『早くハルに会いたいな』


 ヤマトから来たメッセージに、トクンと胸が高鳴る。


 マンダムさんの家でオフ会をしてから一週間が経つ。私は時々ヤマトと連絡を取っていた。


 ヤマトは実際に会った時よりもメッセージアプリの方が饒舌だ。顔を合わせない分、話しやすいのかもしれない。と、いってもほとんどはアタックウォリアーズの話だけど。


 だから、今日いきなり『会いたい』なんて連絡がきたことに驚いている。どう返事していいのかわからず、待っているとヤマトから追加のメッセージが届いた。


『ごめ、違う! 会いたいっていうのは一緒にゲームしたいって意味で、ほら、オンラインでも対戦できるけど、オンラインとオフラインでは遅延があるだろ? 数フレームの差も俺たちには大事なものだし! でもゲームのためだけに会いたいってことでもないんだけど、とにかく変な意味じゃないから!』


 さすがに『あのヤマト』が私に特別な感情を持ってくれるなんてのは、夢を見すぎだよね。


『わかってるから安心して♪ やっぱり対戦もオンとオフじゃ感覚違うもんね。みんなのスケジュールが合えば、またオフ会したいね。これから配信でしょ? 頑張ってね!』


 メッセージを送信すると、既読はすぐについた。


『ありがとう! ハルもバイト頑張って』


 バイトに行く前、少しだけヤマトの配信を覗いてみる。


「こんにちはー。今日はオンライン上位マッチをしていきます」


 ヤマトが配信を始めると、配信の視聴者数は瞬く間に増えていく。800人近い人達が色々なコメントをして、ヤマトからの返答を待っていた。そんなすごい人物と実際に会って、しかも連絡先まで交換しているなんて……未だに夢なんじゃないかと思う。バイト終わったらアーカイブ配信を見ようっと。


 日曜日のお客さんの多さを考えると憂鬱な気分になるけれど、少しでも楽しみがあると頑張れる。オフ会も交通費だってかかるし、次のためにもバイトは頑張らないと!


 私は鏡の前に立つと、作り笑顔をしてみる。


「よし、行ってきます!」


「気をつけてねー」リビングから、お母さんが声だけで見送ってくれた。



 外は曇り空で、7月特有の湿気がある。自転車を漕ぎだすと、雨が降る気配を感じた。




 けたたましい通知音で目が覚めた。

 昨日はバイトが忙しくて、疲れてたのかヤマトのアーカイブ配信を見ながら寝落ちしてしまっていたらしい。スマホを握りしめたまま寝てしまっていた。


 時間は……朝6時。

 学校までもう少し寝られるのに……アラームじゃない音。


 なにかと思ったら、SNSの通知音だった。

 アプリアイコンの赤いバッジに表示されている数がどんどんと増えていく。


「なにこれ……?」


 私は薄気味の悪さを感じながら、SNSを開く。

 通知の正体は、ダイレクトメッセージだった。



『ヤマトに手、出してんじゃねーよ』


 背筋に冷たいものが走る。


『男好きゴリラ。よく配信にあがれたね』

『プロゲーマーに手出すとか金目的ですか? ファンを傷つける行為はやめてください』

『あの~、変な目的でアタックウォリアーズされても迷惑なんですが。気持ち悪いです。ていうか、ヤマトやソウマが相手にするとでも?』


 メッセージを読んでいる間にも、通知はどんどんと増えていく。


『調子乗んな』


『死 ん じ ゃ え』



「やだっ……!」


 思わず、私はスマホを放り投げてしまう。

 これ……なにが起こってるの?

