竜の卵と3人の小銃士《リトル・マスケティア》

萩原 優

第1話「陽炎の向こうに」

”お久しぶりです。相変わらず忙しく飛び回ってるみたいですね。


 次は今度はあの話を本にするんだとか。

 どうせ他の2人にも根掘り葉掘り聞いてきたんでしょう?


 まあ確かに、今考えても危ない橋を渡りましたね。なにしろ小学生が竜に会いに行って、その上であの大立ち回りですから。

 でも、あの大冒険があったから今の私たちがあるわけですね。


 しかし人知れず終わった事件が、今になってこんなに有名になるなんて、私たち”四銃士”の誰も想像できなかったでしょうね”


マリア・オールディントンのインタビューより


※インタビューの姓・肩書は当時のものを使用しています




 線路はまだまだ続いていた。あの先に竜の棲む嘯山うそぶきやまがある。

 夏の陽を浴びたレールはとても熱くなっていて、マリアは踏んでしまわないように注意深く枕木の上を歩く。仰いだ空には見事な入道雲。

 きっと今年の夏もうんざりするほど暑いだろう。


 家を飛び出す時、一応時刻表は調べてきた。次に列車が通り過ぎるのはもう少し後だ。


「ねえ、本当に行く気ですか?」


 この質問は何度目だろうか?

 ずんずんと先を進んでゆく少年は、振り返って笑いかけてきた。

 いつもの、人懐っこい笑い。


「大丈夫だって! 必ず白竜に会わせてやるから!」


 この返答も何回目だろう?


 何度も尋ねるのは、不安になっているからでは?

 そんな考えが浮かんで頭を振った。


 こんな奴が頼れないからと言って、不安になるなどありえない。


 南部隼人はそこそこ頭が良くて、運動が出来る。だがそれだけだ。

 マリアの方がずっと勉強が出来て、魔法・・だってすごいのが使えるのだ。

 家では家庭教師を家族として遇しているが、この馬鹿はたまたまその子供だっただけ。こいつはおみそ・・・だ。


「それは、確かに私はアメリアを助けたいって言いましたけど、なにもこんなやり方をしなくても……」


 隼人は背中を向けたまま、からからと笑った。


「良いんだよ。俺は元々ここに来るつもりで準備してたんだから」

「はあっ!?」


 良家のご令嬢にあるまじき声を上げてしまった。

 すると、自分は体よく彼の家出ごっこに付き合わされたわけだ。


「虐めの件は気にするな。俺たちが竜に会えたならそれで良し、そうじゃなくても騒ぎにはなるからどうせ大人にバレるさ」

「そんな小狡こずるいことを考えてたんですか! そもそも事故とか遭難になったら!?」

「……なんとかなるんじゃない?」


 マリアは額に手を当て、竜神に祈った。こいつの知能と能天気さが人並みになりますように。


 2人がここにいる理由。それはマリアの友人が発端だった。

 アメリアは平民の娘で、小学校でほぼ唯一気が許せる相手だ。が、もう少し気を付けるべきだったのだろう。公爵令嬢に胡麻をする卑怯者と、自分の事を棚に上げた連中から虐めが始まったのだ。

 止めさせようとしたマリアは一瞬躊躇した。自分が肩書に任せて止めさせても、かえって虐めは悪化するのではないか。

 そう考えたのは令嬢育ちの人間不信だ。


 そんな中、ずかずかと間に入ってきたのが隼人である。


『勝負しようぜ。俺が嘯山で白竜の卵を貰ってきたら、アメリアから手を引く。どうだ?』


 隼人は帰宅するなり装備を整え、ちゃっかり弁当まで作ってもらって出かけてしまった。

 あの時すぐに大人に知らせるべきだったのだ。何で自分は思ってしまったのか。「これは自分の問題なのだから、放っておけない」などと……。


「じゃあ、ハヤトはただ家出したい為に、あんな啖呵を切ったんですか? 呆れました」


 これ見よがしに嘆息して見せるが、皮肉の類はこいつには通じない。


「別に家出がしたいわけじゃないぜ? 俺は本気で白竜に会いたいんだ。会って聞きたいことがあるんだ」


 どーだ、すごいだろ?


