ゲームブック(三十七頁目)
無数の棘が嵐になって、ガリオスの進撃を受け止める。ネクロマンサーの二つの視線は完全にそちらに集中している。今ならば横合いから切り込めるかもしれない。
導きの剣を構え直して、接近を試みる。
地面に生えた棘の合間を縫って、駆け抜ける。姿勢を低く、こちらの動きを気取られぬように。
足場の悪い砂漠を、不恰好に靴の中に砂を入れながら走る。もう目前だ、ルルリリまでは十歩ほど。視界には入っているだろうが、この距離からなら、どうこう出来ないとタカをくくって居るのだろう。俺を警戒するそぶりは見せず、ガリオスの迎撃に注力している。
「フラム……ベルジュ!」
闇討ちの手段として選んだのは光の剣だ。
左手に発動させた魔法剣。それを右手の実体剣に重ね合わせる。
「右手に剣を、左手に剣を」
導きの剣が炎を纏う、物理と魔法の融合だ。
ありったけのMPを注ぎ込んで、一本の剣を編み上げた。それを構えて真っ直ぐに突喊する。
「っつああああああーーっ!!」
雄叫びをあげて、一気呵成に走り寄る!
がむしゃらな姿に、ルルはこちらをちらりと確認して、腕を払うような動作をした。
「目ざわりな、羽虫が!」
ガリオスの猛攻を押さえつけながらも、こちらに視線を向けた。その刹那、血塗られた無数の骨棘が地面から俺の体目掛けて飛び出す。
目で追いかけて剣で打ち払うが、全てさばき切るのは難しい。一本二本と俺の腕や足に突き立っていく。ずぶりと肉に食い込む感触に耐えながら、速度を落とさずに真っ直ぐ接近を試みる。
この魔法のルールは把握した。
地面から生える棘の槍は、ルルを中心に密度が濃くなって行く。そして彼我の距離が近く程に精度が、頑強さが増していくのだ。
ズンっと背中に抜ける障壁。
「うご……ぷっ!」
気がつけば腹にも棘が突き立っていた。でも、歩みを止める訳にはいかない。
もう一歩、もう一歩だけ。あいつが安心しきっている時に、一度だけのチャンスを……。
しかし、その一歩が踏み出せない。
膝が崩れそうになった時、緑の光が体を包む。これは治癒魔法ヒルラの光。
痛みが和らいだ瞬間、右足を踏み出した!それと同時に両手で剣を袈裟斬りに振るう。
「フラムベルジュ……」
俺とルルの距離は遠い。まるで剣の距離ではない、五メートルか四メートルか。
しかしそれで良い。この距離が、安心を生むこの距離感が。
「ソード!!」
その言葉と共に、俺の手にあった光の剣が伸びた。閃光は一挙に距離を詰め、ルルとリリが繋いでいる腕を引き裂いた!
ズドンッ!
リリの右手首が切断されて宙を舞う。
一瞬の出来事に、言葉を失い動きが止まるネクロマンサー達。そりゃそうだ、剣が伸びて手を切断されるなんて考えまい!
渾身の一撃で全てのMPを使いきり、魔法剣が実体を失う。これで決まってくれ。
「ちぃぃっ……羽虫があっ!」
「ギィィィィ!!」
魔法が解除されたのか、一帯を取り囲む棘の槍がボロボロと崩れていく。次の手を繰り出すべく、彼女らが動きだそうとした時。
ゴォンッ!!
リリの小さな身体が、縦に回転して砂埃を巻き上げて吹き飛んだ。突き出された大きな盾が、ゆっくり引き戻される。
「すまんが、もう加減出来ない。お祈りは終わっていたか?」
「ガリオス!やってくれた!」
俺が決死の覚悟で生んだ隙を、きっちり拾ってくれた。全身に傷を負ったガリオスが、ゆらりと立ち上がる。あっちは派手に飛んだな、死んだかな?ゾンビだから大丈夫か。
「リリッ!?お前!お前ぇぇええ!!」
ズッ
恐ろしい形相で叫ぶルルの喉に、ガリオスの盾の先端部が差し込まれた。当たっただけに見えたが、ルルは膝をついて崩れ落ちる。
「かはっ……!」
「終わりだ、勝負はついた」
そう告げるガリオスの足に、ルルがしがみついた。
「〜〜〜〜!!」
声がでないようだ。声にならない音を出しながら、憎悪の表情でガリオスの鎧に爪を立てて抵抗する。
「もうやめろ。諦めろ」
「〜〜〜〜〜!!!」
爪から血が滲んでいる。何が彼女をここまで駆り立てるのか。一心不乱に鎧を掻き毟る。
「……もうやめて、もういい。姉さん」
いつのまにか立ち上がっていたリリが、姉に向かって言葉をかける。彼女のちぎれた右手の傷口からは、殆ど出血が見られない。やはり人間としての生き方は辞めているようだ。
「……」
不恰好に跪いているルルは、その姿を見て何を思ったのだろう。
「………………!!」
声にならない音で、笑ったかと思うと。突然黒い煙がルルの体から噴き出した!
ぼぉん!
いつか見たあの煙幕だ。
「しまっ!?」
黒煙に視界を完全に遮られ、それが晴れた時にはルルの姿は消えていた。残されたリリはゼンマイの切れた人形のように、動きを止めてその場に転がっている。どうしたというのか。
ミカさんと共に、ガリオスの近くまで歩み寄った。
「なんだろう?」
「……分からん。分からんが」
くいっとガリオスが視線を上げた先には、あのピラミッドのような建物。それの大きな扉が、少し開いていた。そう、人間一人が通れる程度の大きさだけ。
「この中に入ったんでしょうか」
「状況から見て、そう考えるのが妥当だよね」
「しかし、ここには」
そう、このピラミッドは俺たち攻略班の最終目的地。この中にはアリの女王みたいなボスがいるという話だった。
「……うん?」
ガリオスが一人で何か呟いたと思うと、一言二言虚空に話しかける。そして吉報が知らされた。
「博士からメッセージがあった。病に倒れた者は全員回復したらしい。こちらに向かうそうだ」
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