第23話火の玉の悪戯
うォぉオおお……
玄関に入ると呻き声が聞こえてきた。無事に帰ってこれた、それに切り裂き魔や鐘の音の気配もない。なのにこの呻き声はなんなのか――と考え始めたところで携帯がブルブルと震えた。
「もしもし」
「怜司さん、呻き声聞こえるようになりましたか?」
「壁から聞こえてくるね。……ああ! もしかしてアパートの?」
「そうです。さっき管理人から連絡がありまして、呻き声が聞こえなくなったと。とても喜んでましたよ。これで解体せずに済むって」
「けっこう知れ渡っているから入居する人はいないんじゃないか?」
「普通の人ならまず選択肢に入りませんね。でも、僕なら問題ありません。実は借りることにしたんですよ。数年はここを拠点に活動する予定です」
「先日引っ越しを決めたばかりだというのに、まったく行動が早い。羨ましいよ」
「フットワークが軽いのが強みですからね。ところで廃墟はどうでした? 何か面白いことありました?」
「廃墟では何もなかったけど帰りにね……」
私は知人に鐘の音について話した。
「それはそれは! 貴重な体験でしたね! 僕も普段から怪談話をしてるんですけどね、鐘の音にはまだ遭遇してませんねぇ。避けられてるんでしょうか」
「君は怖がらないからね。怪異側も脅かし甲斐がないのだろう」
「これからは怖がるフリをしようかな……」
「フリだと意味がないと思うよ。心の底から怖がらないと」
「難しいですね。僕を怯えさせる怪異に出会えることを願いますよ。……ああでも、そこそこ怖い体験はありましたね。怪異そのものは怖くなかったんですけど、その後は危なかった」
「あの事件か。よし、本に聞かせてみよう」
本と携帯を近付ける。
「話しても?」
「大丈夫だよ」
知人は電話越しに語り始めた。
【火の玉の悪戯】
火の玉を見つけたのは両親の墓参りに行ったときでした。まさかあの墓地に怪異が存在しているなんて露ほども思っていなかったので、見つけたときは興奮しました。
ヒュルヒュル、ヒュルルルル
最初は風の音だと思いました。でも風が吹いてたら葉の音も聞こえるはずですよね。それが一切ない。
日が落ちる寸前、墓地、謎の音……僕の頭はすぐさま怪異に結び付けました。
元凶を見つけるために音が聞こえる方へ歩き始めました。
雑木林の奥――ぼんやりと赤い光、そして焦げ臭いにおい……ああ、これは火事になると思いました。
それでも正体を掴みたくて雑木林の中に入っていきました。煙が見えたら走って逃げればいいと、楽観的でしたね。
赤い光の正体は火の玉でした。怖い話では定番といえる怪異です。でも実際に見たのは初めてで、ゆらゆらと楽しそうに揺れていたのが印象的でしたね。
火の玉の周囲の草は焼けて土が見えていました。近くの草を燃やしつくした後に少しずつ移動しているように見えました。このままだと木に火が付いてニュースになるぐらい大きな火事になると確信しましたね。
大事になる前に通報しとこうか。
そう思って墓地に戻ろうとしたとき、土を踏む音が火の玉に聞こえたのでしょう。人間がいると認識した火の玉は、目にも止まらぬ速さで僕の周りの木に次々と火をつけて回ったのです。
完全に火に囲まれた僕は久しぶりに「マズイ!」と思いました。今までなんだかんだ怪異に遭遇しても切り抜けられましたからね。火事に巻き込まれた経験はありませんから焦りましたよ。
ヒュルヒュルヒュル!
火の玉は笑っていました。慌てふためく僕を見て楽しんでいたのです。これにはムッとしましたね。絶対に逃げ切らねばと思いました。
遠くからサイレンの音。煙に気付いた墓地の管理者、もしくは近隣住民が通報したのでしょう。
僕は火の手が薄そうな場所を探すためにしゃがみました。煙は高いところに昇っていきますから、まずは身を屈めて少しでも生きながらえる方法を選ぶ必要があるのです。
火の手が薄いところ――必死になって探していると、少しだけ、まだ焼けていない木が薄っすらと見えたのです。元々木が少なかった場所だったのでしょう。僕はそこに向かって走り出しました。
抜け出した――!
僕の判断は正しかったと喜びました。
しかし、ほどなくして焦げ臭いにおいや煙がすっかり消えてしまったのです。
後ろを振り返ると、火事になっていなかった。どころかどこも焼けていない。火の玉がいた場所もまったく焼けていませんでした。
幻覚――。
僕は火の玉が見せる幻覚に惑わされていたのです。
でも煙に巻かれたと思えばその場で倒れ、火に触れれば肌が焼ける感覚があったと思います。ショックを受ければ人間は簡単に死ぬんです。
もし、あの場に留まっていれば僕も死んでいたことでしょう。この場合はショック死になるんでしょうね。いやぁ、もう火を見るのは懲り懲りです。火の玉はまたお目にかかりたいですけどね。
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