eスポーツ!! ~世界大会への切符~
蜂賀三月
1
「これだから若い女はだめなんだよ」
今日も理不尽なお客さんの対応をどうにか終わらせた。無茶な要求、露骨なセクハラ。私、上林春菜は高校二年生にして疲れ切っていた。
「もうやだ……」
自宅に帰ってドアを閉めた瞬間、そう呟いてしまっていた。
二年生になってすぐに始めたファミレスのバイトは想像以上に忙しかった。失敗したことやお客さんのクレームが心にずーんとのしかかってくるのだ。
――私には楽しいことなんて、もう何もないのかもしれない。
化粧も落とさないままベッドに倒れ込むと、私は無気力のままスマホで動画サイトを開く。そこで実践もしないメイク動画や、買いもしないコスメの紹介を見ながら寝落ちしてしまうことが増えていた。
「あ、チャンネル更新されてないじゃん」
お気に入りのプチプラコスメチャンネルの新作が上がっていない。あそこの動画、字幕が見やすくて好きなのに。手持ちぶさたになり、何気なしに画面をスクロールしていく。そこに「あなたへのオススメ」として、ライブ配信の映像が表示された。この動画サイトにもそのような機能があることは知っていたけれど、今まで見たことがなかった。
ちょっと見てみようかな。
画面をタップすると、賑やかなゲームの効果音が耳に入ってくる。
このライブはゲームの実況配信らしく、今まさに配信者が対人戦をしているところだった。格闘ゲームか。昔はお兄ちゃんとたくさんしたなぁ。なんだか、懐かしい気分になる。
画面右下には配信者の姿が映っていた。黒髪で男らしい顔つきだけど……すごく整っている顔だ。アイドルみたい。名前は……ヤマトっていうんだ。
「よし、勝ちました!」
見た目とは違い、物腰柔らかい口調で彼は勝利を宣言した。ライブのチャット欄には次々と称賛のコメントが書き込まれていく。チャンネル登録者数は――
「じゅ、十万人!?」
ものすごい数。このヤマトという人は、とてつもなく人気があるようだ。
「みんな応援ありがとう。まだまだプレイするよ」
画面の中のヤマトがこちらに笑顔を向けた。不覚にも、胸が高鳴ってしまう。な、なんでドキドキしてるんだろ。それにしても、本当に楽しそうにゲームをしてるんだなぁ。活気に溢れた表情で対戦を楽しんでいるヤマト。
私はこんな表情で、何かに取り組むことがあっただろうか……。
それからというものの、私はヤマトのゲーム実況を見るようになった。楽しそうにゲームをプレイしたり、真剣な表情のヤマトを見ていると心がとても満たされたのだ。何より、あのヤマトの柔らかい声が、私の無気力な毎日を埋めてくれるようだった。今日も、画面のなかのヤマトを見る。
「こんばんは。今日もアタックウォリアーズをプレイしていきます」
ヤマトのライブ配信を見ていてわかったことがいくつかあった。まず、ヤマト事務所に所属しているプロゲーマーだということ。主に大人気タイトルのアタックウォリアーズという格闘ゲームをプレイしていて、全国大会でも上位に立つプレイヤーだということ。そして、大きな大会が冬に控えているため、練習も兼ねて配信の回数が増えているということだった。次回の大会ではヤマトの優勝を期待する声も多く、コメントも活発だった。
「お、ツバキさん投げ銭ありがとうございます」
ヤマトが私の知らない女に礼を言う。
「誰よ、ツバキって!」
ライブ配信には課金をして配信者を応援できるシステムがある。この応援をすると配信者が名前を呼んでくれたり、コメントに応えてくれたりするのだ。私は、女性と思われるユーザーがヤマトに名前を呼ばれると、胸にちくっとした痛みを感じるようになっていた。
無気力だった私の生活は、ゲームに熱中するヤマトを見ることで変わり始めていた。何の楽しみもなかった生活がヤマトのおかげで変化している。……私も、ヤマトに名前を呼んでもらいたいなんて思ったら、迷惑かな。自嘲気味に笑う。でも、諦めたらそれで試合は終了する。
どんな困難な状況や強い相手でも、諦めることなく戦うヤマトを思い出し、私はこの気持ちに向き合うことにした。
「そうと決めたらとりあえず、私のことを知ってもらわないと」
