第10話 Escape Plan(2)

 向かう先は決まっていた。ここから20分ほど東へ進んだところにあるショッピングモールだ。


 磯山が流星号を漕ぎはじめると、さっそく第一デッドマンを発見した。

 そのデッドマンは老人でえんじ色のジャージ上下を着ていた。

 磯山はそのデッドマンの脇をすり抜けるようにして自転車を全速力で漕ぐと、すれ違いざまに右腕を突き出した。

 プロレスのラリアットのような感じで、磯山の腕がデッドマンの首にぶつかる。


「ウィー!」

 磯山は外国人プロレスラーのように指でサインを作りながら、雄たけびをあげた。


 それが良くなかった。

 磯山の雄たけびに反応したデッドマンたちが近くからワラワラと集まってくる。


「やっべえ」

 磯山は自転車のギアを変えると、大慌てで漕ぎはじめた。

 デッドマンの足では磯山の自転車に追い付くのは不可能だった。


 幹線道路は乗り捨てられた車でいっぱいだった。

 感染して暴走したのか、前の車とぶつかって焼け焦げてしまった車もある。

 中には焼け焦げた死体があったが、磯山はなるべく見ないようにして先に進んだ。


 時おり、運転席に座っているデッドマンの姿も見えた。

 彼らはまっすぐ前を見据えて、動くことのない渋滞にはまっている。

 車を動かすにはアクセルペダルに足を乗せるといったことは、もう忘れてしまっているようだった。


 少し先に土手が見えてきた。

 その先にある川に掛かる橋を越えれば、目的地のショッピングモールに到着する。


 磯山は気合を入れて、一気にペダルを漕いだ。


 土手の坂を上りきったところで、磯山は絶望に襲われた。

 川を渡るための橋が崩落していたのだ。

 割れたコンクリートから鉄骨がむき出しとなっており、壊れた橋の先には黒こげのタンクローリーが絶妙なバランスを取りながらぶら下がっている。

 おそらく、橋が崩落した原因はこのタンクローリーなのだろう。

 何が入っていたかわからないが、タンクの部分は大破しており、危険物を積んでいることを示す『危』と書かれた看板だけが残されていた。


 ここはダメか。

 磯山がそう諦めかけた時、橋の向こう側に動く人影が見えた。


 デッドマンか?

 警戒をして、磯山は動くのをやめる。

 やつらは動く音に反応するのだ。


「お兄さん、ひとり?」

 声が聞こえた。どうやら、デッドマンではないようだ。


 よく見ると、そこには20代ぐらいの女性が立っていた。


「そうだけど」

 磯山は周りを警戒しながら言葉を返す。

 大声を出してデッドマンに気づかれたりしたら、たまったものではない。


「そっち側は安全?」

「いや、安全とは言えない。車の中に取り残されたデッドマンを何人かみたし」

「そっか。こっちは制圧されていて、安全だけれど、こっちに来る?」

「制圧?」

「そ。警察がデッドマンたちを一掃したのよ」

「マジで?」

「嘘じゃないわよ」

 女はそういうと、胸ポケットから何か黒いものを出して見せた。


 警視庁港湾署刑事課、海藤ミキ巡査長。


 女が掲げた警察手帳にはそう書かれており、女の顔写真が貼り付けられていた。


「え、お姉さん、刑事なの」

「そうよ。もし、安全地帯に来たいのであれば、通れるようにするけれど。あ、自転車は無理だから、そこは諦めてね」

 そう言われて、磯山は迷った。

 ここまで苦楽を共にしてきた流星号と別れなければならないのか。


 ああ、流星号、ありがとう。


 磯山は乗っていた自転車をなぎ倒すと、海藤の掛けてくれた梯子で作った簡易的な橋をゆっくり慎重に渡った。


「それで、あなたのお名前は?」

「え、職質ですか」

「まあ、そんなところかな。一応、あたし刑事なもんで」

 海藤は磯山に笑いながらいうと、刑事特有の鋭い目つきで磯山のことを見ていた。

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