第7話 予測不能

長い棒を担いで道を歩いた経験はあるだろうか?


担いで歩いているとき、ほとんどの人は壁や人に棒を当てることなく進むことが可能であろう。


自動車に乗っている人は、感覚的に車が通れる道幅がわかるだろうし、またショベルカーに乗っている人がショベルをまるで自分の手足のように扱う場面はよく目にするかもしれない。


つまり何が言いたいかというと、世の中にあふれている「道具」というものは、手足の拡大と、捉えることができるのである。


もしこのような「感覚の拡大」が人間に備わっていなければ、上記に記したことが全くできなくなってしまう。「道具」とは自分の手足になってこそ本領を発揮するのである。


これを聞いて、だからどうした、それがどうしたと思う人が大多数であろう。しかしこれは魔力というものを扱う上で欠かせないことであるのだ。


小説をよく読んでいると目にする、魔力の存在を知覚し、体内で練り上げるという行為テンプレはまさに「感覚の拡大」の最もたる例だ。


一般人がショベルカーを操作するのは難しいことであるが、慣れた搭乗員が操作すれば、たちまち手足の一部となり土を掘り返すのに性能を発揮する事だろう。


この「花は咲かず砕け散る」の世界でも同じことが言えるのだ。


魔力を扱うということに慣れなければ魔法を施行するなんてできないのだ。アクセルとブレーキの位置すら知らない人に運転をさせられないのと同義である。


じゃあ、魔力の制御に慣れない「俺」が魔法を施行するとどうなるのか?


解答:魔法が暴走する。


「やっべえ~…どうするんだよこれ……」


着ていたパーカーとジーパンのほとんどはズタズタに引き裂かれ、ところどころ燃えて焦げ目がついている。ダメージジーンズなどというにはあまりにもかっこ悪すぎる。


あっれっれ~、おっかっしぞー?おらは、水魔法を生成したはずなんだけどなあ…水滴1つできてないじゃないか!?


あまりにもの悲惨さに目から涙が…


!?なるほど、これが水魔法か!?やった成功だ! ってやかましいわ!!


目の前の現実から目をそらして、程度の低いボケをかますくらい、心にきていた。

どのくらい心に来たかというと。小学生のころ、好きな女の子に、好きであることがバレていた時以来である。


誰にも公言してなかったのに、なんでバレたんだろう? 態度なのか!? 露骨に話掛けに行ったが悪かったのか?


バレてなお、その女の子は僕に対して態度を変えることはなかった。それがなんと残酷で悲惨な勘違いを生み出したことか。


中学校で他の人と付き合っている噂が流れ撃沈した記憶も同時に蘇り更に心に傷を負う亮。今、告白すれば行けるんじゃねと思った矢先のことである、まさに隙を生じぬ2段構え。


周りに被害が出ていないか、確認するために部屋の中を見渡して見るが、特に傷がついているところは見当たらない。服がこんなにずだボロになったのに、部屋に傷がついていないのは不幸中の幸いか。


しっかしまあ、魔素の制御ができないなら魔法が発動しないのは予想していたが、まさか暴発するとはな。今まで読んできた小説では不発に終ることが多かったから大丈夫だと思っていたのだが…



魔法を発動させた瞬間、魔素が活発に運動し始めたところまではよかった、しかし運動が激しくなるにつれて魔素をコントロールすることができなくなったのである。


紐の先端におもりを括り付けて、回していたところ。遠心力が強すぎて思わず放してしまった感じによく似ている。


ぼんやりとボロボロになった服をどう隠ぺいしようかと考えていたところ。


「なんともまあ、派手に失敗したようだね。」


「っぱ!!」


と後ろから耳の近くでささやく声が聞こえた。とともに特徴の掴みづらい声調で話すものだから、不気味さが倍増し、声にならない悲鳴を上げてしまった。


とっさに前に飛び出しながら後ろを振り向く。


「あははは、いや、すまないね。君の部屋から出てくる魔素の感覚に違和感があってね。気になってついつい覗いてしまったというわけさ。」


そこにいたのは、後ろに腕を組み少し前かがみになりながら、上目遣いでこちらを見上げる桜 さくら  さやであった。


少し桜色がかった髪が目にかかり、そこから覗く紺青色の目がいたずらを成功させた子供のようにきらきらと反射していた。


服装は、ベージュ色の肩だしトップスに白のロングスカートというラフな格好をしていたため、前かがみになると胸の谷間がチラチラとちらつく。

もう少し見たいという欲求と、見てしまうのは失礼だという理性がせめぎあう。


「お、おう。そうか。不安にさせてすまなかった。」

「ああ、それは大丈夫。こっちが勝手に心配しただけだからね。まあ、君にしてはよく出来ていると思うよ。だが、魔法を暴走させてしまうのでは周りに危害を与えてしまいかねない。地道に魔素の操作から始めるべきだとボクは思うけどね。」

「そうだよな~、でも俺、魔素の制御の仕方を忘れてしまったみたいでさ。なかなか上手く感覚をつかめないんだよ。」


亮は、記憶喪失を言い訳にして嘘をつく。一応練習がばれたときの言い訳は考えておいたのだ。失敗をしてバレるということは想定していなかったが……。


「そうかい? なら、ボクでよければ君に教えてあげようじゃないか。魔素の操作は感覚的なものだからね。一度感覚を掴めばたやすいが、それにたどり着くまでは苦労するだろう。」

「本当か!?頼むわ。これ以上服をボロボロにするのも怖いし、それに家に被害が出るのは嫌だしな。」


そう返答すると桜はぽかんと口を開けてビックリした表情でこちらを見ていた。まるで意図しない答えが返って来たように。紺青色の瞳が少しふらついたかと思うと、


「ああ、もちろん。ボクに任せたまえ。」


桜は会話をして初めて、戸惑いという感情が乗った言葉を吐いた。

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