第4話 寝たフリとメスガキのフリ

 ベッドで横になって寝たフリをしていると、ドアの開く音が聞こえてきた。今日は玄関に靴があったから事前に準備できた。俺の部屋に堂々と入ってくるヤツなんて一人くらいだ。


「おにーさんっ♡」


 ドアの方からメスガキの声が聞こえてきた。今日の俺は完璧だ。スマホは机に入れてあるし、部屋も片付けて余計なものは何一つない。今日はイタズラされることがないはずだ。


「…また寝てる」


 つまらなそうなメスガキの声が漏れてくる。そろそろ飽きてきたようだ。メスガキとの長く苦しい戦いも、どうやらここまでのようだ。思い返せば数年前から続いていた関係。最初は普通に廊下で会ったら「おにーさんって、どーてーなの?」と聞かれた。


 あまりにも衝撃的だったから今でも覚えている。そんなことを聞かれる筋合いはない。それを答えたらセクハラになりかねないし、小学生相手に下ネタなんて言えばロリコン認定されかねない。


 今まで散々メスガキに苦しめられてきたが、終わるとなると最後はあっけないものだ。


 初めて家に遊びに来た時は、印象に残らないような普通の子だったのに。自己紹介をされたが、もう名前も覚えてないほど。たまにカナが名前を言うが、聞いても記憶に残らないんだよな。まあ、嫌いなものはつい聞き流してしまうものだ。


「本当に寝てるのかな? お兄さんがこんなに起きないなら…」


 そんなことを考えていると、何を思ったのかメスガキがベッドに腰かけた。ツンツンと頬をつついてくるが、そんなもので起きる俺じゃない。何度も寝たフリをしたお陰で、今では何をされても動じない自信がある。されるがままになっているとメスガキがモゾモゾと動き、すぐに体の横で温かい熱を感じた。


 まさか、添い寝してるのか?


 それを裏付けるかのように、耳元でメスガキの吐息が聞こえてくる。緊張しているようで、いつもより声が上擦っている。というかこんな所家族に見られたらロリコン認定どころの騒ぎじゃない。まだ下ネタを言う方がマシだろう。


「本音…言っちゃおうかな…」


 ん? 本音ってなんだ?


 すぐに起きようと思ったが、その言葉が気になり続きを待つ。メスガキは長い沈黙のあと、意を決したように口を開いた。


「…好きだよ、お兄さん。だいだい、だーい好き…きゃっ!」


 不意打ちでそんなことを耳元で囁かれて耳がムズムズしてくる。つい身悶えして驚かせてしまった。


「ね、寝てるよね? …ふう、よかった」


 残念ながら俺は起きている。どうせこれもメスガキのイタズラ…


「お兄さんに好きになってもらえるように、私、頑張ったんだよ? 漫画の女の子の真似をいっぱいいっぱいして…でも、お兄さんは私のこと嫌いなんでしょ?」


 …だと思ったが、その真っ直ぐな言葉を聞いてこれが本音なのだと気がついた。


 漫画の真似事って、もしかして掃除をした時に抜けていた漫画か。たしかにあの巻はメスガキが出てくる話だったが…って、そんなのを気にしている場合じゃない。このメスガキ…いいや、違うか。この子、メスガキのフリをして気を引こうとするくらい俺のことが好きだったのか。


 そんなの知らなかった…


「あの漫画みたいに全然仲良くなれないし、最近のお兄さんは私のことを避けてるみたいだったもん」


 うぐっ、バレていたのか。そりゃあそうだよな。子供は大人を見て育つ。妹のカナもたまに勘が鋭い時がある。冷蔵庫のおやつなんて、母さんが買ってきたらすぐ見つけてしまうし。


「起きている時にこんなこと言われても、からかってるって思われるよね。お兄さんが寝ててよかった。今までごめんね…うん、決めた。今日で最後にする。だから…」


 俺も男だ。聞いてしまったからには後に引けない。ここまで一途な想いをぶつけられたら返事はしたい。問題があるとすれば、俺は大学生、この子は小学生ということ。年の差がありすぎるし、告白を受けたら俺はロリコン扱いされる。


「い、いまならっ。キスしてもバレないかな。最後だもん、いいよね…」


 ここまで好かれて悪い気はしない。メスガキじゃなけばかわいいとは思う。それに年齢なんて時間が解決してくれる。五年後、十年後になって、この子がまだ俺を好きだったら受けても…ううむ…


「わたしのふぁーすときす、お兄さんにあげる…」


 …ん?


 いやいや、それは大事に取っておけ!


 将来、俺以外の男の子を好きになるかもしれない。十年後に俺は三十代。フツメンの俺のことじゃなくて、同世代の彼氏が出来る可能性のほうが高い。流石にこのまま受け入れるわけにはいかない。


 目を開けると、ちょうど見下ろす形で俺に顔を近づけていた。慌てて顔を動かすと、お互いのおでこがゴツンとぶつかった。


「痛っ…えっ? ええっ!?」


 目の前にはきょとんとしたメスガキ…ええっと、レインの名前はとーかだったか。そのとーかの顔が目と鼻の先にある。いつもの人をバカにしたような顔ではなく、恋する乙女の顔だ。とーかは顔を赤くしてベッドから飛び降りた。


「こここ、これはそのっ! そう冗談! 別にお兄さんのことなんて、好きじゃないんだからっ!」


 恥ずかしさのあまり、動揺して言い訳をしている。そんな姿がかわいく感じてしまう。でも残念なことに、それはもうメスガキじゃない。どちらかと言えばツンデレだ。


「もうっ。お兄さんったら信じちゃって、ばーか!」


 妹の友達、とーかはメスガキのフリをしていただけで、それを寝たフリで聞いてしまった。


 告白の返事、ちゃんとしないとだよな。


 逃げるように部屋から出ていくとーかの後ろ姿を見ながら、今後のことを真剣に考えることにした。


「ばーか、ばーかっ!」




 本編 おしまい

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