「お初にお目にかかりますわね」


 そのお嬢様は、しなりとした歩き方で近づいてくる。


「……ヤマト、知り合い?」


「いや、全然知らない」


 ヤマトは身構えながらも、私の前に出てくれる。


「すいません、どなたですか? 申し訳ないですけどハルはこれから大事な試合なので、できたらそっとしておいてほしいんですが」


「まぁ! わたくし、いつもヤマトさんの配信を見ていますの。ツバキ、と言えば思い出していただけるかしら?」


 ――ツバキ。あっ! ヤマトの配信でよく高額投げ銭している人じゃないの⁉

 ヤマトも私と同じように思い出したらしく、気まずそうな顔をした。


「え、ああ! ツバキさん。もちろんわかります。いつも応援ありがとうございます」


「ふふ、覚えていただいているなんて光栄ですわ!」


 いや、そりゃ覚えてるでしょうよ……ヤマトというか、ヤマトの事務所からしたらお得意様みたいなものだ。


 投げ銭の金額、風貌、喋り方……どうやら本当にお嬢様らしい。


「――ヤマトさん、ハルさんとはどういう関係ですの?」


「……申し訳ないですが、以前配信でお話した通りなんで」


「そうですか。たしかに、ハルさんはそこそこの腕前でいらっしゃいますわね」


 ツバキさんは、私のことを鋭い目つきで睨む。


「でしたら、もし私がこの大会……優勝をしたら、ヤマトさんは私とも宅オフとやらをしてくださるのかしら?」


 名前を聞いたときにもしかして、とは思っていた。Bブロックで勝ち進んでいる唯一の女性プレイヤーの名前は、ツバキ。それが今、目の前にいるお嬢様なのだ。


 ヤマトは視線を落とす。


「いや、それは――」


「できますわよね? 事務所がNGでないなら、大会優勝者と試合をするなんてありがたいことではなくって? しかも、それが日本を代表する財閥・西園寺の嫡女であるこのわたくしなんですから! オーホッホッホッ‼」


 高笑いをするツバキさんに、ヤマトの顔は青ざめている。ヤマトは女性が苦手だ。

 それに、ヤマトとツバキさんがふたりで宅オフなんて。ざわりとした感触を胸に感じる。


「優勝はさせません!」


 思わず出た私の言葉が、会場の廊下に響いた。


「……私が、勝ちますから」


 ツバキさんは私を一瞥すると、にやりとした笑みを浮かべた。


「はぁ? 庶民のハルさんがわたくしに勝てるとでも? わたくしの推しのヤマトさんに手を出すばかりか、あなたやマンダムさんのおかげで、わたくしが大会に出ているのに話題にもならない」


 ツバキさんは大きな音を立てて廊下を踏む。


「――イラつくんでございますの! ゲームをしてヤマトさんに近づくなんて……庶民は浅知恵が回りますのね」


「浅知恵だなんてっ!」


 私が言い返そうとしたときに、ツバキさんからすさまじい闘気を感じた。思わず、身がすくんでしまう。


「庶民に出来て私にできないはずはありません。不可能なことなんてないのですから。プロゲーマーの方々に指導をいただきまして、だいぶ仕上がっていますわ」


 この人、ヤマトのことが好きなんだ。それで、きっと私と同じように……。


「応援してくれるリスナーでも、ハルへの暴言は許しませんよ」


 ヤマトは私の前に立つ。


「……いいですわ。わたくしが正してさしあげます。ヤマトさんの隣に立つのは、誰がふさわしいのか、試合で決めましょう。決勝で待っていますわ」


 そう言い放つと、ツバキさんは優雅に会場に戻っていった。



「……西園寺ってあの大手銀行の一族だよな。最近eスポーツ企業のスポンサーになったって話題になっていたけど、まさかツバキさんがそこのお嬢様だったなんて」


 ツバキさんが優勝してその実力を世間に示した場合、ヤマトの事務所にオファーが来たらさすがに断れないかもしれない。


 理由はわからない。けれど、ヤマトは女性が苦手なんだ。無理はさせたくない。それに、私も……あんなキレイな人がヤマトとふたりきりになるのは、嫌だ。なぜか、そう思ってしまう。


「安心して。私、負けないから」


 ヤマトからもらったいちごジュースを飲み干して、気合いを入れる。ヤマトは私を見て、微笑んだ。


「ほんっと、ハルのそういう真っすぐなところ……すげぇ好き」


「え?」


 今、好きって言った?


