第81話 悪役令息、ドレスを見に行く

 今日も待ち合わせ場所へ行ってみるとエディットの方が早く馬車に乗り込んで僕を待っていた。


「アドルフ様。お待ちしておりました」


エディットが窓を開けて笑顔を向けてくる。


「ごめん、待たせちゃったね」


扉を開けて乗り込むとすぐに馬車は走り始めた。


「本当はもっと早く教室を出ようと思ってたんだけど、ちょっとブラッドリー達と話をしていたから」


するとエディットは首を振った。


「いいえ、そんなこと気になさらないで下さい。お昼休みはアドルフ様の方が早かったではありませんか。でも相変わらずブラッドリー様とは仲が宜しいのですね。明日も一緒に出掛けられるのでしたよね?」


「うん、そうなんだ。記念式典で着るブラッドリーのスーツを見に行くことになっているからね」


「素敵なスーツが見つかると良いですね」


笑顔で返事をするエディットの姿を見ている時、ふと思った。

そう言えばエディットはドレスの準備をしているのだろうか?


「ねぇ、エディット」

「はい。何でしょう?」


「今まで尋ねたことは無かったけど…エディットは記念式典に参加する為のドレスはもう準備してあるの?」


「あ‥…は、はい。準備はしてあります……。すみません、アドルフ様」


何故かエディットは申し訳なさそうに返事をした。


「そうだったのか…。エディットはもうドレスの用意してあったんだね。だけど何故謝るんだい?」


エディットが何故謝って来るのか、理由が分からなかった。


「え?それは……本来パートナーと参加する場合は、お互い着るドレスやスーツの色合いやデザインを揃えるからです。ですが…私は当初の予定では1人で参加しようと思っていたので…用意してしまったんです」


「え……?そ、そうだったの?」


「はい」


こくりと小さく頷くエディットを前に、酷い罪悪感がこみ上げてくる。

いくらアドルフの頃の記憶が残っていなくても僕はエディットの婚約者だ。

本当はこちらから記念式典パーティーに誘わなければならなかったのに、エディットの方から誘ってきた。

しかも、あの時はまだ僕のことを怖がっていたはずなのに‥…。


「ごめん、エディット」


頭を下げてエディットに謝った。


「え?アドルフ様?」


エディットが戸惑ったように僕を見る。


「僕の方から本当はパートナーに誘わなければならなかったのに、エディットから誘わせてしまうなんて…」


「アドルフ様……」


「それだけじゃない。エディットに1人で参加する覚悟迄させてしまっていたんだから。馬に蹴られる前の僕は本当に最低だったよ」


するとエディットは首を振った。


「そんなこと、もう気にしないで下さい。確かに以前は……色々ありましたが、今のアドルフ様はとても優しくて……私は今、すごく…し、幸せです……」


エディットは真っ赤になって俯いてしまった。


「エ、エディット……」


今の言葉は僕を赤面させるには十分だった。恐らく、僕の顔もエディットに負けず劣らず真っ赤に染まっているに違いない。


馬車の中はすっかり気恥ずかしい空気に満ちていた。


まずい…‥これではあまりに恥ずかしすぎる。

そこで場の雰囲気を変える為に、咳払いするとエディットに質問した。


「え~‥‥と、ところでエディットはどんなドレスを買ったのかな?」


「はい、私は水色のドレスを買いました。色合いがとても素敵だったので」


その言葉に、思わず僕の脳裏には『不思議の国のアリス』の映像が浮かんだ。

主人公のアリスは金の髪の持ち主で、水色のワンピースにエプロンドレス姿だったっけ。


「水色のドレスか……エディットにとても似合いそうだね。そうだ、いいことを思いついた。僕もエディットの水色のドレスに合わせたスーツを買うことにするよ」


「ほ、本当ですか‥‥?ありがとうございます。す、すごく嬉しいです‥‥。あの、でしたらこれから私の家に来ませんか?アドルフ様に私のドレスを是非見て頂きたいのですが…」


「勿論だよ。この目で見て置けばどんなスーツを買えばいいか分かるからね。それに明日は丁度ブラッドリーのスーツ選びに付き合う日だから、ついでに自分用のスーツも買うことにするよ」


「そうですね。それがいいかもしれません」


エディットは笑顔で頷いた。


こうして急遽、エディットの家に行ってドレスを確認することが決定した。


エディットのドレス姿はさぞかし綺麗に違いない。


僕は彼女のドレスを見る前から、あれこれ想像し……すっかり楽しい気分になっていた。



あの話が耳に入るまでは――。











 

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