第87話 王子と悪役令息

 王子はこちらを振り返ることなく、大通りを歩いている。


一体彼は僕に何の話があると言うのだろう?

けれど、こうして公園に連れ出そうとしているのだから恐らくエディットやサチの前では話せない内容に違いない。


やがて大通りを抜けた右手側に、公園が見えて来た。

王子は何も言わずに公園の敷地に入って行くので、僕は仕方なく後をついて行く。



 季節は冬ということもあり、公園には人が誰もいなかった。

敷地内にある大きな円形の噴水は水も止められ、ベンチに座る人もいない。

何とも物寂しい光景ではあったけれども、あまり人には聞かれたくない話をするにはちょうど良いかもしれない。


 王子は水の止められた噴水前に置かれたベンチに座ると、僕をジロリと見た。

もしかしてこのベンチに座って話しをしようと言うことなのだろうか?


「……」


どうすれば良いのか分からず、思わず無言で王子を見つめると怪訝そうな顔で声を掛けて来た。


「何してるんだい?君も座りなよ」


そして、人差し指でトントンとベンチの座面を突っついた。


え?僕にも隣に座れって言うのか?

けれど相手は王子。断るわけにはいかない。


「う、うん……」


渋々僕は隣に座った。


「「……」」


誰もいない公園。

どう見ても2人掛け用の小さなベンチに男2人が並んで座る。


う〜ん……これはなかなかシュールな光景かもしれない……。


そんなことを考えていると、王子が突然口を開いた。


「…君には婚約者がいるんだろう?」


「そうだよ。知ってるかも知れないけれど、エディットは僕の婚約者だよ」


まさか、エディットをよこせと言うのだろうか?

でもいくら王子の頼みでもそれは聞けない。

今の僕にとってエディットはとても大切な存在なのだから。


もしエディットと婚約解消しろと言われても、ここは断固として拒否しなければ。

緊張しながら王子の次の言葉を待った。


すると……王子の口から予想外の言葉が飛び出してきた。


「だったら……アリスに手を出さないで貰えないか?」


「ええっ?!い、一体何を言い出すんだよ?!」


「とぼけるなっ!2人は本当は以前から恋人同士だったんじゃないのか?出会ったばかりでアリスがお前の足の上に乗って、両手で顔に触れたりするか?!俺だってまだそんなことされていないのに!しかもその後、アリスはお前の家に会いに行ってるし…他にもまだ知ってるんだぞ!アリスはお前に手紙を書いて渡しているだろう!」


王子は随分乱暴な口調で、睨みつけながら文句を言い始めた。


「大体、おかしいと思っていたんだ。アリスはやたらとこの学院に転校してくるのを薦めてくるし……それもこれもお前がこの学院にいたからだったんだな……?婚約者がいるくせにアリスに近付くな!」


そして僕をビシッと指さしてきた。


「ええっ?!何言ってるんだよ!勘違いだよっ!」


僕とサチが恋人同士だって?

そんなこと……絶対にあり得ない。

姿形は違えど、僕とサチは兄妹なのだから!



しかし僕の言葉が耳に入っていないのか、王子の話はまだ続く。


「お前のような奴には分からないかもしれないけどな……俺にとって…いや、アリスと俺はお互いにこの世で唯一無二の存在なんだよっ!彼女だけが……本当の俺を理解してくれているんだ……。アリスと俺は同じなんだよっ!」


王子は吐き捨てるように、肩で息をしながら言い切った。


「……」


僕は驚いて、言葉を無くしていた。

この王子の豹変ぶり……。

原作の彼は穏やかで心優しい青年だったはずなのに、今目の前にいる彼は一体何者なのだろう……。

これではまるで別人だ。


おまけに何やら先程から妙に引っかかることを言っている。


まさか……?


「あの……さ……。ちょっと聞いてもいいかな?」


そこで僕はある確証を持って、王子に尋ねることにした。


「何だよ?アリスを寄越せっていう話なら聞かないぞ?」


腕組みして僕を睨みつける王子。


「違うって」


大げさなくらい、首をブンブン横に振って全力で否定する。


「渋谷って知ってるかい?」


「えっ?!」


王子の肩がビクリと跳ねる。


「それじゃ、新宿は?池袋……う〜ん…お台場なんてどうだい?」


「な、何だって〜っ!!」


王子はガタンと音を立てて席を立つと、僕を指さしてきた。


「なるほど……やはりそうか……」


僕は確信した。


王子も同じ転生者なのだと――。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る