 別に隠しているわけじゃないけど、なんで私が女ってバレているんだろう。

 どうしてこんなメッセージが……。


 思考回路がめちゃくちゃになっていく。


 ハルのアカウントが色々な人にフォローされているのは知っていた。


 配信にあがる前に、ヤマトが私をフォローしてくれたからだ。

 だけど、私はこのアカウントはもともと見るために使っていたものだったし、フォローしているのもアタックウォリアーズに関連するアカウントだけだった。


 そのアカウントにこんなにたくさんのメッセージが。


 心臓がバクバクと脈打っている。

 暴言の雨は、一瞬で私の体を凍えさせた。


「私、たしかにヤマトに憧れているけれど、なんでこんなことを他人に言われないといけないの……」


 7月と言うのに指先まで冷たくなってきたころ、今の気持ちに全くそぐわない軽快な着信音が鳴り響いた。


 震える指で、通話開始をタップする。かけてきたのは、ソウマさんだった。


「もしもし、ハルちゃん⁉」


「……はい、ハルです」


「――その感じじゃ、もうなにか来てるみたいだね」


「私、なにもわからないんです。朝起きたらSNSにたくさん暴言が届いてて……。ヤマトやソウマさんに手を出すな、みたいな内容がたくさん来ています」


 メッセージの内容を説明するとき、頬に冷たいものが流れた。まっすぐに届けられる暴言が、こんなに怖いものだったなんて。


「僕たちのファンがごめん。説明するから、落ち着いて聞いてね」


 ソウマさんは私が落ち着くように、ゆっくりと説明してくれた。


 発端は昨日の夜中、マンダムさんの配信だった。マンダムさんは夜中に配信することが多く、視聴者のコメントを大切に読んでいくスタイルだ。そのなかで、今後アタックウォリアーズの大会に出ることを喋ったらしい。


 問題なのは、そのあとだった。


 トレーニングとしてヤマトやソウマさんと宅オフをしたことが話題にあがった。

 そこでマンダムさんは私「ハル」のことを「ハルたん」と呼んでしまったらしい。


 マンダムさんの配信には、仲が良いヤマトやソウマさんのファンもよく来る。その違和感を、ファンは見逃さなかった。


『たんって女性キャラのときにしか使いませんよね?』

『もしかして……ハルさんって女性だったんですか?』


 もちろん、私が女性だからと責められる理由なんてない。だけど、一部のファンたちは怒り始めた。「ヤマトは女性と絡まないはずなのにおかしい」と……。


 もともとヤマトは女性ゲーマーや女性配信者のコラボの誘いは一切受けないスタンスだったらしい。公言はしていないが、女性の影も姿もないので、ファンの間では暗黙の了解みたいになっていたみたい。ヤマトは絶対に女性と会わない、と。


 ソウマさんからそれを聞いた私は思い出した。


 ヤマトとのオフ会の直前『ヤマト 好みのタイプ』と検索しても一切情報はなかった。そのことは、ヤマトが女性についての話を全くしていないということの証拠でもある。なにがヤマトをそうさせているのかはわからない。


 だけど、ファン達が信じ込んでいたその場所に私という異物が入ったのだ。

 耐えきれない嫌悪感は、火がつき燃え上がった。


「……それで、マンダムさんはどうしたんですか?」


「俺たちの間で隠そうって話をしていたわけではないし、でも勝手にマンダムから言うのもおかしいと思って、黙り込んじゃったらしい。配信終わらせて、すぐ僕に連絡がきたよ」


「そうですか……私のせいで、ごめんなさい」


「いや、僕がもっと気をつけるべきだった。ヤマトのファンは一途な子が多いからね。それに便乗して僕のファンまでも色々言って……ハルちゃんには本当に申し訳ないよ。早くこの騒ぎが静まるように、事務所にも相談してみる。いい? これだけはわかっておいて。ハルちゃんはなんにも悪くない。責められるようなことはしていない。だから、届くメッセージは開かず、ダイレクトメッセージが届かない設定に変更すること。幸い、顔も本名も知られていないから大丈夫だよ」


