第36話 不死と鮮血の聖女

「……えぇい、これはどういうことだ! なぜ侵入を許している。部下たちはなにをやっていた!!」


 騒ぎに気づいた行動隊のリーダーが怒号を挙げる。

 だがすぐに全身から身の毛立つほどの恐怖を前方から感じた。


 口笛と一緒に金属が鋭利に擦れ合う音が混ざって、今までに感じたことのない重圧が、女体の姿で現れた。


 硬い靴音は軽やかに。

 さりとて向けられる殺意は重厚そのもの。


「なに? まさか……もう来たのか? ここは5階だぞ。いくらなんでも制圧が早すぎるッ!」


「ハァイ。ウチの奇襲はどうだった?」


「き、奇襲だと? 貴様は……ッ!!」


「オルタリア・グレートヒェン。めっちゃ暴れたいからカチコミに来たわ」

 

「な、なんだと! えぇい! 曲者だ、出会え! 出会えぇええい!!」


「アハッ、そんな台詞いう奴ホントにいるんだ。意外に古風なのねアナタ」


「うるさい! ……どうだこれだけの人数。いくら貴様とてタダでは済まんぞ!」


「ふぅん、そのわりにはずいぶん軟弱そうな奴らバッカリね。でも、んふふふふ」


「な、なにがおかしい……?」


「いや、ね、こんな風に囲まれたのって久しぶりだから……しかもタダでは済まないって……もうそれって最高のシチュエーションじゃない?」


「な、なんだと?」


 リーダーを守る腕利きの護衛たちが剣を抜き、あとから来た部下たちが数十人が槍やメイスを構える。

 オルタリアを囲むようにしてジリジリと距離を詰めていくが、彼らの表情は緊張というよりも、得体の知れない恐怖で張り詰めていた。


 まるで男漁りにでもきたかのような流し目で見渡し、自分の背丈ほどある巨大なハサミ『ヤクシニー』を勢いよくひと振り。

 そしてふたつに分裂させると、大剣二刀流のように大仰に構えた。


 あれだけの得物であれば、大の男が持っても完全に扱うことはおろか、振り回すことさえてこずるだろう。

 しかしオルタリアの表情や身体の動きからはそれらしい制約は見られない。


「ホントは半分義理人情も入ってたんだけど、もういい。ここからは私のオンステージで張り切らせてもらうわ。だからしっかり踊りなさいよ」


「なにをわけのわからんこと! この血に飢えた魔女め! 者ども! この女を殺せ!」


「ウォオオオオオオオオオ!!」


「男がたばになってんだから……ガッカリさせないでよ!!」


 さながら冷酷な天使か、それとも艶美な悪魔か。

 オルタリアの存在に、誰もが現実を疑う。


 

 重い物を持っているとは思えないほどの俊足で翻弄し、流れるような動作で命を刈り取っていく。

 

 双剣による曲線的斬撃とハサミによる直線的斬撃の合わせ技。

 間合いが離れた敵の群れには大剣をブーメランのように、超速回転させて投げることで斬り刻み、また手元に戻しては近接攻撃を繋いでいった。


「くそう、なんだ……なんなんだコイツはぁぁあああッ!!」


「アッハァア!! もっとぉ……アツいの、ちょーだい!!」


「ヒィイッ!!」


「ほぉら逃げちゃダーメ! イイ男なんだからもっと激しく動けるでしょ!?」


「や、や、やめ、がふぅううう!!」


「アハハハハハハハハハハハ!! 最高!! すっごく気持ちいいわアナタたち!!」


「ひぃ! く、来るなぁああ!!」


「ホォラ行くわよぉお!」


 怯える部下たちの足元を潜るように両膝立ちで滑り込む。

 その速度を利用した双剣による大回転斬りが、噴血の渦を作り上げ天井を染めていった。


 たおやかに立ち上がるや、ヤクシニーを天井スレスレまで投げ上げる。

 全員がそれに気を取られている間に、今度は重さから解放されたような動きで、拳と蹴りの素早い連携技を繰り出した。


 軽やかに見えてもその威力は、鎧を着こんだ者たちの肉体を抉るほどのもの。

 フワリと花弁のように舞ったかと思えば、両足の踏み込みは崖から落下してきた岩の如く豪快にして強烈。


 大きく横一閃に弧を描く裏拳が兵士ふたりの顎を一気に弾き飛ばす。

 相手の防御など知ったことかと鎧も武器も破壊していく様に、一撃必殺の文字を見た。


 人間離れした剣技を繰り出す様は、まさにソードダンサー。

 血飛沫と野太い断末魔が飛び交う中でも、彼女の美しさは変わらない。


「な、なんだ……なんなのだこの女は」


 現場がただの血煙となっていくのを、恐怖の眼差しで見ることしかできない。

 オルタリアの動きとあの楽しそうな顔を見て、どこまでも自分は"人間の枠の存在"であると思い知られる。


 ふとリーダーが見上げると、天井へ投げたヤクシニーが落ちてきた。 

 それはまだ生き残っていた部下ふたりの頭上へと落下する。


 まるで紙でそうしたように、彼らの身体は重さと鋭さでひしゃげてしまった。

 幕引きとしては呆気ないが、リーダーをさらに恐怖に陥れるには十分だったようだ。


「フゥ~、これだけの男の相手なんて久しぶりだからちょっと張り切りすぎちゃったかな。さ、次はアンタね」


「ま、待てオルタリアとやら! 素晴らしい、素晴らしい腕だ! 貴様……いや、お主の腕なら我が教団の精鋭部隊の隊長としてふさわしいものがある。……どうだ?  報酬は思いのままぞ。なんなら今ここで金塊をくれてやってもいい。どうせフリーだろう? だった我がジャガンナート教団でその腕を振るい世界を平和へと……」


「は~……まぁ命乞いはこの際いいとして、スカウトはやめてよね。折角のムードが台無しじゃない」


 ヤクシニーを再びひとつに。

 ジャキン、ジャキンと双刃を景気よく擦り合わせて近づく。


 果物のヘタにそうするように、その首を挟んで斬ればもう終わり。

 だが、オルタリアは足を止めて背後の気配を感じとる。


 その表情に不愉快さはない。

 むしろまた敵が現れてきてくれたことに感謝を抱かずにはいられないのだ。


 しかも今度は散らばるむくろとは比べ物にならないくらいの強者の圧の持ち主。

 オルタリアは余裕の佇まいで、視線を背後に向けた。


「あらあらイケない人。上玉を隠し持ってただなんて。もっと早く言いなさいよ。そしたらすぐにでも駆けつけてあげたのに。でもいいわ。準備運動にはちょうどよかったから」


「クッフッフッフッフッフッフッ、雑魚ばっかりじゃ歯ごたえがないだろうと思ってねえ。オイラが出てきてあげたんだ。オイラもお前に興味深々だからねぇ」


 行動隊における切り札にして最強の戦力。

 その身に宿す闘気の質はほかとは一線を画している。


 ゲオルとティアリカがその様子を魔術で見守る中、激闘が始まろうとしていた。

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