第13話 表の顔と裏の顔
『もう警察に行けばいいんじゃねえの。殺されかけたんだろ』
やはりこれからすることが少し恥ずかしいのか、初海はささやかな抵抗をみせる。
見た目は遊んでいそうなギャルではあったが、中身の方はそうでもないらしい。
「警察に頼んだら、話をして納得させないといけない。それに、これからやることは恐らく警察にはできないさ」
住宅街の一角に身を隠し、ブロック塀から顔だけ突き出してあたりの様子を探る。
恐らく八尋を撒くことができたのだと思う。
こちらの様子を隠れて伺い、襲撃のチャンスを待つような性格ではないはずだ。
「……なんのホラー映画だよ」
ホッケーマスクを着けた八尋がナイフを手に襲い掛かってくる光景が脳裏に浮かぶ。
状況にそぐわない、あまりにも馬鹿らしい妄想に思わず変な笑い漏れそうになる。
どうにも神経が高ぶっている様だが、それだけストレスを感じていることの裏返しなのだ。
早く美海の安全を確保しなければ、おかしくなってしまいそうだった。
『なんだって?』
「いや、なんでもない。それよりも始めるぞ」
『え!? ちょっと!!』
「もうアプリを起動した」
テンパった初海が「えっと、え~っと」と意外に女の子らしい悲鳴をあげるのを無視して操作を続ける。
「かけるぞ。本当に、美海を頼む。初海しか居ないんだ」
『分かってる』
ようやく覚悟が決まったか、初海の声が変わった。
『……やって』
「かけた!」
Tへの音声通話を開始し、八尋のスマホと私のスマホを互い違いにくっ付ける。
つまりこれで――。
『はいはい、どうしたの八尋ちゃん』
『あ――』
Tなる人物と、初海の通話が可能になった。
『えっと……私、設楽初美っていうんですけどぉ。今おじさんの隣に居るはずの設楽美海の妹でぇす』
今までずっと乱暴な口調を聞いていたので、初海のギャル語は違和感しかない。
けれど初めて初海の声を聞くはずのTはそうではないだろう。
『なんだい、突然。これ八尋ちゃんのアカウントだよね?』
『今スマホを借りて連絡してるんですぅ。ちょっとだけお願いがあってぇ、美海ね……お姉ちゃんに聞こえないように話せますかぁ?』
『少し待ってくれるかな』
耳をスマホに押し付けて耳を澄ますと、「ちょっと仕事場から電話がかかってきたから」なんて断わりの声が聞こえてくる。
その後ろにざわめきのようなものも微かにだが存在したので、まだレストランか移動中なのだろう。
時間的には十三時をちょうど回ったところなので、本当にギリギリだったかもしれない。
『……で、なんだい?』
『はいぃ~。実はぁ、私ぃ……え、えっちなことに興味があるんですよぉ』
『ほぉ、それで?』
明らかに声色が変わる。
やはりそういう関係だったようだ。
なら、美海が何を強要されたのか、容易く想像できる。
『お姉ちゃんと一緒にぃ、私もして欲しいなぁって思うんですよぉ。ダメですかぁ?』
『なるほどなるほど。それで君はいくつなんだね?』
『十四歳ですぅ』
は?
という言葉を我慢して飲み込む。
見た目からして高校生かなと思っていたのだが、本当は子どもと言っても差し支えない年齢だったのだ。
そんな子どもにこんな演技を強要してしまって、さすがに罪悪感を覚えてしまう。
とはいえ、美海を助ける唯一といっていい手段なのだから、途中で邪魔するつもりはないが。
『それはそれは。ちょっと若すぎやしないかね? 自分は大切にするものだよ』
『え~、失礼ですよそれぇ。私、こう見えてEはあるんですよぉ。十分おとなですぅ』
『E!? ふむふむ。それだけ大きければ十分おとなと言えるかもしれないねぇ』
『しかも初めてなんですよぉ』
『いいねぇ、いいねぇ』
顔は知らないし会ったこともない。
けれど、Tを名乗る人物は現在鼻の下が伸び切っていることだろう。
『お姉ちゃんと一緒にぃ、私を食べてくれませんかぁ?』
『う~ん……どうしようかなぁ』
もったいぶったところで心の内は決まっているはずだ。
若い女性に言い寄られる体験が格別なのは、私にもよく分かる。
『よぉし、なら初海ちゃんも相手にしてあげよう』
『わぁ~』
さすがにこの言い回しは初海もずいぶんカチンと来たようだが、舞い上がっているTは気づいてないらしい。
『じゃあ、じゃあ、お小遣いも弾んでくれませんかぁ?』
『ふふふ、やはりお金かぁ。仕方ないなぁ、諭吉が何人くらい欲しいんだい?』
『お姉ちゃんに払う額の七割くらいをくれませんかぁ?』
『まったく、初海ちゃんはいやしんぼだなぁ。でもいいよぉ、あげちゃう』
『わぁい、ありがとうございますぅぅ』
本当に、ありがたい。
思わず私もガッツポーズをしてしまったくらいだ。
これでTは中学生と分かっていて体の関係を持とうとし、しかもお金を払うことを了承した。
児童買春・ポルノ禁止法および売春防止法に違反する。
この会話は録音しているため、圧倒的なアドバンテージを得られた。
あと、一歩。
『それじゃあ、どこで合流しますかぁ? 今すぐ行きますぅ』
『ならラブホテルの前でいいかなぁ。たくさん時間をかけて味わってあげるねぇ』
居場所が、確定した。
しかもまだ美海は傷つけられていないことも分かった。
良かった……間に合った……!
『はぁ~い。あ、お姉ちゃんには内緒にしておいてくださいねぇ。ちょっと反対されちゃうかもなのでぇ』
『ふむ、大丈夫なのかい?』
『大丈夫ですよぉ。ちゃんと説得しますぅ。じゃあね~。10分くらいで着きま~す』
『はやく来てね、初海ちゃん。楽しみにしてるよぉ』
ふたつのスマホを離し、メッセージアプリを落とす。
これで初海の声が聞こえることはない。
「いいぞ、切れた」
そう声をかけた瞬間、
『おぇぇぇぇぇぇっ! なに勘違いしてんだよ、あのクソ親父』
初海の不満が爆発した。
『きっっっめ!! きっっっっっしょ!! 口調から考え方までキモ過ぎて生理的に無理!!』
初海の罵倒をBGMに、八尋のスマホで指定されたラブホテルを検索する。
『もうこんなこと絶対やんないからな!! オイ聞いてんのかこらぁ!!』
「…………初海」
『なんだよ』
「歩いて三十分くらいかかるらしい」
約束の時間に間に合わなかったら、むしろ始められてしまう危険すらあった。
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