窓
@yaminabe4
猫の目
私はある雨の降る夜、一人部屋の中で本を読んでいた。私の膝には飼っていた猫が喉を鳴らしながらくつろいでいる。私は読み過ぎて背表紙が取れかかっている本を閉じて、一つあくびをした。そろそろ寝ようかと思い、膝下の猫をどかしにかかろうとした。
が、その時、妙な違和感を覚えて首を傾げた。
猫はその名前を、フユ、といった。冬に飼い始めたからという安直な名前だが当の本人は気に入っているようで、フユ、と呼ぶとどこからでも『にゃーん』と鳴き声を返す。
さて、そんなフユが、今はなぜか返事をしない。
聞こえていない、というのはあり得ない。なぜなら、フユは今私の膝下にいるからだ。猫というのは賢い動物で、フユは彼女が膝の上に乗っている時でも、私がフユ、フユと二度名前を呼べばすぐに気づいて他へ移ってくれる。しかし、今回ばかりはいくら私が名前を呼ぼう体を揺らそうが、一向に膝を退こうとしてくれない。相変わらず私の上に座りながら、首を少し変な角度に曲げて微動だにしない。その姿は、まるで一心不乱に何かを見ているようだった。
さて、だがまあ、動物は気まぐれだ。こんな日もあるだろうと、仕方なくフユを抱き抱えようとした。しかし、そんな時だった。
ギィ、ギィ
そんな音を出しながら、私が座っていたロッキングチェアが、ゆっくりと揺れ始めたのだ。
ああまたか、そう思い、私は身を堅くした。
またか、というのは、最近ウチの近辺でたびたび起こる地震のことである。
あまり激しい揺れではない。しかし、私がこの揺り椅子に座っているときに限って、しかも毎日、これは襲ってくる。
そばに置いていたスマホを取り、画面を見る。やはり、緊急速報にも出ていない。ご近所さんに聞いても反応は変わらなかった。一人暮らしをし始めて半年経つが、この揺れは無くならず、むしろその頻度は週を跨ぐにつれてひどくなっている気がする。
仕方なく私は目を閉じて眠ることにした。揺れが治らないまま、少し離れた寝室まで行くのは不安だし、いつも通りならこの揺れもあと数分で終わるだろう。
目を閉じた暗闇の中、ふとフユが姿勢変えた。そんなふうに膝の上の重心が移動したのを感じた。
目を開けてフユを見る。そこで私は奇妙な感覚に襲われた。
フユはこちらに背を向けて、やはりじっとしていた。だが少し前までは気が付かなかったことが今は分かった。フユはどうやら、私たちの正面にある窓を見つめているらしい。猫というのは動くものが大好きで、窓の外の光や、虫に反応して、よく窓の外を見る。夜は家の光に反応してよく蛾が窓を叩いたりするから、きっとそれだろう、と初めのうちは思った。
しかし、どうやらそうではないらしいことは、よくよく見て分かった。日はとっくに落ちて、窓の外は真っ暗になっている。外の様子はここからでは容易には確認できない。いつもならここから見えるはずの車や飛行機も、暗闇に姿を隠していた。
それに、今外では雨が降っている。蛾や虫の類も、今日ばかりは姿を表すことはないだろう。
さて一体、この膝の上の生き物は何を観ているのだろうか。
少し首を曲げて、横の壁掛け時計を見た。時刻は午前二時過ぎ。どうやら読書に熱中しすぎて日を跨いでしまったらしい。揺れで時計が落下してしまわないかと思ったが、木造りの掛け時計は微動だにしない。
ギィ、ギィ…
背中にかいた冷や汗を強引に無視しながら、私は再び目を閉じた。きっとこの気味の悪い揺れも、目が覚めれば消えているだろうと期待して。
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