第48話 意思をねじ伏せる意思
休講日は迷宮で魔物討伐に励み、夜にはベルと戦闘訓練を行い、そしてフリエを襲撃する。
講義日は勉学に励み、予習復習を欠かさず、そしてフリエを襲撃する。
そんな毎日で青春の汗を流すアルフェに―――
「……いい加減にしてくれないか」
ついにフリエが、キレた。
第三週第一休講日、深夜のことであった。
「アルフェさん、ボクは何度も言ったはずだ」
アルフェは彼女の言葉をただ静かに聞くしかない。
ねじ伏せられ、押し倒されて、身動きさえも封じられている。
力をこめようとするのに、身体の神経が途切れてしまったかのように命令が届かないのだ。
「それとももしかして調子に乗っているのかい? ボクがなにもできないと? ボクが大人しく流されると?」
「……」
まったくそのつもりだったので沈黙するアルフェ。
フリエはため息をはいて、まるで支配を誇示するかのように耳元に口を寄せた。
「いい加減はっきり言わせてもらう。このボクにさえ敵わないキミじゃなにも成せない―――キミに最速の青なんて到底ムリだ。このボクが保証してやる」
フリエはひらりとアルフェを開放する。
即座に立ち上がったアルフェは戦闘態勢を取るが、フリエは首にかけていた袋を開いた。
そしてその中身を腕に通す。
―――黄金色の、腕輪。
「お望み通り相手をしよう。キミはなにを使ってもいい。武器もその子もなんだって、キミのすべてをボクが潰す」
彼女はゆらりと、木剣も持たずに手刀で構える。
二年生にして金色に腕を通す最速の金。
アルフェの望みを体現した存在がそこにいた。
「先駆者たるボクがキミに引導を渡してやる」
◆
「ハァアッ!」
疾走。
魔術は使わず、ただまっすぐに。
そして放つ拳はフリエの鼻先に届かず、次の瞬間強烈な蹴りに腹をぶち抜かれて「カハッ……!?」宙に浮き、そのまま回し蹴りでぶっ飛ばされた。
「ぐっ、くぉっ……!」
「その程度の力でよくもまぁあれだけ図に乗れたものだね」
道に弾みながらも強引に体勢を整えたアルフェの目前にはすでにフリエがいる。
とっさに放とうとした蹴りは踏みつぶされ、容赦のない拳が顔面を殴り飛ばす。
吹き飛ぶにも飛べずしたたかに後頭部を打ち付けたアルフェの胴体に鋭い踏み付けが突き刺さり、吹き出す赤黒い汚物に汚れる。
「……このボクを相手に魔術のひとつも使わないのかい? 使えるんだろう? それくらいなら見逃してあげるよ」
「ぐっ」
アルフェはしかし魔術は使わず、フリエの足を掴んで強引に回転しようとして蹴り飛ばされる。
ゴロゴロと転がったアルフェは何度もせき込み血反吐をまきながら床を殴り、気合とともに立ち上がって、
「舐めるなって言っているんだよ」
強烈な前蹴りが顔面を吹き飛ばす。
仰向けに転がったところに落ちてくる踏みつけが肩を強引に脱臼させ、アルフェは獣じみた絶叫を挙げてもがいた。
「……キミも動かないのかい? ご主人様がこんなになっているんだけれど」
《……》
ベルはアルフェによって現実したままだ。
今にも襲い掛からんとばかりに牙を剥き、爪を光らせ、それでも彼女は動かない。
「オォ―――ッ!」
そのときアルフェが咆哮とともに飛び上がり、フリエに顔面を掌握されてそのまま地面に叩きつけられた。
「そろそろ分かってくれたかい? これが現実だ。努力や気合でどうにかなる水準なんてたかが知れてる。圧倒的な才能なら、キミらを潰すなんて簡単だ」
こんな風にね。
軽やかに告げたフリエがアルフェの首をつかんで持ち上げ、手放すと同時に蹴りを叩き込んで吹き飛ばす。
ズタボロになって転がる彼女の元へと向かい、もう一方の腕まで脱臼させた。
「ガァアアアアア―――ッッッ!!!」
「うるさいよ」
ごぢゅっ。
蹴りの一撃が喉を潰す。
「ッ、―――ッ、!」
声が出ない。
かろうじて呼吸はできるが、ひどい喘鳴とともに激烈な痛みがなくならない。
呼吸するだけで死ねそうだ。
