第72話 週末の過ごし方

「要さん、しばらく土日は別々で過ごしたいです」


2月の最終週の金曜日、要さんの部屋に泊まりに来ていた私は、今後の週末の過ごし方についてリクエストを出した。


平日も一緒の部屋で過ごすことが増えて、一緒にいることに辛さは感じていないものの、どうしても要さんに流されてしまうことは自覚していた。


「しばらくってどれくらい?」


要さんからは笑顔が消えて無表情になる。わかっていたけど、これは簡単に頷いてくれなさそうだ。


「長くて3月末までです」


「一月も!?」


「資格取得の勉強を2月は全然できなくて……今年度の目標なので3月中には合格したいんです」


2月にできなかった理由は、もちろん要さんと平日も一緒に過ごすようになっていちゃいちゃしすぎたせいなのは分かっている。


「試験勉強ならわたしがいてもできるんじゃないの? むしろ教えてあげられるよ?」


今回取得しようとしている資格は、要さんの専門分野なので、要さんの提案は的外れではない。


「駄目です。集中しないと暗記物は頭に入りませんから。分からない部分は平日に要さんに聞きます」


「……いつ受験予定?」


それでも納得できないのだろう、受験日を聞かれる。


「3月の2週目の日曜日です。受からなかった場合は、その2週間後にもう一度受験する予定です」


3月末までというタイムリミットを設定した場合、これがぎりぎりの受験スケジュールだった。


「もう試験の予約はしちゃった?」


「しました」


要さんの溜息は、要さんに相談せずに受験日を決めてしまったことに対しての落胆だろう。弁明の余地がないことはわかっていたので、素直に謝りを口にする。


「理由があることだし、仕方ないけど……1ヶ月なんて辛すぎる」


「ずっとじゃなくて、平日のお泊まりは継続しますよ?」


「平日は無理できないでしょ?」


要さんが何のことを無理と言っているのかはすぐに推測がついた。


平日は一緒に寝ても軽く触れ合うことがほとんどで、要さんなりに翌日のことを気にしてくれるのだとは気づいていた。


「要さんのストレスが溜まるのなら、平日も気にせず触ってくれてもいいですよ。本当にしんどい時は拒否しますけど、私だって要さんと一緒にいたくないわけじゃないですから」


私だって要さんに会いたくないわけじゃない。ただ、線引きをしないとずるずる試験勉強が進まないになりそうだから、一人で集中する時間を作ることに決めたのだ。


「金曜日はいつまでが金曜日に入る?」


「えーと、土曜日の起きる時間までにします」


ちょっとは要さんに譲歩しないと拗ねられそうで、無謀かもしれないけど平日の範囲をちょっとだけ広げる。


「分かった。紗来ちゃんが頑張ろうとしてるのを邪魔するわけにはいかないしね」


その割には駄々をこねていた人の台詞じゃないけど、要さんなので仕方がない。


会わないでも平気って言われるよりも、会わないのは淋しいって言ってくれる方が嬉しいしね。





そんなこともあってか昨日の夜、要さんは全然手加減してくれなかった。


週末会えないからって、いつも以上に離してくれなくて、更には焦らされた。


要さんって、笑顔で可愛いと言いながら私を責め苛む時がある。こっそりSっぽいとは思っていたけど、多分口にすると更に苛められそうなのでやめている。


それに苛められるとは言っても、気持ちいいことには違いないので、ちょっとたがを外されるような感じだった。


昨晩の痴態を思い起こしてしまって、頭を振ってから意識をテキストに戻す。


昼前に自分の部屋に戻ってきて、溜まっていた洗濯を片づけてから試験勉強に入った。気分的になかなか入り込み切れてないけど、この生活を1ヶ月続ける、は要さんのストレスが溜まりそうなので、できれば1回目で合格したい。


テキストをさっとおさらいしてから、試験対策の動画を見始めた。


要さんは今日は一人で淋しくゲームをすると言っていたので、恐らく今はゲーム中だろう。


夕方まで集中して、休憩がてらスーパーに買い物に行こうかとノートを閉じた。



これからスーパーに行くんですけど、何か買ってきて欲しいものありますか?


一緒に行くから待って



要さんに何気なくメッセージを送ると、すぐに返事が返ってきた。


最近食費は一緒に管理し始めたので、自分の分だけ買うのに気兼ねして声を掛けただったけど、着替えて部屋を出ると要さんも飛び出してくる。


「家でじゃないから、これはいいよね?」


「いいですけど、買い物に行くだけですよ?」


「いいの」


要さんが腕に巻き付いてきて、怒る程でもないかと歩き始めた。


「ゲーム中だったんじゃないんですか?」


「落ちて来た。紗来ちゃんに会う方が大事だもん」


付き合い初めの頃なら、これで赤面していた私も流石に耐性はついてきている。


「昼前までくっついてたじゃないですか」


「あれから6時間も経ってるじゃない」


駅前まで要さんと出て、要さんも一緒にいるし、このままどこかで食べて帰るもありかな、と思い立つ。


「要さん、このあたりで軽く食べてから、明日の分はスーパーで食材を買うにします? このあたりはチェーン店系のお店しかないですけど」


要さんもそれに同意してくれたので、手近な店に入って夕食にする。


要さんは食事にはあまり拘りがない方で、美味しいものを食べるのはそれはそれで楽しいけど、食べられれば基本何でも気にしない方だった。

私も疲れて帰ってきてから、頑張って食事を作ることが難しいって学んでいるので、たまには手を抜きたい。


ファミレス系のお店に入ってご飯を食べた後、スーパーに2人で向かった。


「ご飯の後って、何を食べたいとか浮かばないですね」


明日の献立が浮かばなくて、常備菜になりそうなものをカゴに入れていく。要さんも同じ心境のようで冷凍食品を辛うじて選んで、お会計をしてから店を出た。


「紗来ちゃんは、まだこれから試験勉強?」


「はい。試験問題を解くのをちょっとやっていこうって思ってます」


「そっか……文章しっかり読んで考えないといけないから、慣れないと辛いしね」


「もうちょっと単純な設問かなって思っていたんですけど、選択肢が1つだけじゃないのも多くて難しいです」


「あるべき形は決まってるから、それだけしっかり覚えておけば、解いて行けるから」


要さんは今回私が受けようとしている資格は取得済みなので、合格した人の言葉は説得力がある。


でも、


「あるべき形は要さんだから分かることですよね?」


「紗来ちゃんだって、ちょっと勉強すれば分かるようになるよ。もちろん、一緒に勉強しようは大歓迎だよ」


「遠慮しておきます。分からない部分だけ聞きます」


残念、と要さんは言うけれど、それだけで済まされないことは想像に易い。


「じゃあ、要さん、ゲームしてもいいですけど、夜更かしはほどほどにしてくださいね」


「一人で寝るの淋しいのに……」


しょうがないなぁ、といったん要さんの部屋の玄関に入って、キスをしてから私は自分の部屋に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る