第2話 コスプレ?

 この日、僕は乗馬をする為に厩舎に足を運んでいたが、今日に限って厩務員の姿が見当たらない。


「おかしいな?何故誰もいないんだ?」


イライラしながらも、1人で馬に鞍をつける為にうっかり僕は馬の背後に立ってしまった。


その時――


「ヒヒーンッ!!」


馬が大きく嘶き…次に気付いた時は馬の蹄がすぐ傍に迫っていた。


「え?」


気付いた時には既に遅かった。


ガッ!!


身体に凄い衝撃を受け…僕の身体は後方に吹っ飛び、そこから先の記憶は一切何も無い―。


****




 僕は夢を見ていた。


夢の中の僕は背広姿で、得意先や会社を回りながら常に頭をペコペコと下げ……機嫌取りをしている。

朝から晩まで会社でこき使われ、毎晩ヘトヘトに疲れ果ててアパートに帰ってくると5歳年下の妹が食事を作って僕の帰りを待っていてくれている。



休日は妹と互いのお気に入りの漫画を取り換えっこして、2人で漫画を読んで1日を過ごす……。それが僕の癒しの時間だった――。




ズキズキする身体の痛みで僕は突然目が覚めた。

呼吸をするだけで、骨が軋む。


「う……っ!」


何故だ?どうしてこんなに体中に痛みがあるんだ?



それに……ここはどこだ?

やけに寝心地の良いベッドに高い天井。天井には豪華なシャンデリアがぶら下がっている。


シャンデリア……?


そんなものは2LDKの賃貸住宅の我が家には無い。

それどころか、僕のいる部屋はまるで高級ホテルのロビーのようにだだっ広く、室内は豪華な調度品で溢れている。


ズキズキ痛む身体を無理に起して、辺りをキョロキョロと見渡すも身に覚えが全くない部屋だった。


「い、一体ここは……?」


思わず呟いたその時――。



ガチャッ



突然部屋の扉が開かれ、室内に黒い上下の燕尾服を着たホテルのフロントマン?が現れた。


フロントマンが勝手に人の部屋に入ってきて良いのだろうか……?


そこで僕は声を掛けた。


「あ、あの……」


フロントマンらしき人物は目を見開くと僕が話をするよりも早く、驚きの声を上げた。


「アドルフ様っ!!目が覚められたのですねっ?!す、すぐに旦那様と奥様を呼んでまいりますっ!」


それだけ言い残し、フロントマンは駆け足で部屋を出ていってしまった。


「え?アドルフ様……?一体誰の事だろう?」


僕はさっぱり訳が分からなかった。

ズキズキ痛む身体に、見覚えのない部屋。そして僕を『アドルフ』と呼ぶフロントマン……。


それだけじゃない。僕が今身につけているパジャマ…妙にツルツルした手触りに光沢のある真っ白な柄は、普段のTシャツとはまるきり違う。


「一体、いつの間にこんなパジャマを…」


呟いた時、大きく開け放たれた扉から10名近い人々が部屋の中になだれ込んできた。


「アドルフッ!目が覚めたのかっ?!」


銀色の髪に青い目…堀の深い顔立ちの40代と思しき外国人男性が僕の元に駆け寄ってきた。


え…?一体誰だろう?

戸惑いながら、僕は彼をじっと観察した。


彼の着ている服はすごかった。黒の燕尾服に襟元と袖に見事な金の刺繍が添えてある。真っ白なシャツの襟もとは3重のフリルがあしらわれている。


あまりの奇抜な衣装に驚いていると、今度はえんじ色のロングドレス姿の女性が駆け寄ってきた。

ウエストが細くしまり、つま先まで隠れる長さのボリュームのあるスカートはまるでお姫様のようなドレスで、ヨーロッパの中世貴族に憧れを持つ妹なら泣いて喜びそうなデザインのドレスだった。


「良かったわ……アドルフが馬に蹴られて意識を失って5日間……本当に生きた心地がしなかったわ。でも目を覚ましてくれたのね?」


ドレス姿の女性は目に涙を浮かべながら僕の手を両手で握りしめてくる。


「は、はぁ……ありがとうございます……」


お礼を言いながら、2人の男女を交互に見る。


この女性もまた40代頃に見える。

そして女性は栗毛色の髪に青い瞳…どう見ても外国人女性だ。でも何故言葉が通じるのだろう?


「本当に良かったです……アドルフ坊ちゃまが無事で……」


真っ黒なタキシード姿のロマンスグレーの男性は目頭をハンカチで押さえながら涙ぐんでいるし、背後には数名のフロントマンと……。


「え……?メイドさんたちがいる……?」


フロントマンの隣には3名のロングドレススタイルのメイド服を着用した若い女性たちがいる。


そんな馬鹿な?!

ここはひょっとして……っ!!


「あの、もしかしてここはどこかのコスプレをコンセプトにしたホテルですか?」


僕はその場にいる全員に尋ねた。


「何?こすぷれとは何だ?」


「アドルフ、ここは貴方の家でしょう?」


コスプレ衣装を着用した40代と思しき2人は同時に首を傾げる。


「いやいや、だってそんな恰好‥…どうみてもコスプレでしょう?あ…それともメイドさんたちがいるから、ここはメイドカフェですか?」


話している言葉が通じないのか、その場にいる人々の僕を見る目がだんだ悲しみを伴ってくる。


「あなた‥…」


ついにドレス姿の女性がコスプレ男性に声を掛ける。


「ああ、そうだな……」


コスプレ男性は頷くと、その場にいる執事もどきと、フロントマン、そしてメイドさん達に命じた。


「早くっ!主治医のドナルドを呼んでくれっ!!息子の…アドルフの頭がおかしなことになってしまったっ!!私はロワイエ伯爵家に連絡を入れるっ!」


「わ、分かりましたっ!」

「すぐにお呼びいたしますっ!!」


コスプレ男性の掛け声により、その場にいた全員が慌ただしく部屋を出て行き…再び僕は1人、部屋に残された――。




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