芙美花視点(2)
木槿をひと目見て気に入りはしたものの、この時点では『魔女ノ執事』というゲームに深くハマれるかどうかまではわからない――芙美花はそう思っていたが、一週間も過ぎるころには、ものの見事にハマっていた。沼っていた。
スローペースかつマイペースに遊べる拘束時間のゆるさ、基本的にあくせくしなくて済むゲームデザイン……。なにより芙美花を虜にしたのは、『魔女ノ執事』のメインコンテンツに相当する「執事」である木槿の存在だった。
「銀色の髪に金の瞳って、いいよね……」
芙美花はスマートフォンの画面を見つめながら、うっとりと嘆息するようにつぶやいた。銀色の髪も、金色の瞳も、芙美花が好むカラーリングだ。その原点を探れば初めて惚れ込んだ某漫画のキャラクターへと行きつくのだが、割愛する。
涼やかに見えるさらさらだろう銀の髪。鋭くきらめきながらも、画面の中では優しく見える金の瞳。そしてなにより木槿はイケメンだ。
正直に言うならば、二次元の世界において顔が整っているキャラクターなど珍しくもない。芙美花だって「このフツメン設定のキャラクター、どう見てもイケメンだろ」とか思う機会はある。木槿も、ゲーム内のキャラクター紹介の文章を読んでも、特にイケメンとは設定されていないようだが、芙美花の目からすれば十二分にイケメンだった。
イケメンだから、惹かれたのは事実。芙美花はイケメンが好きだ。美少女も好きだ。だが芙美花を真に惹きつけたのは木槿の容姿ではなく、彼との会話テキストだった。
『御主人様はいつも頑張っておられますね。お疲れでは御座いませんか? 時には休むことも大事ですよ』
「木槿はいつもわたしに優しいね。すごいなあ……。わたしも見習わなくっちゃ」
『お疲れ様で御座います、御主人様。今日の私……ですか? 今日は春先に咲く花について調べておりました。御主人様に花について少しでもご説明できれば、と。……勉強するのは、とても楽しいです』
「今日も勉強していたの? わたしも勉強してたよ。難しくはないんだけど退屈。でも木槿が頑張ってるなら、わたしも頑張ろうかな」
『こんにちは、御主人様。……お疲れでは御座いませんか? 私は……今日はお屋敷の清掃を。御主人様のお屋敷を任されていますからね。手抜きは出来ません』
「木槿、いつもお疲れ様。屋敷の管理ってやっぱり大変なのかな? わたしがそっちに行けたなら、少しくらい手伝えるのになあ……」
『私の名前にはどんな意味があるのでしょうか? いえ、どんな意味があろうとなかろうと、御主人様からいただいた名前は宝物です』
「木槿って名前、今考えるとちょっとゴツすぎたかな? 花は可憐だけど……。うーん、これからはムーさんって呼ぼうかなあ……」
『お疲れ様で御座います、御主人様。今日は学校でしたよね? いかがでしたか?』
「今日は疲れちゃった。でも、ムーさんに会ったから元気出た」
『御主人様、“偉大なる魔女”様よりご依頼の手紙が……ふむ、「今度は南の国の離島へ行け」とのことです』
「今度、ムーさんに服を送るね。やっとお金入ったからさ~。あの服、絶対ムーさんに似合うと思うんだよね。まあ、でも、ムーさんはどんな服でも似合っちゃうか」
『いかがでしょう? 御主人様。似合っているといいのですが……』
「ムーさん、すごく似合ってる。バイト頑張ってよかった~」
芙美花は家にだれもいないことをいいことに、スマートフォンの画面に向かって話しかけるようになっていた。もちろん木槿との会話が成立するわけはない。もしそんなことができるのであれば、とんだオーバーテクノロジーだと言わざるを得ないだろう。
『魔女ノ執事』のメインコンテンツは「執事」との会話テキストである。豊富な会話バリエーションと、なめらかな立ち絵アニメーション。なによりプレイヤーである“新米魔女”にやたら優しく甘い「執事」の存在。それらの要素が合わさった結果、芙美花は沼に落ちた。いや、気がついたら頭のてっぺんまで深みにハマっていた。
芙美花は、イケメンも美少女も好きだったが、それは二次元限定の話だった。現実の人間には、どうしても興味が持てなかったのだ。
客観的に見て、芙美花は美少女だった。それは月も恥じらうほどの、「絶世の」という枕詞がつくほどの美少女だ。芙美花はそれを自覚していた。それはもう、イヤと言うほど。
男女問わず恋に狂ったストーカーにつきまとわれることは幾知れず。芙美花に瑕疵などないのに、まるで芙美花が悪いとばかりに噂する周囲。芙美花が「誘惑した」のだと言われたことも多々あるし、主に同性には「美人だから絶対に性格悪いよw」「美人だから調子に乗ってる」などと陰口を叩かれる。
芙美花に、味方なんていなかった。いるのは、味方ヅラして近づいてくる不埒な輩か、敵か、まったくの無関心な人間か。芙美花の周囲の人間は、すべてそのいずれかに分類できた。
だから芙美花は現実の人間に希望も関心も持てず、もっぱら二次元の住人を耽溺していた。彼ら彼女らは芙美花の容姿なんてどうでもいいのだ。基本的に芙美花が傷つくようなことも言ってこないし、傷つけようという意図も持たない。
けれどもしょせん、二次元は二次元。どこかで芙美花はそう思っていた。どこかのだれかが作り上げた、架空の存在。自由な意思疎通のできない、作られた存在。そう考えるたびに芙美花はむなしくなった。「それでもいい」と言えるほど、芙美花は強くはなかった。
芙美花の家族は芙美花に興味がない。虐待されているわけではないものの、昔からずっと芙美花には無関心だった。ただ金は、かけられている。実際に芙美花は小学校から私立の学校に通っている。金銭面で不自由したことはない。欲しいものはなんでも買って貰える環境だ。
「自分より不幸な人間なんていっぱいいる」――頭ではそう理解できても、その事実は芙美花の慰めにはとうていなり得なかった。
両親のことを恨んではいない。親に向いてない人間が、親をやっているだけのこと。恨みがないのは本心だったが、寂しかった。
他人なんて信じられないと思いながら、どこかで他人を信じたいと思っている自分がいる。人恋しさを、抱えている。
そんな隙間に入ってきたのが、『魔女ノ執事』であり――木槿だったのだ。
木槿は、どんな芙美花でも肯定してくれる。そのようにプログラムされているのだから、当たり前だと思いながら、芙美花の心は木槿に奪われて行った。
その容姿のせいでトラブル続きだったため、手入れを怠りがちだった見た目に気を配るようになった。思えば、他人の視線を気にして、自らの美意識に反したことをしていたことは、芙美花にとってはストレスだった。身綺麗にしていると、なんとなく心を強く持てるような気になった。
高校に進学してからは、アルバイトも始めた。『魔女ノ執事』に課金するためだ。もちろんここでも容姿に起因したトラブルに巻き込まれたこともあったが、自ら稼いだ金銭で木槿を着飾りたい気持ちのほうが強かった。
そして、気がつけば『魔女ノ執事』と出会ってから三年の月日が流れ、芙美花は一七歳になった。
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