第十九話 過去を貫く弾丸1

 夜——

 露店の閉まった商店通りをひとりの少年が駆けていく。

 日中から友人とふたりで過ごしていたのだが、お互い両親に断りもせず、日が暮れるまで遊んでしまった。

 その帰り、ちょうど自宅へ向かっている最中だった。


 お母さんに怒られるかも——

 そんなことを考えながら走っていると、前方遠くにふたりの人影があることに気がついた。

 ふらふらしながら、こちらに近づいてくる。

「げ」

 ひとりは自分の体くらいの大きさのある大剣を背負っている。

 もうひとりも直剣を装備していた。

 狩人ハンターだ——

 こんな時間に外をひとりで歩いていたら、怒られるかもしれない。

 そう思って、建物の影に入った。

 彼らが通り過ぎるまでそこで隠れるつもりでいる。


 と、ふたりの狩人の後ろにもうひとり、人がいることに気がついた。

 フードを被った、おそらく、男。

「あの、すみません。狩人のおふた方」

 フードの男が、先を歩く狩人に声を掛けた。

 穏やかな口調で、物腰柔らかな雰囲気がある。

 狩人たちは、あ? と返しながら、振り返った。

 直前まで酒を飲んでいたのだろう。

 酔っ払っている。

 足取りもおぼつかない様子だった。

「この町で『クリティカルガンマン』という銃使いをご存知ないでしょうか?」

 男の質問に、狩人のふたりが顔を合わせる。

 『クリティカルガンマン』は、少年でも聞いたことのある狩人だった。

 この町では有名な二つ名持ちの狩人。

 たしか、五人しかいない。

「ああ、知ってるよ。この町じゃ有名だしな」

 大剣を背負っているの方が数度頷きながら応えた。

「その人物は普段はどこに?」

 どこで『クリティカルガンマン』と出会えるのかと訊いている。

「うーんと、行きつけの喫茶があるらしいが、まぁ、普通にギルドに行きゃ会えると思うぞ。あんまりギルドでは見ないけど。な」

 ああ、と、もう片方が頷く。

「そうですか。ありがとうございます」

「じゃ、会えるといいな」

 頭を下げた男に対して、狩人は背を向け、軽く開いた手を振った。

 ふたりがその場を去ろうとしたとき——

「あの、礼をしたいのですが」

 と、背中に声が掛かった。

 ふたりが振り返ると、男が右手を右腰の側面に置いて、左手を腰の後ろに回していた。

 右手と左手、両方の手で何かを掴んでいるような体勢。

「ん? いや、礼なんていいよ」

「いえ、そう言わず。まずは、大剣のお方——」

 そう言って、手は動かさないまま、顔だけを大剣の狩人へ向け、

「銃と剣、どちらがお好きですか?」

 と訊いた。

 さすがに狩人たちは不審に思ったが、すぐに応えられる質問に対して、意図を訊く方が面倒臭い。

「そりゃ、剣だけど——」

 特に考えることもせずに応えた。

 その瞬間——


 液体が飛び散る音が、響いた。

 ざあっ、と、石畳の床に付着する。


 一瞬だったが、少年には見えた。

 宙に舞った液体は、月明かりを受け、赤く、そして、黒く、輝いた。


 血だ——


 少年がそう思ったとき、即座に、今度は銃声が轟いた。

 弾丸の炸裂する音とともに、しゃあっ、と、血が辺りへ飛び散った。

 どさっ、と何かが、倒れた。


 人が、殺された——?

 少年は、建物の影に隠れたまま、目を見開き、声も出せずに震えている。

 すると、

「ねえ、今の、全部見てた?」

 と、声が聞こえた。

 とくん、と心臓が跳ねる。

 唾を飲み込む。

 荒くなる呼吸を両手で抑えて、おそるおそる、通りを覗くと——


 煙を吹いた銃口が、こちらを向いていた。

「わあああっ!」

 抑えていたものが爆発し、少年は大声をあげて、建物の影から飛び出した。

 そのまま、来た道を反対の方向へ走っていく。

 心臓が飛び出しそうな勢いで跳ねている。

「ふふっ、かわいいね。ね、きみ、銃と剣、どっちで殺されたい?」

 必死で駆けているはずなのに、男の声がすぐ後ろで聞こえた気がした。

 たんっ、

 と、男が地を強く蹴った音が響いた。

 殺される——、殺される——、殺される————

「わあああああああっ!」


 がつん——

 鋭利な刃が、何かとても硬いものに衝突した音が聞こえた。

 少年は、その衝撃で勢いよく転んだ。

 手や、額、膝などがじんじんと痛むはずだが、今は痛みなど感じない。

 後ろを振り返ると——


「大丈夫か、少年」


 少年の数倍はあるであろう、筋骨隆々とした巨漢の背中がそこにあった。

 ぐっ、と胸を張り、肘を曲げて、男の刃をその身で受け止めている。

「俺の背中の見えない場所へは行くんじゃないぞ」

 マッスルウィズダム——

 少年は安心したのか、張っていた糸が切れたように、わあっ、と、その場でぼろぼろと大粒の涙を流しながら、泣いてしまった。


——————————


スティード 『マッスル・ウィズダム』

     US〈相手に与える近接攻撃の威力が二倍。相手から受ける近接攻撃を半減〉

     AS〈マッスル・ストレート〉……通常攻撃。

     AS〈マッスル・ヒットパレード〉……連続攻撃。

     AS〈サクリファイス〉……短時間、被ダメージが増加するが怯まない。

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