ゲームブック(三十一頁目)

朝。

四階のボス部屋攻略の作戦会議が始まった。俺を含む各班のリーダーらしき人間と、ガリオス、博士が車座になって座っている。

ちなみに、あの後すぐに治療を受けた俺は、毒などなかったかのように回復した。回復魔法様様だ、ずっと賢者に居て欲しい。


「おい。聞いているのか?」

「えっ!?いや勿論、聞いてます」


寝ぼけていると、博士に指摘された。

ちなみに四階には階段前を守るボスが居て、それはでかいカニらしい。巨大な爪と強固な装甲を持つ魔物だ。初めて攻略組が戦った時はレベル15くらいで30人がかりだったそうである。それでも辛勝だったとか。


「かなりの強敵ですよね」

「真っ向勝負ならな」


激戦を予想して、思わず口をついた言葉。

すると目を閉じたまま腕を組んでいるガリオスから、思わぬ返事が返ってきた。


「どういう事ですか?」

「こっちは人間だ。頭と道具を使わせて貰わないとな」


聞き返すと、今度は博士がそう言って、にやっと口角を上げた。彼の言葉はわかるような、わからないような、曖昧な感じだ。

でも一応わかった振りをしておこう。


「なるほど。そういう事ですか」


意味ありげに呟いて、首を縦に振った。


「うむ、仕込みは昨晩からしている。もう効いている頃だろうよ」

「ならば。準備が終わったら出立だな」


博士とガリオスの言葉に「また例のアレだな」「よっしゃ」などと方々から声が上がった。


彼らは幾たびか、ボスのカニと戦った事があるのだろう。スムーズな流れで話が進んでいる。さっぱり作戦が理解できないんだが。新入社員の俺にも分かるように説明すべきではないのか。

わからないことを訪ねる能力が試されているのか、それとも仕事は見て覚えろという事なのか。変に知ったかぶりをしたせいもあり段々と雲行きが怪しくなってきた。



ズズズズ……


アウェイの洗礼受けた若い勇者は、作戦を把握するのが難しい。

君は恥を忍んで概要を聞いても良いし、知ったかぶりを続けても良い。


ズズズズ……



「……」


おい、ゲームブックまで俺を追い詰めに来たのか。これが社会に出ていない人間に対する仕打ちか。

そのまま解散の流れになった。さすがに、何もわからないままボスの元に行くわけにもいかないので、ガリオスに作戦の概要を聞きに行く。


「ああ、十班は初めてだったな。すまん」


ガリオスは快く説明してくれた。彼は面倒見が良くて良い男だ。

話は作戦という程のものではなかった。ボスのいる部屋には池があり、そこに普段はカニが潜んでいるそうだ。それで昨晩、池に毒を入れたという事だった。


「なるほど。それで毒で苦しんでいるところを襲撃するんですね」

「そういう事だな」


俺たちが話をしているところに、博士がやってきて、口を挟んだ。


「いや、毒で苦しんでいるというのは正確でないな。呼吸困難だよ。湖面に特殊な油を張って、空気中と水面のガス交換を抑制しつつ酸素濃度を下げ、水中にはエラに吸着してその呼吸を阻害する物質を溶かした。ゆえに……」


ガリオスは完結でわかりやすい話をする。

博士にも見習って頂きたい。


「とにかく苦しみながら、陸に上がっているという事ですよね」

「そうだ。準備、遅れるなよ」

「わかりました」



……



紆余曲折あったが、四階ボス部屋に辿り着いた。

ずっとダンジョン内なので時間の感覚が失われて来たが、今は二日目の昼になる。朝も夜も風景が変わらないため、頼れるのは時計の針だけである。


ガリオスが大きな古い金属の扉に手を触れると、ひとりでに扉が開き始めた。


「もたもたすると扉が閉まるぞ!各班それぞれ突撃しろ!」


「「「うおおおお!!」」」

ガリオス、博士の一班が先陣を切る。そのあとに二班三班と続いていった。俺たち十班は最後尾だ。数分遅れて突入した。


そこで見た光景は、本体の厚みが恐竜程あろうかという巨大なカニ。みっしり身が詰まっていそうな肉厚なハサミや脚を持っている。もはや怪獣だ、怪獣ガニラ。

そして巨大なガニラを包囲する人間達の姿。戦闘というよりも、狩猟。いや漁獲?大漁旗が似合いそうな場面だ。


「撃つよ!」


ミカさんの声に呼応するように。銃を取りだした。俺達は、ボスの姿を真横から捉えて小銃を同時に構える。そして発砲。


ドォンドォン!


