第9話 手の上で踊らされる悔しさと楽しさ

「じゃあ次は、実戦形式で練習をしてもいいか?」


俺は、桜に満足いくまで揶揄われた後、食い気味にそう提案した。


実戦形式では、普通の魔素操作では得られない緊張感と、高揚感に包まるのが楽しく、ここ最近のブームでもあった。


それにダンジョンを攻略する際や、を屠るためにも力はあっても困らないしな。


「君の集中力も切れてきたみたいだしね…。まあボクは構わないよ。」

「よっしゃ!」

「しかし、君の魔素の操作はまだまだ未熟だ。あまり無理して使ってはいけないよ?暴走してしまうと自爆してしまう可能性があるからね」

「でも、そうなる前に助けてくれるんだろ?頼りにしてるぜ」

「そうれは、そうなんだがね…」


さっきのお返しとばかりに桜を揶揄ってみるも、反応が芳しくない。


え? 本当に助けてくれるよね?


そう無言で訴えてみるも、思案しているようで全然気づいてくれない。


まあ、何度も言うかもしれないが、桜は天才なのだ。

その、主な武器は相手の感情までをも感じるほどまでに研ぎ澄まされた魔素操作。


感情を表す時、血管が顔に集まり赤くなったり、反対に青白くなったりする生理的現象があることはご存じだろうか。


その生理的反射の中には、危害を加えられそうな場所に予め血液を集めるというものがあり、体に纏っている魔素も同じような動きをする。


戦闘時など、攻撃されそうな場所を守るため、咄嗟に魔素を厚く纏うのだ。


桜はその流れを感知できる。


そんな相手と戦うのは、相手の心を読める妖怪、悟にジャンケンを挑むようなものなんだよなあ。フェイントも全部見抜かれるし、心底恐れ入るよ…


纏っている魔素が厚くない場所を攻撃され、ダメージを負わされるのだ。攻撃と守りにおいて最強、それが桜 彩という人物だ。


だから、俺を助けるのは造作ないことである。だから、本当に助けてほしい。


「よし、まあ君もやる気満々だし。早速やろうか。でも、?」


考えがまとまったのだろう。

桜は色っぽくため息を?吐息を?吐きながら、俺の提案を受け入れた。 


「ああ、それで構わない。それじゃあ行くぞ?」


俺は一抹の不安を感じるものの、直ぐに戦うため戦闘状態に入り、桜の様子を注意深く観察する。


毎回、俺が最初に攻撃を仕掛け、桜にカウンターでボコボコにされてしまう。

だから今日もまた別の戦略で戦うつもりだ。これが通用するかは分からないが…


そう息巻くも、ところが今日は、いつもとは違い桜が始めに動き始めた。


桜は太ももまで長さがある黒のロングシャツのお腹に在るベルトをカチャカチャと音を立てる。


すると、ロングシャツの外側に巻いていたベルトを外し、ロングシャツのボタンをおもむろに一つ一つ上からほどいていく。


ロングシャツがすとんと足に落ち、今まで隠れていたショートパンツと、白いTシャツが現れた。

足はするりとしていて、もちもちの雪〇大福のようだ。


「??」


何をしたいのかが分からず、頭の上に疑問符を浮かぶ。これは攻撃なのか?


こちらを、ニヤニヤと見つめてくる桜の意図が分からず、俺は眉を顰める。


桜は着やせするタイプであるのかTシャツの前の部分が大きく盛り上がってしまい、体の前の丈が足りていない。真っ白いおへそがチラチラと見え隠れしている。


大きく膨らんだ部分はTシャツの生地が引き延ばされており、下に来ている服の輪郭下着がうっすらと浮かび上がっていた。


「どうしたんだい?、ほらきたまえ。」


そう言われた瞬間、桜が考えている悍ましく、恐ろしい戦略に気づいてしまう。

しかし、それを止めるには既に遅すぎた。


子供が抱っこをねだるように桜は手を大きく広げ、亮に向ける。


そう甘くささやく声は、俺の思考を奪うのに十分だった。


飛び込めば、ぷにぷにとした柔らかさに加え、天日干しをした布団よりいい香りが待ち受けているに違いない。


しかし、今は戦闘中である。余計な思考は排除しなければいけない。そんなことは百も承知だ。だが!!!!!


そこに、山があるならば!登らなければ無作法というもの!


「おぎゃああ桜ママー!!」


何してんだよ、まったく…(呆れ顔)


自分が思い描いていた理想と異なり、言葉につられ体が、勝手に動いた。


本能レベルの行動に違いなかった。「「僕はわるくない」」


心情と発した言葉が異なるという、L〇NEで間違えて、A〇のサイトをクラスラインに張り付けてしまうレベルの間違いを犯してしまう。


そんな時に限ってすぐにつく既読通知…。


またしても変なトラウマが蘇ろうとする瞬間、顔に鋭い上段の蹴りを喰らわされる。


「お゛み゛あ゛しっっっ!!!」


バゴーンと、どこぞの即席麺のような音が鳴り響く。

さっきまで思い浮かべていた情景エデンとは全く異なり、視界が一気に真っ白に染まりそのままホワイトアウトしていくのだった。



§



左頬に深く突き刺さるような痛みと、お腹が圧迫されているような感覚が生じ始める。そこから一気に意識が覚醒し、


「おや、やっと起きたのかい? こんな時間にお昼寝とは…幼稚園児にしては大分早すぎやしないかい?」


俺のお腹の上に足を組んで横向きに座りながら、組んだ足に右ひじを乗せ、頬付きながら上からニヨニヨとしている表情がしっかりと目に入った。


紺色の瞳は人を小ばかにしたように目が細められ、口はもにょもにょとさせていた。


それを見た亮は、自分が桜の戦略にまんまとやられたのだと理解した。


「俺は、悔しいっっ!!それ以上にお前が恐ろしい!!」

「あはっ♪、君には絶対に危険な真似をさせないと最初に言ったじゃないか」

「それだとしても!でも!」

「ボクを揶揄うから、やり返したくなってしまってね…すまないね」


自分の両目を腕でお覆い涙を流す。


必ず個人用モードで見ていたし、予測変換機能は止めていたはずなのに…どうして!!


性癖直球のストライクが出され、好みを完璧に把握されていたことに震えが止まらなかった。


なによりも、ニヤニヤとしてる桜の顔がトラウマを呼び起こす。


小学生のころ秘密でラブレターの下書きを、ガラケーのメモ機能に書き込んでいたのを、母親にバレて、「これは、なんですかああ?」と告白文キモイ文字列を目の前に突き付けられたときに浮かべていた顔に似ていた。


それ以来、亮のプライバシーリテラシーはテスト満点レベルである。


思春期に最初に満点になったのが、保健体育ではなく情報であることからも俺の闇が見受けられであろう。


加えて、座っているお腹辺りに少し柔らかい感触と優しい香りが、桜に「早くどいてくれ」という言葉を投げかけるストッパーになっていることも悔しく、そして何より恐ろしかった。


どこまで知ってるのかと…


そんな当人は、桜のように薄いピンク色の髪を左手で耳にかけ、完全勝利したといわんばかりにくしゃりと笑った。

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