第6話 リビング・ドール

 テスタの自室。

 その片隅にある安物のベッドの横には。

 丸っこいサイドテーブルが置かれていて。

 その上には、いつも豪華な装飾の施された木箱が置かれている。


 いつも大事に錠前をかけていたのだけど。


 もう錠をかけることはできない。

 カギが失われているからだ。 

 テスタはカギをいつもネックレスのように首からかけていたが。

 カギはいつの間にか失くしてしまっていた。


 でも。

 もう必要ない。


 いや。


 むしろその木箱に、カギをかけてはいけないのだ。


 なぜなら――。



 

 カタカタと木箱が音をたて。

 そして。



 「ううん……!」


 小さく可愛らしい踏ん張るような声。


 その声の主が蓋を持ち上げ。

 隙間が開くと。


 箱の淵から小さく真っ白な指が木の根のように伸びて。


 そうして、手でガッチリ端をつかむと。


「……っしょ!」


 ぶん投げるようにして、木箱の蓋が開かれた。 

 

 箱から現れたのは、人形だった。


 球体関節の人形で。

 ワインの瓶くらいの大きさで。

 金髪のクセっ毛と。

 今は、富豪の町娘のような衣装を着ている。

 

 それが今は、声を発し。

 自分の意志で動いていた。


 その人形の名は、セニアという。


 セニアがベッドに目を向けると。

 テスタはまだ寝ていた。


 

「まだ寝てる……」


 セニアは、スカートを抓んで助走をつけると。

 サイドテーブルからベッドの上に飛び移った。


 しかし、目測を誤った結果。

 テスタのかぶっている毛布の上に、どすり、と落ちた。


 硬い材質のボディが、硬い靴から先に、毛布越しにテスタにめり込む。

 もはや、ドロップキックだった。


「う……ッ」


 寝ているテスタが声を漏らす。


 元々眠りの浅いテスタは、それで簡単に目を覚ました。



「・・・・・・セニア?」


「おはよう、テスタ。多分もうそろそろ朝食が届く時間よ?」


「そっか、おはよ」


 これはテスタの妄想じゃない。

 現実の空気を震わせる声で、確かな挨拶が交わされる。

 

 どういうカラクリで。

 どういう不思議か。

 テスタには解らないが。


 一度家出したソニアは、戻ってきた時から言葉を話し、自分で動くようになった。


 テスタは、ソニアの頭に手を伸ばす。

 髪を撫でると、表情こそ変わらないけれど。

 可動式のまぶたが閉じられ、心地良さそうにしているように見える。


 そして、ソニアの髪は寝ぐせと、ジャンプしたせいで酷い有様だった。


「髪ボサボサだわ。でも・・・・・・髪のお手入れは朝食の後かな」


 


 すると丁度、メイドが朝食を届けに来た。


 いつも通りの不躾なノック。


「お、お、お嬢様・・・・・・! 朝食はここに置いておきますので!」


 声は震えていて。

 いつもより、慌てた様子で。

 ガチャリとさえ音を立てて。

 朝食の乗ったトレイを乱暴に置き去りにして。 

 メイドは一目散に立ち去って行った。




 なにせ今は、テスタの妄想じゃない。



 現実に。


 人形が、動いて、話をしているのだから。


 

 これはもう、少女の奇行というだけでは収まらない。



 ――これはもう、屋敷全体の、大きな悩みだった。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る