第26話土地

「風呂場には近付かないようにね。ああ、そこの部屋はスキマ女がいるから連続で出入りしないこと。呪具の部屋も立ち入り禁止だよ。あとは……」

「入っても大丈夫な部屋を数えた方が早くないですか?」

「それもそうだね。私たちがいる廊下と居間と書斎……あとトイレぐらいかな」

「廊下は微妙じゃないですか?」


 知人は階段の下にいる傘を持つ赤子を見た。


「君は女性ではないから大丈夫だよ。そうだ、荷造りを手伝ってほしい。私一人で本を持つのは大変だからね」


 いくら本を厳選しても一人では抱えきれない量になるのは簡単に予想できた。現に頭の中でざっと持っていく本を選んでみたら相当な量になっている。それに勝手にうろうろされるより近くで監視しておきたいのも本音だ。


「部屋ごと移動できたらいいんだけどね」

「怪異なら可能じゃないですか?」

「残念ながらそんな怪異は知らないんだ」

「怜司さんが知らないなんて珍しいですね。僕は知ってますよ! どうせ家に入れなくなるならいっそのことごちゃごちゃにしちゃいましょう!」

「ごちゃごちゃって……」

「この怪異が来たら怖いもの知らずの考えなし以外は引き返しますよ。これで泥棒の心配はなくなりますね!」


 確かに迷い込む人がいなくなるのは良いことだけど、その怪異は本当に大丈夫なのだろうか。危険な怪異であればこの家に隔離しておくのもやぶさかではないが……なぜだかあまり気が進まない。


「いや、その話はやめて別の話にしないか?」

「えー……まあ……怜司さんの家ですからね。家主が言うなら仕方ありません。じゃあマイルドな怪異にしましょうか」



【土地】


 怜司さんは『土地』に関する怪異をご存じですか?


 建物じゃなくて土地そのものが呪われている系の。


「引っ越し先の町もある意味では呪われた土地と言えるだろうね」


 あれは大規模ですね。あれほどの規模でなくとも、呪われた土地というのは世界各地に存在しています。

 呪われた土地の上に建物があると影響を受けます。あの建物がヤバイ! と言われることの大半は建物じゃなくて土地がヤバイんですよ。


「土地の影響を受けた建物か……さっき言っていたのは土地が原因で部屋ごと移動できるようになったということかい?」


 そうですね。本当はこっちを呼びたかったんですけど……かなり危ないので怜司さんが嫌なら呼びません。

 なので空間を繋げる怪異に変更します。アパートと書斎を繋げるんです。それならわざわざ荷造りをしなくてもいいじゃないですか。怜司さんも老体に鞭打ちたくないでしょう。


「たしかに。それで、その便利な怪異はどういったものなんだい?」


 一番古い記憶は奈良時代ですね。途方もないぐらい昔から存在している怪異です。自分の家の扉を開けたら食料保管庫に繋がってたって話です。


 最初の遭遇者は家を建てたばかりの人で、いざ新居に入ったら全く別の場所に繋がっていて腰を抜かしました。小さな村でしたから、瞬く間に人が集まりました。恐る恐る出入りして安全を確かめていましたね。では逆に食料保管庫はどうでしょう。こちらは新居に繋がっていたんです。


 これは安全だったパターンですが、繋がった先が部屋とは限りません。扉を開けたら海で海水が流れ込んできたり、マグマだまりで焼け死んだりします。


「海水とマグマか……恐ろしいね」


 幸いなことにこの怪異は扉を閉めてくれるんですよ。だから扉を開けた瞬間死んでしまってもそこから被害が拡大しないんです。親切ですね。


「そんな怪異を書斎に繋げるのか……本当に大丈夫かい?」


 実は繋げる場所を指定できるんです。


 この怪異は最初に扉を開ける人物の強い思いに反応します。奈良時代に扉を開けた人、その人はすごくお腹が空いていて、家でご飯を食べようと決めていました。食事は娯楽ですからね。楽しみにしていたことでしょう。そして繋がった先が食料保管庫だったんです。


 海に繋がった人は特に何も考えていなかったんです。なんとなく新居の扉を開けた程度です。マグマだまりの人も同様です。強い思いがないと危険な場所に繋がる恐ろしい怪異ですよね。そういうわけなので、怪異を呼んだら強く願いましょう。書斎とアパートが繋がりますように。


 あ! 土地の怪異だから新居を構えた人が遭遇するんですけど、今は怪異を呼び寄せているので初めて新居じゃない家でこの怪異に遭えますね。楽しみだなぁ。


 さて、話はしました。書斎へ行きましょうか。

 ああそうだ、土地の怪異なのでこの家の扉は全て影響を受けます。なので初めて開ける扉はちゃんと考えてくださいよ。

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