「なんでもない! ツバキさんの試合見に行こう」


 ヤマトは早足で会場に戻る。今、私の頬はイチゴみたいに赤くなっているかもしれない。



 会場に入ると、すでにツバキさんの戦いは始まっていた。

 ちょうどメイン配信で戦っているらしく、コメント欄も少々ざわついた雰囲気があった。


『ハルさんのほかにも女子選手いたんだ』

『もう決勝寸前だろ? 初めて見る名前だけど』

『今回の青龍杯は新参が多い』


 色々なコメントが流れてくるが、ツバキさんは気にもしていないようだ。


「それでは、試合開始!」


 実況の掛け声とともにゲームがスタートする。


 ツバキさんの使用キャラクターは……ルナ、か。


 ルナは攻撃のリーチがとにかく長い。全キャラクターのなかで一番だ。金髪の女性キャラクターで、武器はムチ。なんとなく、ツバキさんのイメージにはぴったりだと思った。


 魔法などの飛び道具はほぼないけれど、ムチのリーチがそれをカバーしている。


 ツバキさんと戦う選手は……ロナウ選手。アマチュア大会で上位に入っているプレイヤーだし、これは簡単にいかない相手。


 そんな私の考えを見抜いたのか、ツバキさんは私の方を見てくすりと笑った。


「格の違いをお見せいたしますわっ!」


 ロナウ選手が攻撃をしようとしても、ツバキさんのルナは一切近づけさせない。攻撃の間合いに入ることすらできず、一方的にムチを浴びせられていく。


 横方向、斜め、下段、先端が鋭いムチは、長くても当たり判定はシビアだ。それなのに、素早く動く敵をいとも簡単に潰していく。


「スネークショットで仕上げですわっ!」


 ルナの地を這うような攻撃で、ロナウ選手のキャラクターは場外まで弾き出される。ツバキさんはひとつも攻撃を受けず、ノーダメージで勝利した。


「ツバキ選手! ロナウ選手を完封ー‼」


 会場が揺れるような歓声が巻き起こる。

 ――強い。

 間違いなく彼女は決勝に行くだろう。私は瞬きさえ忘れて、彼女の試合に見入っていた。




 のけぞるような姿勢で実況が声を張り上げる。


「――今年の青龍杯はいったいどうなっているんだー⁉ アマチュア大会で活躍する選手達は全て敗退! 残っているのは、どちらも初出場かつ、女性選手です‼ 大番狂わせとも言える今大会、会場も配信も大変盛り上がっています‼」


 ライブ配信の同時接続数も過去最高らしい。

 どうにかAブロックの頂点まで昇りつめた。

 戦う相手はもちろん……ツバキさん。

 緊張で指先が冷たくなる。。


「それでは、ステージに上がっていただきましょう! Aブロック勝者、ハル選手です!」


 決勝の前にはステージ上で簡単な選手紹介があり、コメントを求められる。


 空気を揺らすようなゲーム・ミュージックが流れる。

 私はそのリズムに合わせるように、ステージに上がった。


「ハル選手はヤマト選手の配信でおおいに世間を騒がせました。ストロベリーの扱い方に関して、右に出るものはいないでしょう! この大会で、その強さはすでに証明されています! そればかりか、青龍杯では新たにマカロンも持ちキャラに加えて参戦! 圧倒的なテクニックでAブロックを勝ち上がってきました!」