 背中がそう言っていた。

 こいつの言う事はいつも大げさで突拍子もない。


「いったい何を聞くんです?」


 隼人が振り返る。その表情を見て、聞くんじゃなかったと悔やんだ。

 勿体ぶって気持ち悪い笑みを浮かべると、やっぱり突拍子もない答えを返してきた。


「そりゃ決まってるだろ? 『空を飛ぶってどんな気持ちですか?』って。それだけ聞けたら満足かな」


 マリアはおでこに手を当て、こいつについて来てしまった自分の迂闊さを呪った。


 彼女はこの辺り一帯の領主、オールディントン公爵家の娘だ。

 家督は一応弟が継ぐらしいが、詳しい事は何も知らされていない。何しろ父は忙しい。

 今でも十分お金はあるのに、領地の開発を巡って議会の人といつもやり合っている。ほどほどにして、たまには家にいて欲しい。


 母は既に他界している。詳しい事は教えてくれないが、飛行機乗りだったらしい。父はその記録を全てどこかに仕舞いこみ、屋敷内に緘口令かんこうれいを敷いた。

 自分を扱いかねる使用人や友人たちもよそよそしく接してくる。自身の気難しさは何となく自覚している。だからと言って寂しさを感じないわけではないのだ。


 だが悪い事ばかりではない。父が家庭教師として呼んでくれたメローラはマリアのお気に入りだ。父と結婚でもしてくれれば本当の母親になってくれるのに。そう思う程度には。


「竜の翼ってどのくらいデカいのかな? 一応巻き尺を借りてきたんだけど、もしそれが明らかになれば王国の航空技術に革命が起こるかもしれない! でも流石に測らせてくれないよなぁ」


 唯一の障害がこの飛行機馬鹿だった。

 初対面でいきなり聞いてきたのは、「この家の図書室に飛行機の本はどれぐらいあるのか?」だ。この前は壊れた自転車を貰って来て、有り合わせの翼を取り付け、河原で走らせて本人共々水没させた。

 しかもこいつはどんなに叱られても懲りないのである。


 メローラには本当のおかーさんになって欲しいが、こいつを兄と呼ぶのは断固拒否なのだ。

 不満だった父の緘口令も、今回ばかりは感謝である。母の事を知られたらさぞ煩わしかったことだろうから。そもそも母がこいつと同じカテゴリーに属するは思われたくないから、その件には触れられたくない。


「行きたいなら勝手に行けば良かったじゃないですか。何で私まで巻き込むんです?」

「巻き込む? お前も白竜に会いたいからついてきたんじゃないのか?」


 開いた口がふさがらないとはこの事である。

 もう少しで地団駄を踏むところだった。いつものスカートではないのが恨めしい。


「責任を感じた私が馬鹿でした! 帰りますよ! 命令です!」


 隼人はぽりぽりと頭を掻いた後、しばらく考え込んでいたが、残念そうに頭をたれる。


「……分かったよ。確かにお前巻き込むのは違うわな。白竜と会うのはまたチャンスを待つ」

「何で待つんです? 明日また行けばいいでしょう?」


 妙に聞き分けの良い様子を怪しみつつ、マリアが尋ねる。


「明日王族が隣の領内を視察するって話があったろ? 大人はみんな浮わついてるから、何かやるには今が都合良いんだよ。そうじゃないと即連れ戻されるだろうしな」

「……本当に呆れました。そこまで計画を練ってたんですか。そもそも私の事情に首を突っ込まなければ、普通にひとりで嘯山に向かえたじゃないですか?」


 今度こそ隼人は痛いところを突かれたようだ。気まずそうに頭を下げる。


「ごめん。なんか見てらんなくてつい……」

「何でそこだけ考え無しなんですか!」


 こいつと居ると本当に調子が狂う。

 自分はこんなにも窮屈なのに、こいつときたら本当に自由で好き放題だ。

 何処にでも飛んで行ってしまえば良い。


 そこまで考えて、ふと我に帰る。

 隼人が何処かへ飛んで行ったとき、自分は相変わらず腫れ物に触るような扱いを受け続けるのだろうか。何がしたいわけでもなく、空を見上げて生きていくのだろうか。


 飛び去る彼の背中を、ただ見送る事になるのだろうか。

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