 ソウマさんのゆったりとした口調を聞くことで、私は少しずつ落ち着きを取り戻していた。


「僕達――いや僕は、ハルちゃんの味方だからね」


「ありがとう……ございます」


 さっきとは違う涙が、頬を伝ってカーペットに染みを作る。


「じゃあ、また連絡するね」


 電話なのに、ソウマさんの優しい笑顔が見えた気がした。


「とりあえず……学校に行かないと」


 気怠い体をどうにか奮い立たせ、リビングに向かう。



「……おはよう」


 お母さんはもう朝ごはんを作ってくれていた。


「春菜おはよう。――って顔色悪いわよ? 風邪?」


「風邪とかではないけど……」


「最近ゲームばっかりしてるからじゃないの?」


「うん……ごめん」


「あら、本当に大丈夫なの? 学校休む?」


 お母さんに心配かけちゃいけない。


「大丈夫だよ。ありがとう。でもちょっと食欲ないから、今日はヨーグルトだけにしとくね」


 本当は何も食べたくないけど、ヨーグルトを口に入れる。身支度を整えて、私は家を出た。



 予定よりも早く駅に着いた。電車が来るまで少し時間がある。

 スマホを見ると、メッセージアプリの通知が届いている。

 メッセージの送信者は、マンダムさんだった。


『ハルさん、本当に申し訳ございませんでした。ソウマから聞いたとは思いますが、昨晩、配信内で私がした軽率な言動で、ご迷惑をお掛けすることになってしまいました。いくら謝っても許されないと思います。浅はかな考えで配信中に口を滑らせてしまい、結果ハルさんが女性だということを認めた流れになってしまいました。ハルさんが女性プレイヤーだということを隠すべきだったと、後悔しています』


 マンダムさんの喋り方はいつもの影がなく、まるで別人のようだった。

 誹謗中傷が届くのは辛い。だけど……マンダムさんだって何も悪くないはずだ。


 私は到着した電車に乗り、マンダムさんに返信をする。


『気にしないでください。こんなことが起こるなんて、誰も予測できません。私もヤマトやソウマさん、マンダムさんが人気のある配信者だということを、念頭に置いて行動しなければなりませんでした。気にしないでください』


