第12話代々続くお手伝いさんの秘密
呪いの配達人から受け取ったダンボールを開けると目が合った。
「おはようございます。遠路遥々ようこそいらっしゃいました」
人形はゆっくりと起き上がると、腰に巻き付いていたベルトを無造作に引き剝がした。そしてベルトの端っこを掴み、優雅な仕草で歩き出す。引きずられていくベルトがなんだか哀れだ。彼女は扉の前に立つとちらりとこちらを見て、早く開けろと目線で訴えかけてきた。
これ以上機嫌を損ねるのはよろしくない。私はすぐに居間の扉を開けた。
「どの部屋に参りましょうか」
声をかけると人形は階段を見上げて左手を上げた。どうやら呪具が収められている部屋に行きたいようだ。自らあの部屋に行ってくれるのはありがたいけども、死者用マニュアルや呪われたタイヤなど、危険な物がたくさんあるから妙な化学反応を起こさないか心配だ。
「わかりました。御身を危険にさらしたくないので呪具に触らないでいただけると助かります」
人形は頷いて私の肩に乗ってきた。大きく体を揺らすと落ちてしまいそうだ。振り落とさないよう慎重に階段を上り、部屋の扉を開ける。人形は扉を開けると同時に肩から降り、ベルト共々部屋の中に入っていった。
扉を閉めて書斎に戻り、椅子に座ってため息をつく。人形の機嫌を損ねないよう徹するのは気骨が折れる。
「まったく……こんなに物が増えるとはね。管理が大変だ」
定期的に行っている掃除のことを考えると気が重くなる。雑用を担当してくれるもう一人の自分がいればな……ああ、ドッペルゲンガーも実在している怪談だったな。絶対に遭遇したくないが。
【代々続くお手伝いさんの秘密】
私の屋敷にはたくさんのお手伝いさんがいる。入れ替わりも激しく、やっと名前を覚えたと思ったら辞めるのは日常茶飯事だ。
そんなお手伝いさんの中で不思議な人物がいる。名前は鈴木さくらという高齢の女性で、彼女は私が生まれてからずっとこの屋敷で働いている。
この女性は父や祖父が生まれた時にもいた。姿も当時と変わっていない。どう考えてもそれはおかしいだろう? 疑問に思った私は鈴木さんに直接尋ねてみた。すると彼女はただ一言
「別人ですよ」
と、笑顔で答えた。
たしかに「鈴木」は日本で二番目に多い苗字だし、「さくら」という名前も鈴木さんの中に何人かはいるだろう。しかしだからといって同じ名前、同じ容姿の人間が都合よくいるとは思えないし、誰にも知られず入れ替わってるなんてもっとありえない。
鈴木さくらは妖の類では?
幼い私は「人間を語る化け物め! 正体を暴いて追い出してやろう!」と考え、鈴木さくらを監視することにした。
ただ、一人では四六時中監視できない。そこで、お手伝いさんを雇うときの雇用条件として『鈴木さくらを見張る』ことを付け加えることにした。
雇用主である父も大いに賛成した。父も気になっていたが、いつの間にか鈴木さくらはそういう人物だと受け入れていたのだ。
人は慣れるとそれを当たり前のものとして受け入れてしまう。環境に馴染みやすいのは良いことだが、身近に不思議程度では済まされないやつがいるときは役に立たない習性である。
こうして新人のお手伝いさんと共に鈴木さくらを監視する日々が始まったわけだが、何十年も彼女は尻尾を出さなかった。変わらず元気にリーダーとしてお手伝いさんを取り仕切り、和気藹々と屋敷の掃除や家事を行っている。やがて新人のお手伝いさんも鈴木さくらの監視に疑問を持つようになった。無理もない。鈴木さくらの態度はいたって普通の高齢女性のものなのだから。
このまま正体を掴めずに一生を終えるのかと不安になってきたところでチャンスはやってきた。夜中にふと目を覚まし、カーテンを開けて中庭を眺めていると、屋敷から鈴木さくらが出てきたのだ。
鈴木さくらは中庭のベンチに腰かけた。一人で一体何をしているのだろうと思ったけど、一人じゃなかった。まったく同じ体格、容姿の人物が隣に座っていたのだ。いつからそこにいたのか。瞬きをしたその一瞬の隙をついて現れたのか。鈴木さくらを取り巻く不可思議な現象に目を離せなかった。
彼女が中庭に現れてから十分。屋敷から出てきた方の鈴木さくらがぐらりと傾いた。そして隣の鈴木さくらにもたれかかったかと思うと、頭の方から溶け出して液状になっていくではないか。
目玉が地面に落ちる前に受け止めて口へ放り込む。髪の毛はラーメンのように啜る。どろどろぐちゃぐちゃになった頭部を大好物のデザートのように食す。上半身はメインデッシュ。まだ溶けきっていないにもかかわらず噛り付く。足はカニを食べるみたいに身を取り出して口に入れる。やがて着ていた服も溶けだす。何も証拠を残さぬよう綺麗に食べていく。
こうして一体目の鈴木さくらはいなくなった。
翌日、一睡もできずに朝を迎えた。すべてを食べ終えた鈴木さくらは何事もなかったかのように屋敷の中へ戻っていった。
今日も彼女はいつも通り働いている。私は彼女に挨拶をして昨晩のことを聞こうと声をかけた。
「はじめまして。サヨウナラ」
肩を叩かれた。
振り向いた『私』の顔は驚愕に満ちていた。
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