第12話「ヘイト」

”いやあ、口は悪い奴だとは思ってたけど、まさかあそこまで容赦のない事をするとは思わなかったわ。


 あの時は思ったね。「こいつだけは敵に回しちゃいかんって」。多分あの場にいた全員がそう思ったんじゃないかな。

 ……おい待ってくれ。今のは本人には聞かせたりしないよな? 頼むぜマジで。


 ヘイトの話かぁ。国や宗教で確かに憎しみを受けるのは初めての経験だったな。当時はピンと来なかったけど、その後に本物の憎しみに直面した時、ちゃんと動くことが出来たから、有意義な経験ではあったんだと思う”


南部隼人のインタビューより




 目の前にはぐるぐるに縛られた2人組。ご丁寧に拘束用のロープを持ってきてくれたので、ありがたく使わせて貰う事にする。

 パフは捕虜の頭に乗っかって勝ち誇った顔をしていた。


「よくも!」


 リッキーが動けない2人を見下ろして足を振り上げた。

 完全に頭に血が上ったリッキーを慌てて止める。


「だって、さっきマリアを!」

「労力の無駄です。それより情報を聞き出しましょう」


 隼人の方は引っぺがした装備品に懐中電灯を当てて物色していた。


「食い物は無いなぁ。まあ、カンテラだけでも……」


 これいらない、これはいるとぶつぶつ言いながら、持っていかない物を放り出している。

 その中に財布が入っていたものだから、粗暴な方が怒鳴りつける。猿轡に阻まれて言葉にならなかったが。


「ライフルはどうする?」


 答えを得る前に、部品をガチャガチャやりながら使い方を確認しているのはリッキーだ。

 本人は持っていく気満々の様子。


「でもこれ重いし嵩張るだろ?」


 隼人の方は冷静だった。確かに重量は置くにしても、とにかく長いのが問題だ。背比べするとリッキーの顔に届きそうだ。こんな物を持って茂みの中を動いたらガサガサ五月蠅いだろう。


 普通男の子が銃を手にしたら興奮のひとつもするかと思ったが。彼はそう言ったものと無縁らしい。

 ……と思ったがこれがライフルではなく戦闘機の機関銃なら持って行くと騒ぐだろう。


「でももう武器が無いよ? 弾も魔法も打ち止めだ」

「それもそうなんだよなぁ」


 悩んだ結果、1挺だけ持っていくことにした。

 リッキーは嬉しそうに没収した弾丸を鞄に詰めてゆく。

 結局こいつら似た者同士だ。


 結局残る1挺は弾を抜き取って谷底に投げ落とした。

 また粗暴な方がうーうー唸っていた。


「さて、お前らの目的は何だ?」


 リッキーは猿轡をはずした2人に尋ねた。仁王立ちで。

 今彼の脳内では捕えた怪盗を追い詰める名探偵か何かなのだろう。


 案の定2人はだんまりを決め込んだ。

 そこで自分達に交渉のカードが無い事に気付く。

 どうせ3人には自分達を殺せないと言う侮りがあるし、どのみちこのまま逮捕されたら重罰だ。仮にそうでなくとも、竜神教の禁忌まで犯している。もうこの国にはいられないだろう。