 送ったメッセージはすぐに既読がつく。


『本当にごめんね』


『元気出して!』ウサギが喋っているスタンプを送る。


 マンダムさんは優しい人だから、気に病まないか心配だ。本当は今の状況が辛いけど……こんなの、どうしようもない。


 車窓から流れる景色を見つめる。

 このままどこかに行ってしまおうか。なんて、ふと考えてしまう。

 だけど、そんなことをしても今の状況が解決するわけじゃない。


 メッセージアプリのヤマトのページを開く。

 ヤマトに弱音を吐きたい。

 今の怖い気持ちを受け止めてもらいたいと思っている自分が嫌になる。

 スマホをスリープ画面にすると、眉尻が下がった自分が映っていた。




 高校の教室に着く。教室の扉を開けても別に「おはよう」なんて言わない。

「おはよう」なんて言われないのはわかっているし、私が声を出したらなんとく気まずい空気が流れるのは、もう経験したことだった。


 自分の席に向かう。教室の後ろ側の、窓際の席。

 この席になったのは本当に幸運だったと思う。

 ひとりのとき、なにをすればいいのかわからないとき、窓の外を見ることができるから。


 続々と登校する生徒達を見つめる。

 こんなにも人がいるのに、私が気を許せる人がいないなんて、おかしい話だ。

 前の高校では友達もたくさんいて、休み時間のたびに笑っていた。

 それが、住んでいる場所が変わっただけでこんなことになる。

 今日の炎上だってそうなのかもしれない。

 人間は、今までいなかったものを拒むんだ。


「はぁ……」と溜め息を吐く。

 予習も兼ねて教科書でも読んでいようと思ったとき、女子生徒の会話が聞こえてきた。


「ね、見た? ヤマトの配信に最近出てたプレイヤーって女だったらしいよ」


「見た見た! めっちゃショックだったー……。ヤマトって女性プレイヤーに塩対応で有名じゃん? だから安心して応援できてたのに」


「ね。ハルって人うまくやったよね。ヤマトだけじゃなくてソウマとも知り合えるなんて」


「ていうか欲張りすぎ!」


 ――別に欲張ってなんかいない。


 私はヤマトの配信で元気をもらって、ヤマトに憧れて、それがアタックウォリアーズをするきっかけになって……夢中になって、毎日が楽しくなって……ただ、それだけなのに。


「絶対男好きだよね」


 なんの証拠もないことを言われている。

 彼女達は知らない。その「ハル」が今、隣にいることを。



「でもゲームがうまい女子なんてソウマ達は相手にしないでしょ」

「いくらでも女の子選べるようなルックスだしね」


 私のクラスでもヤマトとのことが話題になっているくらいだ。

 きっと、今も私のアカウントにはたくさんの人がメッセージを送っているんだろう。


 机に突っ伏して、これからのことを想像してみる。


 私、アタックウォリアーズをやめた方がいいのかもしれない……。



 全ての授業が終わると、早足で教室を出た。

 朝以降もハルのことをクラスメイトが話していて、いつにも増して居心地が悪かったのだ。アタックウォリアーズは男性人気が高いゲームだけど、ヤマトやソウマさんのような「スター世代」の登場で老若男女のファンがいる。


 駅の改札口を通ると、やっと一息つけたような気がした。

 スマホを見ると、ヤマトからメッセージが届いている。



『ハル、大丈夫か⁉』

『俺がオフ会に誘ったせいでこんなことになってごめん』

『事務所にも連絡したけど、とりあえず今は大人しくしてろって言われた』

『ハルが責められる理由なんてないのに、本当に悪いと思ってる』

『辛いよな、ごめんな』


 間を置かずに何度も送信されたメッセージに、ヤマトの気持ちが詰まっている。

 ヤマトも、ソウマさんも、マンダムさんも……みんな私を心配してくれている。


 私は返信を打つ。


『心配かけてごめん。ちょっと怖いメッセージも届いたけど、私は大丈夫だよ。気にせず事務所の指示に従って。しばらく宅オフはもちろん、オンライン対戦もやめといた方がいいよね。私こそ、ごめんね。私がいるせいで、みんなに迷惑かけてる』


 メッセージを打っていると、自分のぐちゃぐちゃな感情が整理されていく。


 そうだ。一般人の私が暴言を浴びせられるより、配信者の3人の方が炎上のダメージが大きいはずだ。ヤマトやソウマさんは事務所に所属しているし、マンダムさんだってこれからがある。


 それなのに、みんな私の心配を……。


 電車が到着する音が聴こえる。メッセージを送信すると、なんだかもう3人には会えないような気がした。




 家に着いた私はシャワーを浴びた。嫌な気持ちがお湯と一緒に流れてほしいと願ったけど、まだ気持ちは晴れない。幸い、今日はバイトに入っていなかった。いつもならすぐにアタックウォリアーズを起動するけど、そんな気にはなれない。


 そういえば、最近プチプラコスメのチャンネル見てなかったな……。


 すでに懐かしくなっているコスメチャンネルの配信者の顔をタップすると、見慣れたすっぴんから動画が始まる。


 ――500円のクリームファンデーション。400円のチーク。


 これ前も紹介してなかったっけ? なんて、動画を見ていると通知音が鳴る。ヤマトが配信を開始した通知だった。


 こんな状態でも配信をしなければいけないのは、きっとヤマトには事務所の都合があるのだろう。ヤマトが責められたりしないか、怖い。


 私はどうかヤマトが無事であるようにと願いながら、ヤマトの配信画面を開いた。


 ヤマトはいつもより少し表情が硬い気がする。


「こんばんは。今日もオンラインマッチに潜っていきたいと思います」


 ヤマトの挨拶なんてまるでなかったのかのように、コメント欄には質問が投げかけられていく。


『ハルさんが女性って本当なんですか?』


『社交辞令で宅オフ誘ったのにマジで来て迷惑だったらしいですね……お疲れ様でした』


『ヤマトさんって女性とのコラボ配信NGじゃなかったです? 事務所大丈夫だったんですか?』


『ファンの気持ちも考えて行動してくださいね。反省すれば許してあげます』


 めちゃくちゃなコメントばかりだ。

 私への誹謗中傷もあって、嫌な汗が出てくる。


 ヤマトはコントローラーを操作していた手を止め、画面をまっすぐに見た。


「今回、お騒がせしているようで申し訳ないです。本当は言いたくないんですが、すいません。言わせてください。……e-japanは女性のプレイヤーとのコラボをNGにしている訳ではありません。お話しが来たことも今までありますが、スケジュール等の関係で今までしていなかっただけです。なので、ハルさんに見当違いな誹謗中傷を投げかけるのはおかしいです。ご理解ください」