さすがに本名はまずいよね。私は名前を「ハル」にしてから、震える指でコメントを書き込んだ。
『こんばんは! いつも配信見てます』
「やっぱりこのキャラ、リーチは長いけど後隙も大きいですから……」
当然の話だが、何百人も同時接続しているチャットで私の名前が呼ばれるはずない。と、すると残りの手段は……。
「か、課金するしかない……!」
前にお兄ちゃんからもらったスマホ課金用のコードがあるのを思い出し、それを使うことにする。
『いつもヤマトさんの配信で元気もらってます!』
通常のコメントの色とは違う。そのコメントをヤマトはプレイしながらでも、しっかりと見てくれた。
「あ、ハルさん? 初めましてかな? 投げ銭ありがとう。俺の配信で元気もらえるなんて……嬉しいです」
少し照れくさそうに応えるヤマトに、私の鼓動はどんどん早くなった。
「やばい。憧れのヤマトから名前を呼んでもらえるなんて……ハマッちゃいそうで怖い」
それから数回の配信中に私は何度も投げ銭をした。お兄ちゃんからもらった課金コードはとっくになくなって、今年のお年玉にも手をつけていた。真面目なヤマトはその度にコメントに反応をしてくれる。
「ハルさん、最近よく来てくれるね! ありがとう!」
ヤマトの反応が嬉しい。胸がきゅっとなる。でも――
「ずっとこのまま投げ銭だけをするのも……」
いや、後悔はしてないんだけど、なんとも虚しい気持ちになることがある。ヤマトともっと話してみたい。できるなら、あのゲームに熱中する輝く笑顔を現実見てみたい。それなら、次の手段を考えなきゃ。イベントで出待ちする? それじゃ仲良くなれない。その時、ふとヤマトの過去の実況を思い出した。
そうだ……『プレイヤーとのコラボ配信』だ!
ヤマトの実況では専用の部屋をゲーム内に作成し、ライブを見に来ている人とオンライン対戦をすることがある。私もゲームをするプレイヤーになって、対戦の常連になれば……今よりヤマトに近づくことができるかもしれない。そうと決まれば、さっそく機材を揃えないと。バイト代が、ちょうど明日もらえることになっていた。嫌な思いをしてでもバイトしといて良かった……。
翌日のバイト終わりに、私はアタックウォリアーズをするための機材を一式購入した。課金に続いて痛い出費だけど仕方ない……。説明書を読みながら、ゲーム機を接続していく。お兄ちゃんとゲームをしていたのも小学生くらいまでだし、ちゃんとできるかは正直不安だった。
だけど、久しぶりに持ったコントローラーは、自分でも驚くほどに手に馴染んだ。ヤマトの動画を見ていたので、ゲームのルールは頭に入っている。とりあえず、コンピューターと対戦をしてみる。
「やば……楽しいかも!」
ヤマトの配信を見る以外で久しぶりに楽しいという感情が湧いてきた。このアタックウォリアーズという格闘ゲームは本当によくできていて、単純な操作性なのに勝負の駆け引きがとても熱く、楽しい。ただの格闘ゲームではなく、アクションゲームやパーティーゲームの要素も入っている。人気なのも頷けるシステムだった。
まずは、ゲーム内の上位勢と呼ばれるまでのスコアをオンライン対戦で取得しなければいけない。上位勢でないとヤマトとの専用部屋に申し込む権利すらないのだ。
私の猛特訓が始まった。
特訓を始めてから、私は睡眠時間も削ってアタックウォリアーズをプレイした。ヤマトの実況を見ている時以外はほぼ特訓していたと言っても過言ではない。だけど、学校とバイトで疲れているはずなのに、私は不思議と活気に満ち溢れていた
部屋にこもってゲームをする私にお母さんは呆れてて、お兄ちゃんは少し引いていたけれど。ためしに、お兄ちゃんをゲームに誘ってみたけれど、すぐに断られてしまった。
「春奈、ゲーム強すぎるから嫌なんだよ。覚えてないかもしれないけど、俺は一回も勝ったことないんだぞ」
「そ、そうだっけ?」
「だから俺ゲームしなくなったのに」
お兄ちゃんはそう笑うと自分の部屋に戻っていった。……そうだった。昔からお兄ちゃんにも、その友達にもゲームでは負けたことなかったんだよね。何かに熱中できることがこんなに楽しいってこと、忘れてたみたい!
