第9話 気疲れする朝

 ダイニングルームに行くと使用人の人達が大勢集まっていた。


もしかして朝食の準備をしているのかな?

よし、それじゃ朝早くから労働している彼等に挨拶しよう。


「おはよう、皆。今朝も清々しい朝だね」


笑顔で声を掛けながらダイニングルームに入ると、使用人の人達が一斉にこちらを振り向き、真っ青な顔になって立ち上がった。


「あっ!アドルフ様っ!」

「お…おはようございますっ!」

「な、何でこんな時間にここに…」

「馬鹿っ!聞こえたらどうするんだっ!」



ん?何だか様子がおかしいな…。


「皆、ここで何をしていたんだい?」


声を掛けながら近づいてくと、ますます彼等はガタガタ震える。


「あ、あの…そ、それは…つまり…」

「わ、私達は……そ、その……」



「一体どうしたんだい?皆…え?」


ダイニングテーブルに向った僕は思わず目を見張ってしまった。

テーブルの上には食べかけのパンやスクランブルエック、サラダなどの料理が乗った皿がいくつも並べられていた。


一体これは……?

どう見ても、皆がここで食事をしていたように見えるのだけど…?


「あの…これは一体何かな……?」


使用人の人達を振り返ると尋ねた。


すると…


『申し訳ございませんっ!!』


突然、その場にいた全員が頭を下げてきた。

そして次々に言い訳のような謝罪のような言葉を口にし始めたのだ。



「本当にすみません!」


「私達はお休みの日はこちらで皆で朝食をとっていたのですっ!」


「ヴァレンシュタイン家の方々は皆さん、朝は10時過ぎに起きてらっしゃるので、私達は仕事の合間にここで朝食を取らせて頂いていたのです」


「その方が時間を効率よく使うことが出来るわけでして……」


「申し訳ございませんっ!決して言い訳するつもりではないのですっ!」


「使用人の分際で、アドルフ様達が使用するダイニングルームを勝手に使って申し訳ございませんっ!」


「ど、どうかお命だけは……」


え?命?

最後の言葉だけは頂けない。


「ちょ、ちょっとまってくれるかな?別に僕は皆を責めてるわけじゃないよ。ただ、ここで何をしていたか尋ねただけなんだから。第一命なんて取るわけ無いだろう?」


すると僕の顔を驚いた様子で見る彼等。


「ほ、本当ですか…?」

「怒ってらっしゃらないのですか?」

「アドルフ様を差し置いて食事をしていたのに?」


「勿論、こんなことくらいで怒るはず無いだろう?」


僕は余程恐れられているのだろう。

使用人の人達はまだガタガタ震えているし、年若いメイドさん達は目に涙も浮かべてるよ。

何だか非常に申し訳ない気持ちになってくる。


そこで僕は笑顔で使用人の人達を見渡した。


「それじゃ、皆食事の続きをしていいよ。僕は今日は部屋で食事を取らせてもらうことにするから」


すると、僕と同年代と見られるフットマンが言いにくそうに口を開いた。


「あ、あの…アドルフ様達の朝食ですが…これから準備を致しますので、1時間程お待ち頂けますか?」


「え?!1時間っ?!」


驚きのあまり大きな声を上げてしまった。


「ひっ!も、申し訳ございませんっ!!ど、どうかお許しくださいっ!」


僕が怒ったと思ったのか、フットマンはビクリと肩を跳ね上げて頭を下げてきた。


「あ〜ごめん。別に怒ったわけじゃないんだ。ただ、ちょっと驚いただけだよ。まさか朝食の準備に1時間なんて……」



言いかけて僕は、はたと気がついた。

そう言えば前世の記憶と混同してしまったけど、ここでの僕の朝食はすごかったな…。

食べきれないほどの様々な種類の料理が出てきたし、デザートにしても随分気合の入ったものだったし…。

それでいて結局食べきれずに残していたのだから、ちっともエコじゃない。


そこで僕は彼等に言った。


「皆、今度から僕の朝食は質素でいいからね。う〜ん…。そうだな、パンと卵料理にウィンナーかベーコン、サラダにスープでいいよ」


「ええっ?!そ、そんなもので宜しいのですか?!」


先程のフットマンが驚きで目を見開く。


「うん、本当にそんなものでいいから。でも本当は和食が食べたいんだけどな…」


うっかり口が滑ってしまったことにこの時の僕は気付いていなかった。


あ〜あ…炊きたてご飯にお味噌汁、納豆に焼海苔。おまけに焼き鮭があれば最高なのにな…。

ついつい、日本の料理が恋しくなる。


すると、再び使用人の人達の間でざわめきが起きた。


「え……?ワショク……?」

「わしょくって何かしら…?」

「初めて聞く名前だ……」

「どんな料理なのだろう…?」


すると勇気のある?メイドさんが手を上げて質問してきた。


「あ、あの〜……ア、アドルフ様……ワショクとは何でしょうか…?」


「え?!和食が何かって?」


まさかそんな質問をされるとは思わなかった。


「は、はい…。私達は初めて聞く名前なので……」


別のメイドさんがおっかなびっくり尋ねてくる。


「う〜ん…和食…和食とは…」


困った!まさかそんな質問をされるとは思わなかった!

そもそも和食って何だ?


ああ……パソコンが…スマホが欲しいっ!

あれがあれば何でもすぐに検索して説明することが出来るのに……っ!


そこで僕の取った行動は……。


「あ〜ごめんごめん。今のは、ほんの言葉の綾だよ。忘れてくれていいよ。それじゃさっき僕が言った料理を用意してくれるかな?食事の邪魔をしてごめんね」


そして僕は彼等がまた何か言い出す前に逃げるようにダイニングルームを後にした。




「は〜……何だか余計な気疲れをしてしまったな……食事が部屋に届くまで少し休むことにしよう……」


僕は重い足を引きずるように部屋へと戻った。



けれど、この後再び気疲れすることが出来事が僕の身に起こる。



何と、エディットが再び僕の元を訪ねて来るのだった――。

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