第15話 SAMURAI(2)
「インスタントでもいいから、コーヒーが飲みたいねえ」
そう呟いてから、自分が独り言を喋っているということに藤巻は気がついた。
苦笑いを浮かべ「まいったな」とさらに独り言をつぶやく。
あの日以来、まだ誰もこのショッピングモールへやってきた人間はいない。
やって来るのはデッドマンと呼ばれる感染者たちだけだった。
また日本刀もまだ取り戻してはいなかった。
日本刀を置いてきてしまったコーヒーショップYAMADAはデッドマンたちで溢れかえっている。あの場所に戻るというのは、非常に危険な行為であった。
この場に留まっていれば、あと数か月は食料に困ることはなかった。それにデッドマンたちは倉庫に入ってこれないので、安全である。
しかし、藤巻はどうしてもコーヒーが飲みたかった。コーヒーショップYAMADAまで行けば、豆が手に入るはずだ。そのついでに日本刀も取り戻せばいい。
思い立ったら即行動。それが藤巻の信条であった。
倉庫内に転がっていた鉄パイプを手に持つと、ボコボコに凹んでしまっている鉄の扉をゆっくりと開けた。
辺りは、しんと静まり返っていた。デッドマンたちの気配はどこにもない。
藤巻は自分の気配を殺しながら、足音を立てずに、誰もいないショッピングモールの通路を歩いた。
コーヒーショップYAMADAはショッピングモール西側地区の端に存在している。いま、藤巻がいるのは東側地区である。どのくらいの時間が掛かるかは未知数だ。途中でデッドマンに出くわす可能性もあった。
最初のデッドマンを見つけたのは、スポーツ用品店の中だった。デニム生地のエプロンをつけた女性のデッドマンは、感染前に担当であったであろうレジの前に立っていた。実害がないのであれば、近寄る必要はない。藤巻はそう判断して、足早にスポーツ用品店の前を通り過ぎた。
不思議なことにショッピングモール内にデッドマンたちの姿はほとんどなかった。皆、どこへ行ってしまったのだろうか。
疑問に思いながら、藤巻はショッピングモールの西側地区へと足を踏み入れた。
西側地区に入ると、館内放送が流れていた。聞き覚えのある曲だ。バーゲンセールを伝える女性の声。
それはまるで、まだこのショッピングモールが通常営業しているかのようだった。
さらに西側地区を進んでいくと、デッドマンたちの姿をちらほらと見かけるようになってきた。どうやら、デッドマンたちは西側地区に集まってきているようだ。
では、なぜ東側地区にはいなかったのだろうか。
その疑問は、すぐに解消された。
西側地区の中央部に藤巻がやってきた時、突然、爆音ともいえる大音量が鳴り響いた。藤巻は咄嗟に身を低くして、柱の陰に姿を隠した。
一体、なにが起きたというのだろうか。
柱の陰から顔だけを出して、辺りの様子をうかがう。
爆音を出しているのは、中央ステージと呼ばれる場所にある巨大なスピーカーだった。
「この音楽……聞き覚えがあるな」
目を閉じながら、じっと藤巻はその音楽に耳を傾けた。
それは30年ほど前に流行ったアクションヒーローもの『仮面ソルティ』の主題歌だった。
そう、仮面ソルティこそ藤巻が俳優として脚光を浴びるきっかけとなった作品だった。
藤巻は主人公の十文字武人役であり、変身後の仮面ソルティのスーツアクターも演じていた。
「懐かしいねえ」
しかし、感傷に浸っている場合ではなかった。
この爆音によってデッドマンたちが次々と中央ステージに集まってきているのだ。
誰かが音響装置を操作して鳴らしているのだろうか。
藤巻は音響機材の方へと目をやったが人の姿はどこにもなかった。
どうやら、時間になると自動で音が鳴るようにプログラムされているようだ。もしかしたら、この時間はヒーローショーの時間なのかもしれない。
定期的に流れるこの爆音によってデッドマンたちは西側地区の中央ステージに集まってきていたのだ。
これが、デッドマンたちが東側地区にほとんどいなかった理由だった。
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