楽しいという気持ちから、無限大のパワーをもらえる。
白黒だった世界が、どんどんと色づいていくような感覚だった。
しかし、スコアの頭打ちは意外と早く来た。調子よくスコアを伸ばしていくと、すぐに強いプレイヤーとしかマッチングしなくなった。上位勢は複雑なコンボを会得しており、一度相手の勢いがつくとなかなかそれを抜け出せないのだ。上位勢と呼ばれるプレイヤーは、割合でいうと全プレイヤーの3%しかいない。そのなかに入るには特訓だけじゃだめだ。
自分がコンボをする動きを覚えるのも大切だけど、私が目指すのはそれ以上のプレイ。全てのキャラの定石コンボパターンと相性を覚えて、相手がそれを打つと仮定した動きをしなきゃ……!
私はテクニカルな『ストロベリー』というキャラをメインに使用することにした。
見た目は可愛い魔法少女で、男性プレイヤーからの人気も高いキャラクターだ。だけど、近距離攻撃や遠距離攻撃の間合いの特殊さは使いにくさが目立ち、あまり使用されていない。
ノートを引っ張り出し、攻略サイトを見ながら自分の考えも書き足す。私はまるで研究者のようになっていた。ストロベリーは一見使いにくいけれど、どんなキャラのコンボにも攻撃を返しやすい使い道があるように思うのだ。
そして、その考えは正解だった。対戦相手にどんなキャラがきたとしても、安定して立ち向かうことができるようになってきたのだ。私のスコアは飛躍的に伸び、上位勢に入ることができた。
やっと……やっとだ。ヤマトに対戦を申し込もう。
私がアタックウォリアーズをプレイし始めてから、二ヶ月が経っていた。
都合よくコラボ配信の日だったので、私はヤマトに気付かれるために投げ銭をしてから試合を申し込む。
「ハルさんいつもありがとうございます。それでは一回目はハルさんと勝負させてもらいます」
専用部屋に入室し、キャラクターを選ぶ。ヤマトは攻撃力が高いイケメン剣士・ラピスを使用する。私はもちろんストロベリーを選んだ。
「お、選択キャラ渋いですね」
ユーザー間では決して強キャラとは言われないキャラだ。だけど、私はこのストロベリーでヤマトとの繋がりを勝ち取ってみせる!
対戦が始まり、ヤマトの牽制攻撃が始まる。ヤマトの動きは特に研究していたので、予想通りだ。ここはラピスの攻撃より、私のキャラの空中下攻撃の発生が4フレーム早いので差し込める。
(*フレームは時間のこと。1秒はゲームのなかで60フレームとなる)
「――とっ。ハルさんなかなかやりますね」
ヤマトが苦しそうな声色になる。ヤマトのコンボパターンには入らせない。
「頭のなかで何度もシュミレーションしてある! 悪いけど勝たせてもらうから!」
ヤマトはいつもの戦い方ならここで一度距離をとるはず。だけど、ラピスの足の速度ではストロベリーの魔法の射程範囲からは抜け出せない。
「フレアサークル! からのプリズミックアロー!」
「やべ、読まれてる!?」
ヤマトの焦った声が聞こえる。ヤマトがどんな表情をしているのかが気になるけど、今は画面から目を離せない。爆炎に包まれたラピスに追撃の虹色の矢が入る。ダウンしてコンボが途切れる前に、繋げないと。
ダッシュでラピスに近づくと、私は何度も練習してきたコンボを入力する。浮いている相手に杖の先端を当てる、そこからキック、上パンチ、連撃、エクスプロージョン――
瞬きも忘れて勝負に集中する。脳が高速で動いているような感覚だ。
「ストロベリーってこんなコンボパターン開発されてたか!? くそっ」
いつも物腰柔らかい口調のヤマトの言葉遣いが変わってきている。ラピスの体力は残り二割ほど。でも最後まで油断できない。
ラピスの剣から蒼い衝撃波が放たれ、その飛び道具と一緒に体当たりで攻めてくる。対応しにくい攻撃だ。飛び道具をガードするとガードが無効の投げをされる。避けると空中対応の必殺技を食らい、コンボの起点になってしまう。
でも、特訓したからね。
ストロベリーのアイシクルチェインは発動時に極わずかな無敵時間がある。なので、タイミングを合わせれば……。飛び道具を打ち消しつつ、ラピスへ攻撃できるのだ。
「少し待ってから――ここだ!」