 メイン画面のモニタにはコメントが暴風のように流れて、もはや何も見えない。会場ではたくさんの人が私を見て、歓声を上げている。


 台風のなかにいるみたいだ。

 さまざまな力が私に向かって吹きつけてくるような感覚。少し前までは、なんでもない女子高生だったのに。今、この場に立っているのは夢じゃないのかと疑ってしまう。


「そのハル選手と戦うのは……Bブロック勝者、ツバキ選手‼」


 壮大で、テンポの速いクラシック音楽が流れる。

 その音楽に引けをとらず、美しいお嬢様が登壇する。

 自信に溢れたその表情は、彼女のメンタルの強さをそのまま表していた。


「予知能力とも言える読みで相手を近づけさせない! 超リーチのルナだけでここまで勝ち上がってきた、ツバキ選手です! 先ほどいただいた情報によると、かの西園寺一族のご息女ということ! その美しきムチは、Bブロックの選手すべて叩き落としてきました!」


 巻いた髪を優雅に揺らし、ツバキさんが微笑む。


「リアルお嬢様キタコレーーー‼」


 マンダムさんの声が聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。


 実況の鈴木さんも声に熱が入っている。マイクを力強く握りなおすと、私に向かって差し出した。


「それでは、ハル選手‼ この決勝における意気込みをお願いします!」


 ごくりと喉を鳴らす。

 ゆっくり息を吸って、メインモニタを映すカメラを見た。


「ここまでくるのに色々なことがありました。優勝するために、頑張るだけです」


「ありがとうございます! ツバキ選手も意気込みをお願いします‼」


「意気込みもなにも、すでに結果は決まっていますもの。記事やニュースを書くライターの皆様は、ツバキの勝利で書き始めたほうがよろしくてよ。オーッホッホッホッホ‼」


 ツバキさんの高笑いに、若干鈴木さんが引いているような気がした……。


「それでは、両者準備してください!」



 私たちが画面の前に座ると、あれほど騒がしかった会場がぴたりと静かになった。

 それは私が集中しているからではなく、会場全体が緊張した空気で張り詰めているからだ。みんなが、息を呑み勝負がどうなるか見守っている。


「泣いても笑ってもこれが青龍杯の最後の勝負です! それでは、決勝はじめえええ‼」




 試合開始とともに、私は画面に集中する。


 一戦目はマカロンを選んだ。ルナの超リーチに潜りこむなら素早いマカロンの方がいい。


 姿勢の低いダッシュで近づく。ルナの攻撃の間合いに入る寸前にジャンプをした。発生が速いスネークショットを打つはず!


「お見通しですわよ」


「――うそっ⁉」


 空中から手裏剣を出そうとしたマカロンを、ルナのムチが襲う。

 そのまま宙に浮いたマカロンに、ルナは地上からコンボを食らわせる。


 やば、ダメージが高い!


「おいしいですわ! 上強、パイルショット、空中、このまま落として差し上げます」


 まるで音楽を奏でるように、正確なタイミングで攻撃をしてくる。苦しくなり、動けると判断した隙間で回避行動をする。


 ――ツバキさんはそれすら読んでいたのか、私の行動後、タイミングを合わせて必殺技を繰り出した。


「二十六夜の月‼」


 欠けていく無数の月がルナのムチから放たれ、私のマカロンはそのまま場外へ飛ばされてしまった。


「これはすごい! ハル選手のマカロンを素早く撃墜! 最強のお嬢様が今日爆誕してしまうのか! そして、ツバキさんは必殺技を出すときに一緒に技名を叫んでしまうタイプだったようだー‼」


「実況、一言多いですわよ!」


 ツバキさんは余裕の表情だ。


 0―1。


 最初に勝つことで気持ちに余裕をつけたかったが、仕方ない。戦って改めてわかったが、ツバキさんはとにかく読みがうまい。ストロベリーの魔法で、ルナのムチより遠くから攻撃を繰り出してみるか。


「ハル選手ここでキャラクターチェンジだ! 相棒とも言えるストロベリーを選択‼ こことが吉と出るか凶と出るかー⁉」



「第2試合開始っ‼」


 ツバキさんはキャラクター変更はない。ルナだけを使用する玄人タイプで間違いない。まずは距離を取って、プリズミックアローで……。


「ツバキ選手、先ほどと打って変わって距離を詰めてきたー!」


 弾幕を張るのは想定内ってことか! 魔法詠唱は攻撃の発動が遅い! やられる!


