第13話 Dead Man Walking(2)
『――――と、同じように埼玉、東京、千葉、神奈川の各県で類似した事件が発生しています。さいたま市では大型ショッピングモールで六十代の男性が襲われ死亡しました。また、東京ではコンビニエンスストアで、千葉では県立高校で、様々な場所で同じように襲われたというケースが出てきています。皆さん、注意してください。それでは、このニュースについて社会部の佐藤記者に詳しく解説してもらいたいと思います』
一体、なんのことだ。
矢作にはラジオ放送の意味が全然わからなかった。
ただ、ニュースを読み上げているアナウンサーの声から、なにかとんでもない事件が発生しているということだけは何となく理解できた。
「わかったか、矢作」
「いや、全然わかんないですよ。どういうことなんですか。何なんですか、何がいま起きているんですか」
「詳しいことは俺にもわからん。ただ、わかっていることはヤバイってことだけだ。テレビをつけると、どこの局もニュースで報道しているんだが、肝心なことは隠しているって感じで伝わってこないんだよなあ。会社の近くでも事件があったみたいで朝から救急車とかパトカーが来て大騒ぎだったぞ。車の事故も多発しているみたいで、そこら中で渋滞が発生しているみたいだ。とりあえずは、建物の外には出るなってアナウンサーが繰り返している局もある」
「一体なんなんですか、それ。全然わからないですよ。第一、この……」
そこまで矢作がいった時、派手な衝撃音が耳に飛び込んできた。
その方向へ目を向けると、中央分離帯を挟んで反対車線で大型のトラックが前を走っていた軽乗用車の尻に突っ込んでいた。
軽乗用車は後ろから突っ込んできたトラックと前を走っていたワンボックスカーに挟まれるような形となり、ぺちゃんこに潰されていた。
「どうした、矢作」
「い、いや、すぐそばで事故が……トラックが前の軽に突っ込みました。これはやばいですよ、助けに行かなきゃ」
「待て、行くなっ!」
課長が怒鳴るような声を出す。
「なにを言ってんですか、中に人が乗っているんですよ」
「駄目だ、すぐにその場から離れろ。絶対に近づくな」
「あんた、なに言ってんだよ」
苛立ちのあまり、矢作は課長に対して敬語を使うのを忘れていた。
「絶対に駄目だ。もう手遅れなんだよ。とりあえず、車は捨てろ。歩いてどこか近くの建物の中に入れ。自分の安全を確保するんだ」
「何も見ていないのに、なにがわかるんだよ」
「わかるんだよ。いまは、人の事よりも自分の事を優先するんだ」
「全然、意味がわかんねえよ。もっとわかりやすく説明してくださいよ、課長」
「いいか、よく聞けよ、矢作。外は危険だ。他人には関わるな」
「なんで危険なんですか。わかんないですよ。なんなんですか、一体」
「落ち着け、矢作。いま俺も情報を集めているところだ。まずお前がすることは車を離れて、身の安全を確保することだ。とりあえず、どこかの建物に入れ。外は危険すぎる。建物の中に入ったら、その場所が安全かどうかを確認しろ。安全が確保できたら、電話してくれ。わかったな、まずは安全の確保だ」
矢作はわけがわからなかった。
自分はどうすればいいのか。
課長の言葉に従うべきなのか。
それとも課長の言葉を無視して、このまま車の中で渋滞が解消するのを待つべきなのか。
先ほどからカーラジオでは、危険が迫っていても落ち着いて行動するようにといったような言葉ばかりが流れている。
一体、なにが起きているというのだろうか。
悩んだ挙句、矢作は課長の言葉を信じることにした。
課長のいう通り、車から出てどこかの建物に避難しようと。
車を出ると反対車線の事故車が炎を上げて燃えはじめていた。
おそらく、中に乗っていた人間は助からないだろう。
その光景に背を向けると、矢作は渋滞で停まっている車の間を縫うようにして歩き、歩道へと向かった。この近くに大型のショッピングモールがあるはずだった。
とりあえず、そこへ行ってみることにした。
周囲の様子を見逃さないようにしながら、歩道を歩いた。
道路は渋滞している。
よく見てみると、ドライバーの乗っていない車がところどころに放置されている。
ドライバーは矢作と同じように車を捨てて、何処かへと向かったのだろうか。
もちろん、人の乗っている車もあった。
ドライバーは渋滞の中で苛立った表情も浮かべずにハンドルを握っている。
そんなドライバーの様子に矢作は違和感を覚えていた。
なにかが違う。すぐにその違和感に矢作は気がついた。
どのドライバーも無表情なのだ。精気がないとでもいうべきだろうか。
そんなドライバーたちの事を見ていると、なぜか背筋に寒気を覚えた。
違和感といえば、もう一つあった。
それは、外に出ている人が誰もいないということである。
歩道にいるのは矢作一人だけだった。
遠くを歩いていたりする人間の姿もどこにも見当たらない。
課長のいっていた外は危険だという言葉が脳裏に甦る。
一体、なにが起きているというのだ。
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