第55話 エディットの自信

「その様子だと、やっぱり何かあったんだね?」


「そ、それは……」


じっとエディットの目を見つめると、エディットは視線を泳がせ……うつむいてしまった。

両足を揃え、スカートを握りしめるエディットの小さな手が小刻みに震えている。

ひょっとすると、僕の質問はエディットを追い詰めているのだろうか?


途端にエディットに対して申し訳ない気持ちが込み上げてきた。


「ごめん。僕は今、君を困らせているね」


「アドルフ様……」


僕の言葉にエディットが驚いた様子で顔を上げる。


「昨夜両親から聞いたけど、エステル学院は身分制よりも学力を重視するところなんだってね?」


「はい…その通りです」


小さく頷くエディット。


「それで思ったんだけど、エディットが僕のクラスに来たときに女子学生たちに絡まれただろう?Aクラスの学生はCクラスに来るなとか、自分達を馬鹿にする為に来たのだろうとか……。Cクラスの学生でさえ、頭の良いエディットにそんなことを言うくらいだから、クラスメイト達からはさぞかし風当たりが強いんじゃないのかい?」


「そ、それは……」


エディットは再び俯いてしまった。もうその態度だけで分かってしまった。

やっぱり僕と一緒にいることで、エディットの立場はまずいことになっているに違いない。


エディットが僕の傍にいるのは、恐らく両親から婚約者である僕と仲良くするように言い含められているからだろう。

エディットは両親の言いつけを守っている為に、クラスの中で理不尽な目に遭っているのかもしれない。


僕の成績が良くないばかりに……。


ひょっとしてアドルフはエディットを守る為に、わざと彼女に酷い態度を取って距離をあけようとしていたのだろうか?

尤も、これは僕の単なる憶測でしか無いけれど……考えられなくもない。


「ごめん、エディット」


僕は頭を下げた。


「え……?何故頭を下げられるのですか?」


「それは…僕の成績が悪いから、こんな僕と一緒にいるからエディットを辛い立場においやってしまったからだよ」


やっぱり僕は早急にエディットの側を離れるべきなのかもしれない。

それに真のヒーローだって現れた。

原作通りの性格かどうかはわからないけれども、少なくとも彼はエディットに興味があることだけは分かっている。


だったら創立記念パーティーを待たずに、僕から王子に接近してエディットとの仲を取り持てば……。


王子の方が身分が高いのだから、彼から僕とエディットの婚約を解消するように命じてくれるかもしれない。


そんなことを考えていると、エディットが首を振った。


「いいえ、そんなことありません。アドルフ様は努力して下さったじゃありませんか?」


「僕が?」


僕が努力したことと言えば、エディットに親切にすることと歴史の試験勉強くらいだけど…。


「昨日の歴史の試験の為に一生懸命勉強していらっしゃいましたよね?覚えていらっしゃらないと思いますが、馬に蹴られて意識を失う以前に『歴史の試験を頑張って下さい』と頼んだのです。尤も…その時はアドルフ様からは気の無いお返事しか頂けませんでしたけど…」


「え?」


そんなことがあったのか?


「けれど、あの事故の後…アドルフ様は変わられました。歴史の試験勉強をとても頑張られたではありませんか。私、本当に嬉しかったです。それだけじゃありません。試験勉強が大変だったはずなのに、ランタンフェスティバルに一緒に参加してくださったことも含めて…。」


「エディット……」


それは単にかつて日本では秀才と呼ばれた自分のプライドに掛けて試験勉強を頑張っただけなのに?

ランタンフェスティバルだって、自分が単に興味があったからなのに……。

けれど真剣な眼差しのエディットにその話をするのは、はばかられた。

もし、そんなことを言えばエディットを深く傷つけてしまうのは分かりきっていた。



「多分、明日には昨日の試験結果が張り出されることでしょう。私には分かります。きっと今回アドルフ様は歴史の試験で良い点数を取れるはずです。そうすれば周囲の反応も変わってくるはずですから」


そしてエディットは嬉しそうに笑った。

その笑顔は、今の僕には眩しすぎた。


「ほ、本当かな…?でも、自分では結果が張り出されるまでは心配だけどね…」


「大丈夫です。自信を持って下さい、アドルフ様」


いつもは気弱なエディットが断言してくる。


「うん、でも頭の良いエディットが言うのだから…何だか大丈夫な気持ちになってきたよ」


「ええ。何しろアドルフ様は6年前まではとても頭の良い方でしたから、やれば出来る方です」


「え?」


まただ。

また6年前の話が出てきた。一体6年前…何があったのだろう?


だけど……何故か聞いてはいけない気がした。いや、過去のアドルフが聞くなと僕に命じている気がする。


そうだ。

世の中には…知らない方が良いことだってあるのだから。

そこで僕は話題を変えることにした。


「そう言えば、昨日学食で食べた料理のことだけど、ちょっといい?」


「はい、何でしょうか?」


「あの料理ってさ……」


その後、僕とエディットは馬車が学院に到着するまでの間……学食の話で盛り上が

るのだった――。

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