第106話 3人の過去 2

「うっうっうっ……」


エディットは余程怖かったのか、僕にすがって泣いている。


「もう大丈夫だよ、エディット。ブラッドリーはカマキリを持っていないから」


エディットの頭を撫でながら僕は声を掛けた。


「ごめん……エディット。カマキリが怖かったなんて知らなかったんだ……」


ブラッドリーは余程悪いことをしたと思っているのか、落ち込んでいる。


「ブラッドリーは悪気は無かったんだよ。カマキリが大好きだからエディットにも見せて上げたかっただけなんだよ」


するとようやく、エディットは涙を拭いながらブラッドリーの方を向いた。


「ほ、本当に……?もうカマキリは持っていませんか……?」


「ああ!もちろんだよ!ほら!」


ブラッドリーは両手をヒラヒラさせてエディットに見せた。


「ほら、持っていないだろう?」

「はい……」


僕の言葉に小さく頷くエディット。


「ごめん。エディット……俺……」


項垂れるブラッドリーにエディットが声を掛けた。


「ブラッドリー様。私……蝶なら好きです」

「え?」


顔を上げるブラッドリー。

そして次の瞬間、嬉しそうに笑った。


「よし、分かった!次は蝶を捕まえてくるよ!」


「いえ、いいんです。捕まえるのは可愛そうだから……。ただ飛んでる姿を見るのが好きなんです」



「確かに飛んでる蝶は綺麗だよね?」


「はい」


僕の言葉にエディットは嬉しそうに笑った――。



****


 うぅ……ま、眩しい……。


カーテンの隙間から光が漏れていたのだろうか?眩しい日差しが顔を直撃して目が覚めた。


「何だか変な夢を見たな……」


瞼をこすりながらベッドから起き上がり、ため息をつく。

あの夢は、随分昔の頃のようだ。あれは僕達3人の過去だ。


子供時代のアドルフの性格は何だか今の僕に似ていた気がする。漫画の中のアドルフは口が悪く、とても乱暴な男だったのに……。


「どうして今になってこんな夢を見るんだろう……。ひょっとして僕の中に眠っている本物のアドルフが見せたのかな……」


けれど、いくら考えても答えは出なかった。


「……起きよう」


そしてベッドから足を下ろした――。




****


 朝食後――



早めに学院へ行く準備を終えた僕は何をするでもなくエントランスの前に立っていた。

エディットの両親からは何か言ってきた気配は全く無かった。

恐らくエディットは両親に何も話をしていないかもしれない。


だとしたら……エディットがいつものように馬車で迎えに来るんじゃないだろうか?

その時に僕の姿が無ければ、増々エディットを傷つけてしまうかもしれない。



僕は矛盾する気持ちを抱えながら、エディットが来ることを半分願いながら時間まで馬車を待っていた。



すると、その時ジミーが僕の元へやってきた。


「アドルフ様。もしかしてエディット様をお待ちなのですか?」


「う、うん……。まぁね……でも、もう来ないかもしれない」


「え?何故ですか……。あ!す、す、すみませんっ!余計なことを尋ねてしまいました!ど、どうぞお許し下さい……」


震えながら謝罪するジミー。


……それにしても、相変わらず僕は恐れられているなぁ……。


一体いつからアドルフは乱暴者になったのだろう?

子供の頃のアドルフは、まるで今の僕みたいだったのに。


「ジミー。今日はエディットは来ないみたいだから、馬車の用意をしてもらえるかな?」


「はい!かしこまりました!」


ジミーは返事をすると、一目散に駆け出して行った。

そんな後ろ姿をみつめながら、エディットのことを考えた。


エディット。

今どうしているのだろう……?


気づけば、僕の頭の中はエディットで一杯になっていた――。


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