「痛いかい? 辛いかい? ああその程度じゃ音を上げないのだろうねキミは。血反吐を吐くような努力をしたんだろう。驚嘆するさ、けどムダだ」
いらだちをぶつけるように蹴り飛ばして、フリエはアルフェに背を向ける。
「治癒はできるんだろう? なら死ぬことはないさ」
そう言い捨てて立ち去ろうとするフリエは。
しかし、足を止めて怒気をまき散らす。
「前言を翻そう―――死ぬよ?」
刃のごとき眼差しが、ふらつきながらも立ち上がるアルフェをまっすぐに射貫く。
両肩は脱臼し、喉は潰れ、あばらの数本はへし折れ肺の損傷もある―――それでも彼女は立ち上がった。
ならばもうだめだ。
これ以上となれば、取り返しのつかないくらいにやるしかない。
潰すと告げた。
アルフェの力を、技術を、そして意思を。
だから潰す。
その宣告は絶対なる事実だ。
「……そうかい。じゃあ第二ラウンドだ」
そしてフリエは疾走する。
同時に―――アルフェは意識を失った。
「なっ」
立ち止まるフリエはとっさに彼女を抱きとめて、
「ぐぅ……ッ!?」
その瞬間に肩に噛みつかれ、強引に振り払って蹴飛ばした。
ごろごろと転がったアルフェはぴくっとわずかに身じろぎして、それからまた、ふらりと立ち上がる。
「……」
フリエは自分の目がいいと知っている。
これまで何度も襲撃されて、アルフェの行動すべてを見透かしているとさえ言えるほどの確信があった。
だからわかる。彼女は確かに気絶して体勢を崩した。それは不随意的なことだった。
だからこそ理解できない。
どうしてボクは攻撃を受けた?
―――いや。
それともあるいは。
そのときどう動くのかさえ、その身に刻んでいるとでも……?
「…、………、」
「……?」
アルフェがなにかを言う。
潰れた喉で、なにかを。
そして歩く。
おぼつかない足取りで、それでもなお、フリエのほうへと。
その眼差しはただフリエを見つめている。
この期に及んでまだそれは、揺るがぬ意志に輝いて。
「ガフ……ッ!」
アルフェは強引にせき込む。
なんどもなんども血を吐いて、それから大きく息を吸った。
「……なにを、ためらうの、ですか」
「な、にを、?」
「つぶ、すのでしょう、この、……わたしを、この、いしを……!」
「……」
「ならばかくごを……殺す、覚悟を。それでようやく一歩です。私の意志は、死んだていどでは揺るがない」
気が付けば。
アルフェはフリエの目の前にいる。
そして―――
「ぐあっ」
歯を立てながら押し倒される。
簡単に倒れたフリエの肩を、アルフェは強引に噛み千切った。
「ぐぅうう……ッ!」
呻き声をあげて傷を抑えるフリエ。
肉を喰われるという心地―――否応なく、恐怖が瞳を揺るがした。
アルフェは肉を吐き捨て、血だらけの顔面でフリエを見下ろす。
「砕けぬ限り吠えましょう。くじけぬ限り喰らいましょう。私は強くなる。できるできないなど些細なこと。挑戦の果てに死ぬるのなら、地獄の果てから這い上がってまた挑むだけのことではありませんか」
そしてアルフェはまた牙を立てる。
喰らう。
フリエの宣告を、それを支える彼女の意思を。
死なば死ね。
それでも私は揺るがない―――
「……もう、やめてくれ……」
そしてフリエは声を上げた。
アルフェはふらりと顔を上げる。
フリエは涙を流しながら、ひどく憎らし気にアルフェをにらみつけていた。
「キミは、キミは最悪だよ……ああそうさ、そういう理不尽がこの世にはあるんだ……ボクもそうだった……」
アルフェの意思は強すぎる。
理不尽なまでに、激烈なまでに―――フリエの意思を、ただ揺るがぬだけでねじ伏せるほどに。
それは一種の才能ではないか。
意思の才能。
それも異様なまでに強く、強い。
才能。
「…………ああ。けっきょくはこれだ。ボクに才能はない。人を見る才能が、少しだって」
悲しいなぁ。
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