第23話 温かな人
タカテラスは悲しいような、寂しいような表情を浮かべると、ゆっくりとヒナタとの距離を縮め、彼をそっと抱きしめた。
「俺は、本当に君に助けられた。村も救われた。だから、そんなに自分を責めないで……」
すると、タカテラスの肩はヒナタの涙で濡れていく。そしてヒナタは何かを堪えるように彼の服を掴みしがみついた。
「辛かっただろう……よく頑張ったね」
ヒナタの気持ちを想像し、タカテラスが彼の頭の後ろを優しく撫でる。すると彼は大声で泣きだした。まるで子供のような喚き方に、タカテラスは悲しげな顔をする。
(この人は、ずっと子どもなんだ……)
伝説の魔法使いにかけられたという、「成長が遅くなる魔法」。それにより、ヒナタは長く子どもの姿だったのだろうが、中身も子どもなのだ。
「本当は……」
暫くして涙が収まって来たヒナタが、タカテラスの胸の中でぽつりと呟いた。
「本当は違うんだ」
「違うって?」
タカテラスは優しく尋ねた。ヒナタは泣きじゃくりながら、ぽつりぽつりと本音を吐露した。
「ウーファイアとの契約を切るかどうかは、タカテラスに会ったあの頃は、すでにどうでも良くなっていたんだ」
「……それは、どういうこと?」
するとヒナタはタカテラスの体から離れ、俯いた。
「君に助けられるほんの少し前のことだ。僕は、魔法使い狩りに追われているときに、ふと自分は何故生きているんだろうって疑問に思った。魔法が使える素質が良いからと、ウーファイアは幼い僕を魔法具の管理者にしてくれた。それは魔法使いの末裔でいながらも、学校に通えない僕にとって特別なことだった。魔法使いとして、存在していいと言われたみたいだったから」
「……うん」
「でも、如雨露を預けられても、僕は誰かの助けになるような魔法使いにはなれなかった。人々と畑を雨に流し悲惨な状況ばかりもたらす僕は、ただこの世界にとってただの疫病神だ。愚かな行いをしてきた僕を、受け容れてくれる人々はもういない。そんな世界で、僕の人生を狂わせた元である、ウーファイアとの繋がりを断ち切って何になるんだろうって思った。それなら、ここで死んだって同じじゃないか――。そう思ったとき、君が助けてくれた」
ヒナタは顔を上げると、真っ直ぐにタカテラスを見た。空色の瞳には、寂しさや悲しさといった感情が渦巻いているように見える。
タカテラスは何も言わずに、ヒナタの手を取ると優しく握った。
「君の手は温かいね。まるでお日様のようだ」
ヒナタは、タカテラスに握られた自分の手を見て微笑んだ。
「それを言ったらヒナタのことだろう? ヒナタって、日の当たる場所のことを言うんじゃないのか?」
すると彼は肩を
「言ったでしょう? 僕はもう名前がないんだ。タカテラスの名を聞いたときに、思わず呼応した名前にしたくなってそう言っただけなんだよ」
「呼応?」
「昔の言葉だから君は知らないのかもしれないけど、『タカテラス』は『高く』『照らす』という意味があるんだ。呼応するのが『日』。でも『ヒ』って名前じゃ、さすがになんだから、『ヒナタ』って言ったんだ」
「そうだったんだ」
「嫌だった?」
「ううん。感心した。ヒナタって物知りなんだね」
「そんなことないよ……」
ヒナタは戸惑いつつも、手を伸ばしタカテラスのシャツをぎゅっと握った。タカテラスはそれに応えるように、彼を包み込むように再び抱きしめた。
「人に抱きしめてもらうのって、こんな風なんだね。とても落ち着く……」
「やってもらったことないの?」
「幼いころに母にしてもらったことはあったのかもしれないけど、記憶にないんだ。如雨露の管理者になってからは、僕にこんなことをしてくれる人はいなかったから……」
「そっか……」
ヒナタが如雨露の管理者になったのは、10歳にもならないころだったと彼は言った。それならば、もう30年近く、彼をこうやって抱きしめてくれる人はいなかったということだ。せめて、傍にいてくれる人がいたらよかったのかもしれない。だが、彼にはいなかった。天候を乱す如雨露と共にいたために――。
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