第189話 溢れる気持ち

 ついに……ついに、自分から告白してしまった。

 

 私の顔は熱を持ち、心臓は早鐘を打っている。そして、ぽかんとした顔で私を見つめる氷室先輩。


 あぁ……駄目だ、きっと呆れているんだ。一体何を言っているのだろうと思っているのかもしれない。


「参ったな……」


 先輩が頭を掻いている。やっぱり……迷惑だったんだ!


「す、す、すみません!今の言葉……ど、どうか忘れて下さい!さよなら!」


 頭を下げると、先輩に背を向けて私は走り出した。悲しくて恥ずかしくて、思わず目に涙が浮かぶ。


 「え?ちょ、ちょっと!」


 先輩の声が背後から追いかけてくる。イヤ……今は何も聞きたくない!

けれど、身体の弱い私の足なんて先輩の足に適うはずなんかない。


「待ってよ!橘さん!」


追いかけてきた先輩に左手首を掴まれ、そのまま先輩は私の正面に回り込んだ。


「!」


私の顔を見た瞬間、先輩が息を呑む。きっと涙目になっている私を見て驚いているんだ。

やっぱり、私は先輩にとって迷惑な存在なのかもしれない。


「す、すみま……せ……」


すると次の瞬間――。


私は腕を引かれ、気付いたときには抱きしめられていた。


え?な、何……一体これは……?


「ごめん」


 先輩が突然謝ってきた。きっとこれは……付き合えなくてごめんと言う意味なのかもしれない。

 私は振られる覚悟で先輩の次の言葉を待つ。今、こうして抱きしめてもらえるだけで本望だと思えばいいのだから。

 

「さっきの僕の言葉が橘さんを傷付けてしまったんだよね?『参ったな』って台詞が」


私は腕の中で黙って先輩の話を聞いていた。

 

「あの台詞はそういう意味で言ったわけじゃないんだ」


より一層強く抱きしめられる。


「え……?」


 そして次の瞬間、私は自分の耳を疑うことになる。


「告白するの……先、越されちゃったなって意味で言ったんだよ」


「!」


 その言葉に驚いて顔を上げると、背の高い先輩が優しい笑みを浮かべて私を見下ろしていた。


「僕はね、初めて本屋さんで橘さんを見たときから……可愛い子だなって思っていたんだよ。あの時、書棚に案内したのも会話をするきっかけが欲しかったからだよ。本当なら売り場の番号までは教えるけど、案内まではしないからね。何しろレジに入っていたからね。だったら他の店員を呼んでいたよ」


「せ、先輩……?」


「生徒会に誘ったのもそうだよ。書紀の仕事なんてただの口実だったんだ。いざとなれば皆で書紀の仕事を分担すれば良いだけの話だったんだから。ただ……僕は橘さんと親しく……いや、違うな。好きだったから、側にいたかったんだよ」


 先輩が涙で濡れる私の頬を大きな手で撫でてくる。


「僕も橘さん……いや、架純ちゃんのことが好きだよ。僕と付き合って下さい」


「ほ、本当……ですか……?」


 私の目に嬉し涙が滲んでくる。


「うん、返事は……聞くまでもないよね?」


「は、はい!」


 大き頷くと、さらに先輩は笑みを浮かべて私に顔を近づけてきた。


 ま、まさか……。


 ドキドキしながら目を閉じると、先輩の唇が触れてきた。



 この日――。


 私は初めて出来た恋人とファーストキスを交わした――。


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