「プリズミックアローを潰し、中段のムチ3連撃がストロベリーを襲う!」


 受け身を取り、コンボ継続は防いだが、このままじゃまずい。距離を取るべきか……?


 ――いや、違う!

 春菜、もっとよく考えろ!


 ルナの攻撃範囲から逃げるのが最も効率のいい戦法だ。だけど、その最善手は読まれている。ツバキさんは話していた。


「プロゲーマーの方々に指導をいただきまして、だいぶ仕上がっていますわ」


 きっと何度も何度もプロと戦い、色々なキャラのプロの動き方を学んだのだろう。ということは、私がいくらいい攻撃を考えてもその手は読まれる。


 相手がうまいという信頼があるからこそ、ツバキさんはこの読みを通しているのかもしれない。


 それなら……!


「おおーっと⁉ ハル選手、自分から距離を詰めだした! 血迷ったのかぁあああ⁉」


 絶対にプロがしないような攻撃で攻めていく!


 ストロベリーは魔法を軸に展開を作っていくのが主流だが、あえて近づき攻撃の発生フレームが速い「杖」で直接ルナを攻撃する!


「――っな⁉」


 さすがにこの行動は読めていなかったらしい。ルナに攻撃がヒットする。それを確認して私はコンボを続ける。通常下段、上強攻撃、ダッシュ攻撃、空中上、空中上、ここまでハマったらもう逃げられない。フレアサークル、エクスプロージョン!


 息もつかせない攻撃でルナは弾き出される。ステージに復帰してこようとしたが、ルナの目の前にはすでにプリズミックアローが撃ち出されていた。


「よしっ‼」


 勝利の判定が出る前に、ヤマトの喜ぶ声が聞こえた。


「2試合目、ハル選手の勝利‼ まさかの魔法少女が杖で直接殴ってくる! こんな肉体系の魔法少女が存在するなんてー‼」


 ヤマトが使うラピスとの戦いにそなえて、近距離用のコンボを開発しといて良かった。本来、こんな使い方する人いないだろうけど……。あえてプロがしない行動をすることが、ツバキさんとの勝負でのキーになる。これで、読み合いは五分だ。


 観客席を見ると、ヤマトとソウマさんが手を取り合って喜んでいる。いける。この勝負まだまだ戦える!


「調子に乗ってるんじゃないですわよ……!」


 離れているのに、ツバキさんの歯ぎしりの音が聞こえてきそうだった。



 1-1。先に3回勝った方が……優勝。


「第3試合目開始!」


 フレアサークルを展開してから、再度ルナとの距離を詰める。空中から来ると予想するはずだから、ここではノーガードで突進!


 ルナの上段攻撃は当たらず、ストロベリーの攻撃が当たる。あくまでも大胆に攻める!


