより時間がかかってしまったの。元気でね。また会えるのを楽しみにしてるわ。 ロッテより」と書かれていた。餞別の品を作っていたから、夜なかなか帰ってこなかったのか……ロッテは怒っていないことと自分の身を案じてくれていることに胸が熱くなった。左側の横髪に、しっかりともらった飾りを巻き付けた。


「さあ、そろそろ馬も用意できたかしらね?多分、ガラはまだ森の中にいると思うのよ」


革のグローブだけをはめたベルが馬車のドアを開けて外へ出た。


「あ、姉さんは俺と違って占い師だったばあさまの力を継いでるから、勘は割と当たるよ」


ベルに続いて外へ出ながらフォローの達人ディルは、ミック達へ伝えた。先程のベルが何に似ているか分かった。占い師だ。特定の誰かと言うわけではないが、論理的な根拠がないのに妙に言葉に説得力があるところが類似している。ベルは武器を何も持っていなかったが、占い師の力を継いでいるということは魔法を使って戦うのだろうか。そうだとしたらすごい戦力だ、とミックは胸を躍らせた。そもそも魔法を使える人が少ないので、敵からすれば対策しづらい。それに魔法は矢や剣の刃のように消耗しない。使う本人の体力、気力がもつ限り、いくらでも繰り出すことができる。


今後のためにも仲間たちの戦闘スタイルを見ておきたい、とミックは鼻息を荒くした。

 




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