各所で魔法小銃による爆発が起こるが、表面を僅かに焦がしたにとどまる。堅牢な甲殻により阻まれ、内部までダメージを与えるのは難しいようだ。装甲に当たっても破壊できるという触れ込みだったのだが、いかんせん標的が大きすぎるのか。


反撃とばかりに二つの大きなハサミが振り下ろされる。同時に大小二人の騎士が盾を構え、それを受け止めた!金属が打ち合わされた音が響いた。ビリビリと腹の底に、その衝撃が伝わってくる。


あの質量の鈍器を防ぐとは。さすがに上級職の前衛だ、ガリオスと小さな少女のガーディアン。ヒナタって言ったかな。


ォォン!


盾をずらして、ハサミを地面に落とす。砂煙が舞い上がった。それと同時に二人がガニラから飛び退く。それを確認しながら次弾を装填した。


パパッ!ドォン!!


再び一斉射撃。一瞬、炎と閃光で薄暗いダンジョンが昼間のように明るく照らしだされた。

しかし黒い煙を上げながらも、悠然と歩くガニラ。ハサミが今度は横薙ぎに払われる。ヒナタが黄色く輝く盾でそれを受け止めるが、受け止めきれずに二、三歩下がった。


「前に出る!」

「お願いします!」


交代でガリオスが前に出て、追撃を受け止めた。どうやらうまく交互にフォローしているようだ。そして後ろからは、二人に回復の魔法がかけられている。鉄壁の布陣だな。


二度三度打ち込みを捌きつつ、魔法や小銃による射撃を加える。

攻撃は殆ど通って居ないようだが、口から紫の泡を吹いている。毒は効いているみただ。近くの池は虹色にぬらりと光り、魚が浮いている


その時、ガニラがハサミを顔の前に持っていったかと思うと、山のような甲羅が少し上下に震えた。新しい行動パターンだな、一体何が来る?


「子ガニが来るぞ、最前二人はそのまま!前衛は後衛を守れ!」


俺の心の中の疑問に答えるように、博士の声が戦場に響いた。拡声器でも使っているのか、轟音と煙の中でも良く聞こえる。


「さやとミカは後ろに下がれ。俺たちで止めるぞ」


それを受けてノブが言った、次の瞬間。


ガニラの腹部が少し開いて、そこから無数の黒い子ガニが溢れ出た!

蜘蛛の子を散らすように、高速で這い回って近づいてくる子ガニたち。子供と言ったって、体高一メートルはある。


剣を抜き、さやとミカさんを守るように構えた。ここで止めるぞ。

黒い影があっという間に距離を詰めて走り寄ってくる。


「ふっ!」


導きの剣を唐竹割りに振り下ろす。子ガニの目と目の間の甲羅に直撃するが、ガァンと硬いものに弾かれたような手応え。一瞬怯んだかと思うと、そのまま突っ込んで来た!


「うおお!」


ギリギリで身を躱す。なんだこいつ?小さいながらも異様に硬い。剣で甲羅を割る事も出来ないのか。

ゆっくり方向転換したかと思うと、再びこちらに向かってくる。


「腹を狙え!」


ノブの声、同時に子ガニがハサミを左右に大きく開いて体当たりの体勢。そう来るならば。


「真っ向勝負!」


それの腹に向かって、剣を突き出した!

ドスン!と今度は違う手応えがあった、剣が柔らかな腹部を貫いた感触。

素早く引き抜き、もう一度剣を逆手に持って突き刺す。そのまま缶切りのようにぐぃっと抉ると子ガニがぼろぼろと黒い灰になって消えた。


やっと一匹。すると、すぐにおかわりが来た。今度は左手から飛びかかってくる。

腹が丸見えだ。真っ直ぐに剣を突き立てる。同じように灰になって消える子ガニ。


体勢を立て直し視線を送ると、山本さんとノブが背中あわせで戦っている。仲が良さそうで何よりだな。

こっちは一人だから、二人分頑張らないとな。剣を左手に持ち替えて、右手に意識を集中させる。


「フラム……ベルジュッ!」


右手に剣を、左手に剣をだ。

群がって来る子ガニを左手の剣で受け、返す刀で光剣を突き立てた!瞬間、関節の節々から、炎を上げて灰になった。

甲羅がいくら硬かろうと、内部を焼かれたら焼きガニになる他ないだろうな。


腹に剣を突き立て、炎で焼き払う。踊りを踊るようにリズム良く次々と滅ぼしていく。二刀流の前には子ガニなど物の数ではない……が。


「ああー!キリがないぞ!」


本体はどうなっているのか、そちらを伺う。

しかしそこでもガニラに上手く有効打を与えられていないようだ。敵は次々と子ガニを生み出しながら、大きなハサミで上手く身を守っている。

思った以上に、毒による衰弱が遅い。持久戦になれば、こっちのMPと体力が先に持たなくなる可能性もある。


「第三魔法いくから!もうちょい待って!」


さやの声が響いた、いつもの魔法をここで出す。俺たちのパーティの切り札、これがボス級のモンスターにどれほどの威力が発揮できるのか。

あの装甲を破れるなら、どんな敵にでも通用するはずだ。

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