 コメント欄の流れが、一瞬止まる。

 少しだけ間を置いて、まるで爆発するかのようにコメントが流れ出した。


『いや、ファンは傷ついたって話なんです』

『そうですよね。ハルさんの悪口言っている人、ちょっとおかしい……』

『ていうか、ハルは女ってことを隠してたの? 出会い目的だったんだよね?』

『↑それ。だいたい、競技シーンって男が多いのに急に女が出てくるの違和感』


 ヤマトはだんだん目が座ってきている気がする。


「ハルさんは女だということを隠されていません。仮にハルさんが出会い目的だったとしても、それを咎める権利が誰にあるんですか? 第一に、ハルさんを宅オフに誘ったのは俺ですよ。ハルさんを責めるくらいなら、俺に文句を言ってください」


『ハルはファンの気持ちを踏みにじったんだよ』

『うちらのことも考えて』

『……ゲームしてたのは本当にハルさんだったんですか?』

『怪しいよね。男に金渡して、かわりにプレイさせてたんじゃないの?』

『出会うために代理プレイしてもらったってこと? 最低やん』


 ヤマトは肩を震わせ、耳を真っ赤にしている。

 これは、あの日の照れているヤマトじゃない。

 怒っているのが画面越しにでも伝わってくる。


 ヤマトは深呼吸をしてから、話し始めた。


「――ハルはそんな子じゃない。実際に戦ったけど、ハルのゲームの腕は本物。プロの俺から見ても、惚れ惚れするようなプレイだった。そのプレイをするために、彼女はひたすら努力をしたはずです。その努力をバカにするような人は、俺たちプロゲーマーをバカにしているのと同じです」


 ヤマトは、まるで喰らいつくような眼で画面の前にいた。


 ……私のために、怒ってくれている。色々な立場や事情があるなかで、それでも私を守ろうとしてくれているのがわかる。同じゲーマーとして、友達として……。

 涙が溢れて、止まらない。


「ごめん」と「ありがとう」で胸がいっぱいになる。



『でもそんなこと言われても、ハルさんが本当にプレイした証拠とか出せないでしょ?』

『私たちはヤマトのためを思って言ってるんです』

『大事な時期なのに、女性ファンを減らすことはダメだよ』


 それでも続くコメント。でも、ヤマトは怯まない。

 なにか、覚悟を決めたようにも見えた。


「俺はハルと出会えたおかげで、もっとアタックウォリアーズが上手になれると思いました。俺はアイドルじゃありません。プロゲーマーです。本当に俺を応援するなら、この出会いを邪魔しないでください!」


 ――ヤマトの大きな声に、コメントの流れが止まる。


『なら、ハルが本物って証拠見せてよ。私達が認めるくらいのプレイヤーなんでしょ?』


 ぽんっと流れたそのコメントを見て、私は決意した。


 涙を腕で拭うと、コメントを打つ。



『8月の大会にエントリーします。そのときに、私のプレイを見て判断してください』


 マンダムさんが出る大型大会。参加資格のレートは満たしている。

 ヤマトがここまで守ってくれたのに、私だけ泣いているわけにはいかない。


 それに、私は気づいた。

 熱中できるもの……。

 アタックウォリアーズというゲームの存在が、私のなかでこんなにも大きくなっていたことを。せっかく見つけられた熱中できるものを、やめたくない。


 コメント欄はまるでお祭りのような騒ぎになっている。


「ハル……大丈夫なのか?」


 心配そうなヤマトに、私はコメントを返す。


『大丈夫です。ゲームにも、中傷にも負けません』


 ヤマトもきっとなにかを決意して、私を守ってくれた。

 それなら、私だって。

 ヤマトが認めてくれたハルというプレイヤーを、守りたい。


 画面のなかのヤマトが微笑む。


「わかった。応援してる」



 そこには、いつもの優しいヤマトがいた。


 私を応援する声。

 私を蔑む声。


 何もかもが流れていく。



 だけど今の私には、ヤマトの笑顔しか映らない。

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