 隼人を見やると、やはり困ったねと頭を掻いている。

 となると、自分が何とかしなければならない。


 ひとつ、アイデアが浮かんだ。


「じゃあこうしましょう。私たちが逃げそこなって――”中尉”さんでしたっけ? 捕まった場合、貴方たちが私に買収されて見逃してくれたとあることない事吹き込みます」


 2人はきょとんとしたが、寡黙な方は鼻で笑い、粗暴な方は大笑いした。


「……俺たちは魔法使いを憎んでいるといったろう? 何故小金の為に見逃すと思う?」


 辛辣であるが、予想通りの反応だ。


「ならこれではどうでしょう?」


 マリアは鞄から自分の財布を取り出す。白地に金の縁取りがされたそれなりに高価な品である。そして先ほど隼人が投げ捨てた粗暴な方の財布を取り上げ、中身を移し替えた。

 あとは、粗暴な方のポケットにねじ込むだけだ。


「私たちが死んでいたら『奪った』と言えば良いですが、生きて捕まった場合、あの猜疑心の強そうな頭目は何と言うと思います?」


 2人が揃って悪態をついたた時、マリアは勝利を確信した。

 どうですかねと振り返った時、同胞2人は引きつった笑顔で後ずさり、パフまでリッキーの背中に隠れた。


 まったく失礼極まりない。




異世界ライズ人どもが居なければ、俺たちは負けなかった」


 何の話だろう。

 疑問は「欧州大戦」の単語が出てきた時氷解した。


 地球で初めて行われた世界大戦。

 マリアの祖国ダバート王国も、同盟国日本を支援する為多数の義勇兵を送り込んだ。

 機械化の進んでいないダバート人部隊は、魔導兵を主力に押し出した。その威力は絶大で、地球列強が魔法の力を重要視するきっかけとなった。


「それが何の関係があるんですか? 国同士の約束を果たしただけです。外国人にとやかく言われる筋合いはありません」


 粗暴な方はマリアの正論 ・・に唾を吐きかけた。距離を取っていたので届かなかったが。


「お高く留まりやがって! 手前らはいつもそうだ! 持って生まれた力を振り回してるだけくせに、金も幸せも皆持っていきやがる! 手前ぇで努力したわけでも無い癖に!」


 一瞬だけ返答に詰まった。

 魔法を使える者とそうでない者。その差は所詮”生まれ”でしかない。

 竜神の祝福を得られる条件に、努力の要素は何もないのだ。


 謗りを受けるのは魔法を授かった者の宿命と言える。

 正統な努力をしている者からであろうと、彼のような妬みを拗らせた者だろうと。


「無法者の戯言だね。ぼくたちは力の分だけ義務を……」


 リッキーが正論――信念を語るが、再び唾を避けたことで中断された。


「じゃあ俺にもその義務とやらを寄こせよ! そしたら俺にも魔法をくれんのか!?」

「こ、このっ……!」


 振り上げた拳は、辛うじて隼人が掴んだ。

 リッキーは不満そうに拳を降ろし、ふんと鼻を鳴らした。


「まず聞きたいんだけどさ……」


 何を尋問するのかと興味深く見習う一同の前で、素っとぼけた質問が放たれた。


「あんたのやりたい事って、何の魔法があれば・・・・・・・・出来るようになるんだ?」


 粗暴な方の顔が真っ赤に染まる。反対にこちらは笑いを堪えるのに必死だった。


 それはそうだろう。まさかここまで言って「やりたいことなど無い」などとは言えまい。

 相手は「どうせ口だけなんだろう? 努力もしていない癖に」と皮肉られたと思っている。残念ながら飛行機馬鹿の質問は言葉通りに過ぎない。

 やりたい事がある・・・・・・・・のに魔法が無いせいで夢が断たれた。それを気の毒に思い、またそのような魔法が存在するのかと疑問を感じて、考え無しに口にした。それだけである。


 それが最高のカウンターパンチになったわけだが。


「で、君たちは魔法使いや竜神様への当てつけでこんな事をした、と」


 心底呆れた様子のリッキーが問うが、粗暴な方の密猟者はせせら笑った。


「そんなに暇じゃねえ。この国にも古代竜の剥製に大金をかけた好事家がいるのさ」

「何いってるんだ!? 竜神様の教えを破ればこの国では……」

「ハッ! 考えが狭いな。竜神教徒だってお前みたいないい子ちゃんばかりじゃないって事よ」


 多少溜飲が下がったのか、勝ち誇った笑みを漏らした。

 リッキーの手を引く。更に反論しようとしたからだ。


「時間がありません。それは官憲に任せましょう。それより仲間の人数と武器、どうやって白竜を倒すつもりか教えてください。あと白竜がどの辺りにいるか予想もしてますよね? そうですね、もうひとりの貴方」


