第23話 家でのクリスマスパーティ

ケーキを買ってから家に帰りついたのは、20時過ぎだった。定時に会社を出たのに、こんなに買い物に時間が掛かってしまうなんて想定外だった。


私の部屋に入って買い込んだ袋を玄関に置くと、それ以外の荷物を置いて来ると要さんは玄関を出て行く。


コートを脱いでから、テーブルに料理を運んでいる内に要さんも戻ってくる。荷物を置きに行ったはずなのに、戻ってきた要さんの手には別のものがあった。


「甘口のスパークリングワイン買ってあるから、開けよう?」


甘いお酒なら飲めると以前私が言ったのを、要さんは覚えていてくれたらしい。


テーブルの上に、ちょっとだけクリスマスっぽくアレンジされた惣菜を並べて、パーティの準備をする。自分一人でクリスマスを祝おうなんてこともしなかったので、こんなことをするのは社会人になって初めてだった。


「要さん、ワイングラスとかうちにはないんですけど、ガラスコップでいいですか?」


人が来るなんてこともなかったから、うちにあるのは何かでもらったキャラクターがプリントされたガラスコップしかなくて、ちょっと恥ずかしい。


「家飲みだったらそうなるよね」


要さんが慣れた手つきでスパークリングワインの栓を抜いてくれて、ガラスコップに琥珀色の泡が注がれて行く。


ガラスコップに入っているとアルコールというよりも、子供向けのノンアルコールの飲み物に見えてしまう。


「じゃあ、始めようか」


炬燵に斜め横の位置で座って、お互いガラスコップを持ち上げた。


「「メリークリスマス」」


ガラスコップの縁側を重ねてちょっとだけ音を立てて乾杯をする。


スパークリングワインに口をつけると、要さんの言う通り甘くて私でも飲めそうだった。むしろ飲みやすすぎて、気をつけないと酔いそうな気がする。


「このスパークリングワイン飲みやすいですね。ワインは全部甘くないって思ってました」


「数は少ないけど、探せばあるよ」


「要さんはワインに詳しいんですか?」


「一時期ちょっと凝っていたことはあるけど、一人では飲みづらいし、誰かいても好みが合うとは限らないから、あまり飲まなくなったかな」


「すみません、甘いのしか飲めない子供舌で」


「紗来ちゃんと一緒に飲めるなら、何でもいいから気にしないで」


「要さんって私を甘やかし過ぎですよね」


「だって紗来ちゃんに喜んで貰いたいから」


さらっと笑顔で言われて、思わず噎せてしまった。


「大丈夫?」


「要さんが変なこと言うからです」


「紗来ちゃんが大好きだから、喜んで貰えることしようってだけなのに」


覗き込まれて、そのまま要さんの顔が近づいてくる。


最近ちょっとはそのタイミングは分かって、目を閉じて要さんからのキスを受け入れる。


「このまま離したくないけど、せっかく買ってきたごちそうがあるから、先にご飯にしようか」


小さく頷くと要さんが離れて行く。


照れくささを誤魔化すように私は箸を握って、料理に視線を移した。


要さんに近づかれると、要さんの空気に呑まれていつも私は固まってしまう。


「要さんの部門はもう年内は落ち着いた感じですか?」


「チームに寄るかな。わたしはもう年内の作業は目処ついたけど、年度末にシステム入替があるチームもあるから、そこだけはばたばたしてる」


「じゃあうちと似たようなものですね」


「そんなことより、年末年始に紗来ちゃんが実家に帰っちゃうことの方がわたしには一大事なんだけどな。紗来ちゃんに触れられなくて干からびちゃいそう」


「帰るって言っても4日くらいのことですよ」


普段は実家に帰ることはほぼないので、お正月くらいは毎年帰るようにしていた。要さんも実家に帰ると聞いてはいたけど、私よりも期間的には短い。


「4日くらいじゃなくて、4日もだから」


「平日に全然会わないこともあるので、それと変わらないじゃないですか」


「それは全然違う。紗来ちゃんを家に連れ込んで、帰したくないくらいなのに」


「…………」


以前に聞いた声の記憶が蘇ってくる。最近思い出すことがなかったのに、要さんがそんなことを言うから思い出してしまった。


「どうかした?」


首を傾げる要さんに何でもないと誤魔化す。


要さんはレズビアンで、女性としか付き合ったことはないと聞いている。


となると、以前聞いた声は要さんでない可能性もあることに今更ながらに気づく。


要さんは恋人を連れ込んで、ずっと家に引きこもっていた経験があるのかもしれない。


要さんはどっちだったんですか、なんてこのタイミングでは聞けなかった。


「変な紗来ちゃん」

 




スパークリングワインの瓶が空いた所で、お腹もいっぱいになったし、とケーキの箱を開いた。


2つ買ってあったけど惣菜も残してしまったくらいなので、結局2人で一つのケーキを分けることになった。


定番のイチゴの乗ったショートケーキを、要さんは前から私は後ろからフォークを入れて行く。


「社会人になって、クリスマスにケーキを食べたのなんて初めてです」


「それは一人だったから買いに行くこともなかったってこと?」


「一人だとケーキを買うのって、ストレスが溜まって自分にご褒美をあげたい時くらいで、クリスマスにわざわざ並んでまでって買いに行きませんよ。クリスマスってリア充のイベントだから、参加しなくてもいいかなって思ってました」


「じゃあ今年から紗来ちゃんもリア充になったってことなんだ?」


「…………誘ったの要さんじゃないですか」


「ごめん、虐めすぎた。ケーキを食べて幸せそうな紗来ちゃんの顔が見られて、わたしは幸せだよ」


「要さんって、時々近づいちゃいけないイケメンみたいなこと言いますよね」


「近づいちゃいけないってどういうこと?」


「口が上手くて、その口車に乗ったら痛い目を見るみたいな胡散臭さがあります」


「ひどい……紗来ちゃんが好きなだけなのに」


「本気で思ってないですから、落ち込まないでください。ただ私が慣れてないだけです」


「じゃあ慣れて」


要さんの綺麗な顔が再び近づいてきて、私は目を閉じた。

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