「ナメんなですわ!」


 ツバキさんが暴れるように攻撃を繰り出し、いくつか当たってしまう。

 が、致命的なダメージにはならない。その攻撃じゃコンボに繋げられない。


 間違いなく、ツバキさんは自分の読みに疑心暗鬼になってきている。

 攻め込むなら、今。


 アイシクルチェインを発動し、動きを止める。

 そのままコンボを発動し、場外へと落としきる。


「第3試合もハル選手がとったー! 次、ハル選手が勝てば優勝が決まります!」


「くそ、なんですのこいつ! 私が思ったとおりに動きなさいよ‼」


 深呼吸をしてもう一度冷静になる。ツバキさん、少しずつだけど私の動きに対応してきている。さすが……といったところだ。でも、大丈夫。


 2―1。


「第4試合、ハル選手はマカロンを選択!」


「チィ…!」


 第4試合が開始される。マカロンでは素早く距離を詰めるのが定石。

 そこからコンボを出していくのが普通だ。


 ルナはバックステップで回避行動をしながら、画面端へと逃げていく。

 近づいたらガードを張られ、攻撃の後隙を攻撃されるだろう。


 だから……


「ここでハル選手、ルナを投げるー!」


 投げから始動するコンボを選択する。これならガードは無意味。攻撃の選択肢を増やしておいて正解だった。


 だけど、これでは落としきれない。


 ダウンしたルナの起き上がり攻撃を食らい、距離が離れてしまう。


「くっ……やっぱり簡単にはいかないよね」


「ツバキ選手! 苦しい展開だが……⁉」


 ルナはマカロンと最大限に距離を取り、リーチが一番長い攻撃を連打した。


「ロングショット、ロングショット、ロングショット‼」


 本来、同じ攻撃をひたすら繰り出すのはダメージに補正がかかるので、プロはあまりしない行動だ。


「ツバキ選手、苦しさのあまりにロングショットを連発……!」


 実況が少し残念そうな声を出しているのがわかる。これは、正直に言うと近づきにくい。


「ほらほら、ハルさん近づいてごらんなさい! ロングショット! ロングショット! ロングショットー!」


 まぁ、オンラインの話でだけど。


 0.1秒……いや、それ以下の速さで戦うこのオフライン大会。


 私は攻撃の出だしが見えている。

 タイミングを合わせることができる。


 ムチの攻撃判定が消失するタイミングで私はダッシュし、攻撃を避け、画面端にいるルナをクナイで切り刻む。そのまま忍術を発動し、場外へと弾き落とした。


 読み合いが五分になっても、ちゃんと読み合いを続けていれば勝負はわからなかったのに……。最善と思える手に固執したあまり、ツバキさんはこの勝負を捨ててしまった気がする。


 私はコントローラーをテーブルに置いた。


 静まり返る会場。

 間を置いて、まるで爆発するかのような歓声が響いた。


「ハル選手、勝利しました! 人間業とは思えない技術! 一秒あるかないかの早業! うますぎる! これ以上の言葉が出てきません! 青龍杯優勝は、ハル選手だあああああああああ‼」


 クラッカーの音と、勝利のBGMが大音量で流れる。



 ドッ……と今になって実感が出てくる。



 私、優勝したんだ。


 優勝、できたんだ。



「すげえええ! 最後のあの動きなんだよ!」

「どんな動体視力してんだ!」

「ハル選手最高‼」


 会場の熱気と賛辞の声に包まれ、私の脳内がビリビリとした快感に包まれる。

 勝負に勝つって、こんな感覚なんだ……!


 メイン画面のモニタにも、配信視聴者からのコメントが流れてくる。


『最初は疑ってたけど本物だったな』

『まぁ、俺は最初からわかってたけどね』

『本当に強い。ヤマトの言った通りだった』

『いい試合を見せてくれてありがとう。私、これからはハルさんのことも応援したい』

『ハル選手の時代が始まる……!』


 ヤマトとのオフ会で色々あったけど、私のゲームに対する思いが認められたようで、安心した。そして、ヤマトが信じてくれた私でいられたことにも。


 観客席のヤマトは、まだ手を叩いて喜んでいる。

 興奮のあまりかソウマさんの背中まで叩いて、ソウマさんが痛がっていた。


 ――もう、何してるんだろう。


 思わず笑みがこぼれる。


 ツバキさんの方を見ると、放心状態なのかコントローラーを握ったまま固まっていた。


「それでは、ハル選手に優勝のコメントをいただきたいと思います! 今のお気持ちはいかがですか!?」


 実況の鈴木さんからマイクを受け取る。


「とても嬉しいです。私がアタックウォリアーズを始めて、ヤマトさんと出会って、そのことで色々な憶測が生まれました。世間を騒がせてしまったこと、この場を借りてお詫びします」


