第三話 陽暮・ヒイロ登場2
「よし、ランくん。あのへんてこりんな木が
町から少し出たところにある見晴らしのいい丘にて。
そこで一本の木が踊っていた。
「な、なにあれ?」
「あれは、マッスルツリー。この辺では一番弱いランクの魔物だよ」
マッスル?
あ、ほんとだ。
よく見ると踊ってるのではなく、一定の間隔ごとにポーズをとっていた。
むきむきの木が……。
「ねぇ、あんなのが
「あの木は非武装の車が通る時には普通の木のフリをするの。商人の馬車とか。そこでこの木でひと休み、みたいな感じで近づいた人に向かって全力でポーズを取るんだって。それでびっくりした人が荷物を置いて逃げちゃって……。被害が出てるんだよ」
……。
それって、自慢の筋肉を見てもらいたいだけなんじゃないの……。
「……じゃあ、なんで今は大人しくしてないの?」
「ランくんは自慢の筋肉を持っても大人しくしてられるの?」
できるけど。
「それが男のサガなんだよ。ま、いいや。ちゃっちゃと倒して、ランくんと商店通りデートしよう!」
そんな予定聞いてないよ……。
「おーい! 木! 私たちと勝負しろー!」
ヒイロお姉ちゃんが木に向かって大声をあげた。
すると、木の動きがぴたりと止まり、
「ゔん? ゔがあ!」
僕らに向かって、サイドチェストを披露した。
【ヒイロがマッスルツリーを標的とした】
「よし、行くよ。ランくん!」
しゃーんと音を立てて、ヒイロお姉ちゃんが太刀を引き抜く。
その瞬間、ヒイロお姉ちゃんの身体が煌々と輝いた。
これは、
ヒイロお姉ちゃんのUSが発動した。
「僕だって」
肩に掛けていた片手用の直剣を抜く。
ヒイロお姉ちゃんと同様に一瞬僕の身体が輝く。
そして、マッスルツリーの身体が青く暗い光で包まれた。
〈相手の攻撃スキルの命中率が少し減少〉
マッスルツリーの攻撃スキルの命中率が下がったのかな……?
「ゔがあぁ!」
マッスルツリーがお姉ちゃんに向かって走っていく。
右の拳(枝?)を振り上げながら。
「こら。ご自慢の筋肉で女の子を殴るなんて論外だぞ」
「がああ!!」
〈マッスル・ライトストレート〉
「お姉ちゃん!」
がつん、っと、鈍い音が響く。
マッスルツリーの右ストレートを太刀でガードした。
すごい。
びくともしてない。
「ランくん! 今だよ! 攻撃のチャンス!」
攻撃……?
マッスルツリーの攻撃をヒイロお姉ちゃんが太刀で受け止めている場面。たしかに、横から相手に攻撃するには絶好の機会だけど。
僕、攻撃スキルなんて持ってないよ……。
でも、ヒイロお姉ちゃんが身体を張って攻撃を止めている間に、通常攻撃を当てるしかない。
「えいっ!」
マッスルツリーの右肩に向かって、剣を振り下ろした——
——が。
「げ」
ごちん。
全然効いてない。
「ゔ、ゔがあぁ!」
「うわあ」
僕に襲い掛かってきた。
今のでヘイトを獲得しちゃったらしい。
今度はマッスルツリーの右枝が僕を捉えている。
殴られる——っ!
〈マッスル・ライトストレート〉
ぶんっ!
「……っ!」
……。
よ、避けた……。
右ストレートが僕のすぐ脇を通った。
まさか、僕のUS……。
〈相手の攻撃スキルの命中率が少し減少〉
ギルドからもらったステータスポイントを全部AGLに振ったのもよかったのかな……?
「こらー。あなたの相手は私でしょ! ランくんに傷付けたら許さないからね」
お姉ちゃんが太刀でマッスルツリーを殴る。
「ぐげ。ぐがあぁ!」
今度はもう一度ヒイロお姉ちゃんに向かって、枝を振るいはじめた。
〈マッスル・ライトストレート〉
〈マッスル・レフトストレート〉
がつん、がつん。
それらを太刀で捌いていく。
〈マッスル・ヒットパレード〉
マッスルツリーは歯軋りをしながら、両手で乱打技を放った。
しかし、それもお姉ちゃんには届かない。
全て太刀に阻まれる。
あ、あれ……?
「あの、ヒイロお姉ちゃん……?」
「なにー?」
かんかんかんかん、と、枝を弾きながら、余裕そうに応える。
「お姉ちゃん攻撃しないの?」
「私? 攻撃って?」
「太刀で攻撃しないのってこと」
「え? 私攻撃スキル持ってないよ」
え?
「私、タンクだよー」
「……へ?」
タンクって、タンク?
盾を使って相手のヘイトを獲得して、仲間を守る、あのタンク?
袴に小袖、太刀を装備したいかにもヤマトナデシコ姿の女性が……?
「じゃあ、どうやって倒すの?」
「ちょっと待ってね。すぐ終わらせるから」
かんかんかんかん。
「そんなもんかな? マッスルツリーくん。——えいっ!」
ぱん、と、太刀で右枝を弾いた。
マッスルツリーが一歩後ろへ退き、よろめく。
まさに攻撃の大チャンスだけど……。
ヒイロお姉ちゃんは攻撃しない。
「ゔ、ゔがああああ!」
体勢を立て直したマッスルツリーが、散々コケにされた腹いせにとばかりに渾身の右ストレートを繰り出した。
〈マッスル・ライトストレート〉
「私これ得意なんだよね、行くよ。——いま!」
マッスルツリーの右枝を左手で持った太刀で受け止める。
さっきと同様に受け止めただけに見えるけれど、今までとは何かが違う。
一瞬、丘全体の時が止まったように静まり返った。
〈リフレクション〉
次の瞬間、ヒイロお姉ちゃんは左手を一気に振り上げた。
マッスルツリーの左腰から右肩に掛けてを太刀が滑り、切り裂く。
身体ごと切り上げられ、宙に浮いた。
「かっこいい……」
「よし、依頼達成! 帰ってデートしよっか。ね」
マッスルツリーはばたん、と背中(?)から地に落ち、動かなくなった。
それを見て太刀を納め、ぱんぱんと手を払ったのち、僕の頭をぽんと撫でた。
「ね、ねぇ、お姉ちゃん」
「なに?」
「なんでタンクなのに、盾装備してないの……?」
「だって、袴姿に太刀ってかっこいいでしょ?」
【マッスルツリーを倒した】
「あ、そういえば」
「なに? ランくん」
「バトルが始まってすぐにヒイロお姉ちゃんの身体が光ったけど、お姉ちゃんのUSってどんなの?」
「私のUSはね」
US〈相手と対峙した時、防御力がほんの少し上昇〉
弱すぎない……?
——————————
ラン US〈相手の攻撃スキルの命中率が少し減少〉
ヒイロ US〈相手と対峙した時、防御力がほんの少し上昇〉
TS〈リフレクション〉……ジャストタイミングで使用することで、近接攻撃を無効にし、二倍の威力にして相手に返す。
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