婚約者はこの世界のヒロインで、どうやら僕は悪役で追放される運命らしい

第110話 背中の怪我

「えっ？！」

「キャアアアアッ！！」

窓に背を向ける形で座っていたエディットに割れたガラスが降り注ぐ。

「エディット！！」

すぐ傍に座っていた僕は咄嗟にエディットに覆いかぶさった。

その時――。

「うっ！！」

背中に激痛が走り、思わずテーブルに突っ伏してしまった。

「キャアアアアアッ！！アドルフ様っ！アドルフ様っ！」

エディットの悲鳴がすぐ傍で聞こえる。

痛い……痛い……。

あまりの激痛で声すら出せない。

「アドルフ様……アドルフ様……死なないで‥‥」

エディットが悲し気にすすり泣く声が聞こえる。

死ぬ……？

僕はそれほどまでに大怪我をしているのだろうか……？

背中の酷い激痛は呼吸をするだけで気を失いそうになる。

だけど、エディットの鳴き声の方が余程僕の胸を締め付ける。

「だ……だい、じょう……ぶだよ‥‥エディット……」

僕は何とかエディットに声を掛けた。

エディットの顔は涙で濡れて、手には真っ赤に染まったハンカチを握りしめている。

「だ……だって、アドルフ様……私を庇って……こんなに血だって流れて……」

「大丈夫……だから……」

僕は必死で笑顔を見せ……その後は意識を無くしてしまった――。

＊＊＊＊

　次に目を覚ました時はベッドの上だった。

目を開けると、そこには心配そうに見つめているエディットと僕の両親に兄。

そしてエディットのお父さんが僕を覗き込んでいた。

「え……？ここは‥…」

一瞬自分の身に何が起きたのか理解できなかった僕は全員を見渡した。

すると……。

「良かった……アドルフ様……」

見る見るうちにエディットの目に涙が浮かび…‥僕のベッドに顔を伏せるとエディットは声を上げて泣き出した。

「アドルフ様……ごめんなさい、私を庇ったせいで大怪我をさせてしまって……本当にごめんなさい……」

そんなエディットの頭を撫でる伯爵。

「大丈夫だよ、エディット。僕はもう平気だから。そんなに泣かないで」

本当は背中の傷がズキズキ痛んだけれども、エディットを心配させたくなかったので痛みを堪えて声を掛けた。

「で、でも……」

グズグズと泣くエディットに父が声を掛けた。

「そうだよ、エディットは何も悪くない。誰かが石を投げつけたんだよ」

父の手には拳大の石が握られていた。

「え？石が？」

「そうなのよ。一体誰が石なんか投げつけたのかしら……。誰も犯人の姿を見ていないし…」

母がため息をつく。

「それじゃ、誰かが僕とエディットのいるサンルームに石を投げつけたってこと……？」

一体誰がそんな真似を……？

「でも、良かったよ。背中から血を流して倒れているお前を見た時は背筋が凍ったよ」

5歳年上のクロード兄さんが声を掛けて来た。

「兄さん……」

「すぐに主治医を呼んで、怪我治療をしてもらったんだぞ？発見が早くて良かったよ」

「これもエディットが必死になって助けを求めに駆けつけてくれたおかげね。ありがとう」

母がエディットに礼を述べた。

「い、いえ……だけど、私を庇ったせいでアドルフ様が怪我を……」

エディットは未だに泣き顔になっている。

「僕が怪我をしたのはエディットのせいじゃないから気にしなくていいよ」

そこまで言って、僕はあることに気付いた。

「ところで今何時？」

「午後３時を過ぎた頃だぞ？」

クロード兄さんが教えてくれた。

「午後３時……」

僕とエディットがサンルームで本を読んでいたのは午後1時頃だった。

つまり、僕は2時間も気絶していたことになる。

「あ…そう言えば…‥ブラッドリーはどうしたんだろう？」

「ブラッドリー？あの子も家に来る予定だったのか？」

父が尋ねて来た。

「うん……。そうなんだけど……」

「彼は気まぐれな少年だからな。何か用でもあって来れなかったんじゃないか？」

父が答えた。

「そう…なのかな……？」

父の言葉に僕は少しの疑問を感じながら頷いた――。