 私からあの炎上の話題が出るとは思わなかったのか、会場が静まり返る。


「色々な誹謗中傷も届きました。SNSを開くのが怖かったときもありました。……だけど、どんな噂があろうと、私はこのゲームが好きです。たしかに、アタックウォリアーズを知ったきっかけはヤマトさんでした。でも、そこからこのゲームを好きになって、心の底から楽しんでいることに、嘘偽りはありません。それだけは、誤解しないでほしいんです」


 深呼吸をする。


「アタックウォリアーズが好きです。私に居場所と熱意を与えてくれたこのゲームが好きです。なので、これからも努力して、楽しみます。本日応援していただいた皆さん、戦ってくれたプレイヤーのみなさんに、心からお礼を伝えたいです」


 私は深く頭を下げる。

 会場は、あたたかい拍手に包まれた。


「これからも応援してるぞー!」

「ハルさん大好きー‼」


 実況の鈴木さんは涙をぬぐう仕草をしながら、コメントしてくれた。


「色々なことがありましたが、それでも今日の大会に出場し、その熱意と強さを示したハル選手を尊敬します。対するツバキ選手も、決勝では見事なムチさばきを見せてくださいましたね」


 鈴木さんの言葉のあとに、メイン画面の配信で嫌な言葉が流れているのを見てしまった。


『どこが見事なんだw』

『同じ技ひたすらふるのみっともなさすぎてわろた』

『あれなら俺の方がマシ』

『くそ雑魚ですわん!』


 会場内でも笑いが起こったのが、嫌でも目に入る。


 ――ツバキさんの肩が震えている。


 私は思わず、鈴木さんのマイクを奪った。


「最後の試合、ツバキさんは選手として、勝てる方法を考えに考え抜いて戦っていたんです。これだけの猛者が集まる戦いで、強い技をふって勝率が上がるなら使って当然です。そのことが責められるのだけは許せません……! 私は直接ツバキさんと戦ったからわかります。ここでツバキさんを嘲笑う人こそ、弱いプレイヤーじゃないでしょうか」


「ハルさん……」


 ツバキさんは立ち上がり、私からマイクを取った。


「たしかに、みっともないところをお見せしましたわ。勝負を焦るあまり、待ちにまわりすぎました。西園寺家の嫡女としてお恥ずかしい……。このままじゃ終わりませんことよ。もっと腕を磨いて、ハルさんにリベンジいたします。……今日のところは完敗ですわ!」


 そう言うと、マイクを投げるように鈴木さんに返し、ツバキさんは私の方に手を差し出した。


 私はその手を握る。


「色々と失礼ぶっこきましたわ。でも、あなたが強いことがわかりました。アタックウォリアーズも、人間としてもね」


「そんな……恐縮です。また戦いましょう。私達、今日がデビュー戦なんですから」


 大きな拍手と声援が巻き起こる。


「いい試合だったぞー!」


「ふたりとも本当にすごい選手だ!」


「また戦ってくれー!」


 コメントは、ツバキさんへの賛辞の言葉も書き込まれている。


『あれだけのアマプロ倒したのは事実。どっちも強い』

『eスポーツでこれだけ女性が活躍した大会も少ないだろう。歴史に残る名試合だった!』

『私、お嬢様のファンになりそう……』


 私達は見つめあって微笑む。


「昨日の敵は今日の友」って言うけれど、そのことがなんだかわかった気がした。


 真剣に戦い合ったからこそ、ツバキさんの努力がわかる。

 そしてきっと、私の努力も彼女に届いている。



「青龍杯、優勝はハル選手という結果になりました! また次回の大会でお会いしましょうーー!」


 実況のマイクパフォーマンス。

 天井から降る金色の紙吹雪に包まれる。



 ――これが、人生が変わった瞬間だということに、私はまだ気づいていなかった。

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