氷の鎖でラピスの動きを止め、最大ダメージのコンボを叩きこむ。鎖が割れて消える時、そこには倒れたラピスの姿があった。
「勝った……?」
私はヤマトに勝利した。
息をするのも忘れていたみたいだ。今になってどっと体が熱を持って、汗が出てくる。配信画面を見ると、ヤマトは滅多に敗れることがないのでコメント欄はお祭り状態になっていた。
『こんなに強いストロベリー見たことない』
『ハルって人、何者?』
『アイシクルチェインに無敵時間あるのはわかるけど、あんな完璧にタイミング合わせてくるのは変態』
たくさんの人が今の試合に注目してくれていた実感が湧いてくる。
「……ハルさん、めっちゃ強いですね。良かったらフレンドになってくれませんか?」
ヤマトの言葉を聞いて、私の高揚感はさらに刺激される。常連になるどころか、いきなりフレンドの誘いが来るなんて! ヤマトのフレンドはプロゲーマーや動画配信者ばかり。そのなかで私みたいなやつに誘いがきたのは、奇跡のようなことだった。
画面のなかのヤマトは悔しそうな顔をしながらも、楽しそうだ。こんな表情を、私も今ならできる気がする。
『ぜひお願いします!』
ヤマトからフレンド申請が届くと、すぐに承認した。
「ありがとうございます! またリベンジさせてください。この対戦で自分のストロベリー対策が甘いって知ることができました! それでは次の対戦者は……」
ヤマトが次の対戦の準備をしはじめる。私はそのまま倒れるように床に寝転んだ。
「勝った……フレンドにもなっちゃった……間違いなく一歩近づけた!」
倒れたままガッツポーズを決め込む。
この夜は頭がずーっと熱をもったみたいになって、なかなか眠ることができなかった。
「眠たい……」
昼休み、私はグラウンドのそばにあるベンチに座っていた。天気もいいし、たまにはこんな時間もいいよね。眠たいはずなのに、私はとにかく気分が良かった。コンビニで買った生クリームがたっぷり入った苺のサンドイッチを頬張ると、思わず顔がほころぶ。
なにより、昨日は2ヶ月の努力のうえヤマトに勝利しちゃったからね。これは自分へのご褒美。カロリーも気にせずふたつめを口に入れる。そういえば、ヤマトのSNSをチェックしないと。私はスマホを取り出してヤマトのアカウントを見に行く。
「昨日の配信の編集してるんだけど、やっぱりハルさんのストロベリーの動き半端ない。もしかして大会とか出てる人? でも大会でストロベリーメインの人って日本にいたかな?」
「うーん。ハルさん、もしこの呟き見てたらメッセージください。今後のためにも練習相手になっていただければ……笑」
――私のことが書いてある?
思わずスマホから手が離れてしまい、慌てて膝を閉じて受け止めた。深呼吸してヤマトの呟きを見ても、やっぱり現実に書いてある。目を擦ったり、スマホの画面を拭いてみたりするけど消えない。
ヤマトのSNSフォロワーは八万人超。その呟きには、もちろんファンからのメッセージが届いている。
『たしかに昨日のストロベリーはやばい。かなりの玄人だと思う』
『あれ、アカウントに覚えある……自分エンジョイ勢なので上位勢とはマッチしないはずなんだけど』
『少し前までエンジョイ勢だったか、もしくは最近アタックウォリアーズ始めたのか』
『最近初めてヤマトに勝ったとしたならやばすぎでしょ……おそらくプロの別名義』
私に関しての色々な推測まで飛んでいる……さっきまでの、のどかな気分のランチタイムは終わってしまった。もしかしたら、私は大変なことをしでかしてしまったのかもしれない。とにかく、ヤマトの気が変わらないうちに返信をしてしまおう。
やってしまった。
昼休みにヤマトの呟きを見て、急いでメッセージを送ったことを私は後悔していた。送ったメッセージを見返すと溜め息しかでない。
『ハルです。昨晩は対戦ありがとうございました。また、呟きで私のことを褒めてくださっていて光栄の至りです。私で良ければ、また戦っていただければ幸いです。何卒、よろしくお願いいたします』
呟きに私の名前があったことや、他の視聴者の反応に焦っていたためか、めちゃくちゃ固いメッセージを送っている。
女子力とは……?
