第53話 悪役令息と両親

 結局、この日は母とエディットの2人で今話題のスイーツの話で盛り上がることになった。


一方、スイーツが苦手な僕は2人の会話している様子を眺め……時折話を振られては相槌を打つ程度だった。


2人が会話をしている間、本日転校してきた王子のことを考えながら……。



そして18時になったところで、エディットは帰宅していった。


「また明日もお迎えに伺います」と言い残して――。




****


 19時――



仕事から帰宅した父が上機嫌でワイングラスを片手に話している。


「そうかそうか、今日もエディット令嬢が訪ねてきてくれたのか?」


「はい、そうです。剣術の授業で怪我をした僕を気遣ってくれて自分の馬車に乗せてくれました」


赤ワインを水のように流し込む父を恨めしい…基、羨ましい気持ちで見ながらローストビーフの乗ったオープンサンドを口にした。


「そうか、そうか。確かエディット令嬢の馬車は、あの有名なキャリッジ社のブランド品だったからな……乗り心地は最高だろう」


「ええ、エディットさんのご両親にとっては、たった1人きりの大切な娘ですからね。私も何度かキャリッジ社の馬車に乗ったことがあるけれども、揺れが殆ど無くて、快適だったわ」


母はクイッとシャンパンを飲んだ。

…羨ましい。


だけど、キャリッジ社か……。恐らく、この世界ではトップの企業なのだろう。

僕のいた世界で言えば、ドイツのあの有名な車を作っているメーカーに該当するのかもしれない。


「それにしてもその怪我はまさか剣術の授業で出来たものだったとはな。てっきり喧嘩でもしたのかと思ったぞ?でも見直した。お前が大の苦手だった剣術の授業をサボらずに真面目に出たのだからな」


時折、料理を口にしながらまたしてもワインをグビグビ飲み干す父。


「ええ、私もてっきり喧嘩かと思ってしまったわ。ねぇ?アドルフ」


そして母の空のグラスに、側に控えていた給仕のフットマンが2本目のシャンパンを注ぐ。一体、今夜は何本開ける気だろう?


「いえ、いえ。以前の自分ならいざ知らず、喧嘩なんかしませんから」


答えながら思った。

喧嘩かぁ…。そう言えば、母は僕を見て真っ先に喧嘩で出来た怪我なのか問い詰めてきたし…ひょっとするとアドルフは喧嘩早い人物だったのだろうか?


だけど、両親には言えない。アドルフだったときの記憶が今の僕にはすっかり抜け落ちてしまったということを。


もし伝えようものなら、真っ先に病院に送られて何処も悪くないのにあちこち検査を受けさせられるかもしれない。そんな目に遭うのはごめんだ。


「そうだ。ところで今日は歴史の試験があったのだろう?出来はどうだったのら?」


赤ら顔で大分呂律の回らなくなった父が話題を変えてきた。


「そうですね、大分手応えがあったと思います。この調子で全ての勉強を頑張っていこうと思います」


特に絶望的な古代文字を集中的に勉強したほうがいいだろう。何しろ、手も足も出ない授業だったのだから。


「それは良かったわ。試験の結果が良ければ、学校内でも堂々とエディットと一緒に行動できるでしょうから」


「え?」


母の言葉に一瞬血の気が引くのを感じた。


「あの、それはどういう意味でしょうか?」


食事の手を止めて、シャンパンを飲んでいる母に尋ねた。


「あら?当然じゃない。あの学院は身分よりも学力を重んじるのよ?エディットのように成績の良いAクラスの学生とCクラスの貴方とでは…まぁ、はっきり言えば不釣り合いじゃない?身の程知らず、恥を知れ。と言うところかしら?」


「はぁ……」


母もかなり酔っているのだろうか?随分ズバズバと言ってくれる。


「うむ、母さんの言う通りら。あの学院でエディットとお前が一緒にいたら、後ろ指を差されてしまうだろう?Cクラスのお前ならいざ知らず。成績の良いエディットの場合、同じAクラスの学生達に軽蔑されてしまうかもしれないからな。そのこともあって、お前は勉強に目覚めたのだろう?」


「え…?」


まさか…そんなはずは……?

エディットが…?


でも思い起こせば、今日エディットが僕のクラスにやってきた時にビクトリアたちが彼女に何やら文句を言っていた。

ひょっとすると、成績上位クラスと下位クラスでは仲違いしているのだろうか?

それならエディットと僕が学院で一緒に過ごすのは……色々まずいかもしれない。


「あら?どうかしたの?」

「そうだな、顔色が優れないようだぞ?」


アルコール臭を漂わせた父と母が声を掛けてきた。


「…いえ、そんなことはありません。それでは食事も終わったことなので僕は退席しますね。これから勉強するつもりなので」


言い終わると席を立ち上がった。

2人がアルコールを飲んでいる姿は今の僕には、はっきり言って目の毒だ。


「おや?そうか?」

「頑張りなさい」


「はい」


2人に声を掛けられて返事をすると僕はダイニングルームを後にした。


一抹の不安を胸に抱きながら……。



そして、翌日。


僕の不安は的中することになる――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る