 指された寡黙な方はどうも気味が悪い。


 尋ねられた情報にはゆっくりと答えるが、それには全く感情が籠っていない。

 答えを返して次の質問に入るまで、なにやらぶつぶつと小声で呟いている。


 粗暴な奴はあからさまにヘイトをぶつけてくるが、こちらは何か得体のしれない感じがする。

 何を言い出すか分からないし、何をするかも分からない。


「お前たちは、化物だ」


 全て話を聞き終わった時、彼はそうつぶやいた。


「……やっとまともに話してくれましたね」


 彼に皮肉は通じない。

 自分も嫌な虫を見る時、こんな表情をしているのか。そんな事を考える。


「中隊の半分を生き埋めにされ、中尉どのは顔を灼かれた。恋人に欠かさず手紙を送っていた奴は首を落とされ、親父の後を継いで職人になると言っていた奴は利き腕を切り飛ばされた」


 欧州大戦で獅子奮迅の戦いをしたライズ人魔導兵。

 彼らはそれに対峙し、敗れたらしい。


 そして、彼は自分達をこう思う事にしたのだ。


 「化物」と。


「……あの力は人間のものではない。人間がああも簡単に人間を超えるわけがない。出来るとしたら人間ではない化物だ」


 今までの寡黙さをかなぐり捨て、熱に浮かされたように彼は化物・・を面罵する。


「貴様らは無邪気に力を振るい、戦友たちを殺した。だから俺は白竜を殺し売り払ってやる。貴様らの誇りを奪ってやる」


 彼は、最後に決定的な一言を告げた。憎しみで血走った目で。


「貴様らを、根絶やしにしてやる」


 寡黙、いや寡黙だった密猟者は言うだけ言うとまた元のようにだんまりを決め込んだ。


 なんなんだ、これは。

 自分たちは何を言われている? 何をぶつけられている?


 自分たちが、何をした・・・・と言うのだ?


 それは、マリアが初めて直面する本物の憎悪であった。

 彼女は必至に反論の言葉を探した。リッキーも、隼人でさえも。


 自分たちは、化物なのか?

 魔法の力を振るって、地球人たちを踏みにじっているのか。


 心は、違うと告げている。

 力を使う意味を説いてくれたメローラや、領民の為に身を削っている父を見れば、それは分かる。


 だが、それをどうやって分かって貰える? そんな便利な言葉はあるのか?

 答えなど無い。初めから存在しないのだ。


 3人が今思いついた言葉をぶつけて消せるほど、心に巣くう闇は浅くない。

 それは魔導兵の戦いが正統なものだと。自分たちは化物ではないという事を証明できたとしても、きっと何も変わりはしない。


 勝ったのは自分達なのに、無性に悔しかった。


「行こう! 俺たちにはやることがあるんだ!」


 立ち上がった隼人が、リュックを拾って背負いなおした。

 思わず顔を見合わせたマリアとリッキーも、頷きあって彼に続く。


 分からないものは、分からない。

 出来ないことは、出来ない。


 自分達のやるべきことは、彼らを救う・・ことではなく、白竜の下へ急ぐことである。


「……だけど、大人になった時」


 隼人がつぶやいた。

 そうだ、今は知恵も知識も無いけど。

 きっとできる……。


 リッキーと2人、ほくそ笑むマリアは、タイミングを合わせて隼人の肩をパンと叩いた。

 彼も咎める事はしなかった。代わりに照れくさそうに笑う。


「じゃあ、作戦を考えよう」

「きゅーきゅー!」


 ぱたぱたと尻尾を振りながら、パフが顔面向けて、何度目かの突撃を敢行したのだった。

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