しかも、ヤマトの呟きを見るためだけに作ったアカウントだから、プロフィールも何も書いていない。アイコンにいたっては、ゴリラだ。なんでもいいやと思って動物園に行った時の写真を適当に選んだのを激しく後悔した。
「あー、もう! 完全に好感度下がったじゃん! どこに憧れている人にゴリラアイコンで話しかけるやつがいるの!?」
ソファーに泣き崩れるように顔を埋めた時、メッセージの通知音が鳴った
『こんばんは。メッセージありがとうございます。今晩もアタックウォリアーズの配信をする予定なんですが、良かったら配信にあがりませんか? ハルさんの都合が良ければ連戦でお願いしたいのですが……』
きょ、今日!? かなり急だけど、とりあえずゴリラ女だと引かれていないようで安心した。
『さっそくのお誘いありがとうございます。今帰宅したので、ご飯作ってからならいつでもいけます!』
「うふふ、ご飯とか書いたら家庭的アピールだと思われちゃうかな……」
ニヤニヤしていると、早速ヤマトから返信がくる。
『了解です! では21時くらいから配信を始めますので、準備できたら入ってきてください。ご飯、アイコンのせいでバナナかな?って思っちゃいます笑』
――アイコン変えるの忘れてたぁ!!
もう、ほんとバカすぎる。浮かれすぎると失敗するくせを直さないと……。私は涙目になりながら夜ご飯を食べた。もちろん、作ったのはお母さんだ。
さて、気を取り直す。ヤマトの配信にあがる以上、中途半端なことはできない。私は自分で作ったノートを広げる。この前のコンボの起点はおそらく注意される。となるとラピスの動きは下段から差し込むのが正解か……?
ううん、空中必殺技でけん制しつつも攻めることができる。それなら私は、距離を置いてプリズミックで……。ヤマトとの戦いを脳内でシュミレーションする。
格闘ゲームはその場その場で考えて動くだけじゃない。相手のキャラがどんな動きをして、どんな攻め方が得意なのかの癖を読むことも重要なのだ。そして「ヤマトがどうしたいのか」「どんな状況を作りたいのか」を考える必要がある。
まるで恋の駆け引きみたいだ。
私は犬の耳が付いたヘアバンドで前髪を上げる。
さぁ、勝負開始だ。
軽やかな電子音が鳴る。私がヤマトの対戦部屋に入室した合図だ。
「ハルさんいらっしゃい! 今日はよろしくお願いします」
画面のなかのヤマトが笑顔で手を振ってくれて、もしかしたらこれは夢なんじゃないのかとさえ思う。イケメンの笑顔の攻撃力は桁違いだ。
ふと配信の視聴者数を見ると1000人を超えていた。さーっと背中に何かが走る感覚があって、指が震える。
「だめだめ、気にしないようにしないと」
「とりあえず、10戦ほどお願いします」
私はゲーム内の定型文で「はい」と返事をする。
ヤマトはラピスを、私はストロベリーを使って戦う。やっぱりヤマトは強い。強すぎる。この前の戦いからしっかり対策をしてきているし、私がその対策を読んだ行動をすると、すかさずヤマトも対応してくる。連戦すればするほど、そのことがはっきりとわかる。10戦して、結果は6対4。今回はヤマトが勝ち越していた。
「くっ、悔しい……」
一回ヤマトに勝っただけで、自分は調子に乗ってしまったと心から思った。対ヤマトの戦法をひたすら考えて実行しても、やっぱり甘くない。これがヤマトの積み重ねてきた努力の結果なのが、プレイしていると嫌でもわかる。
「いや、やっぱりハルさんの動き半端ないですね。差し込める選択肢の多さとタイミングの合わせ方がうますぎる」
「半端ないのはヤマトだって」
私は苦笑いする。10戦してすでに私は集中力が切れてきている。しかし、ヤマトは何食わぬ顔で視聴者にコメントを返していた。かなわないなぁ。かっこいいいなあ。……悔しいな。色々な思いが私のなかで渦巻く。
『ヤマトさん、ありがとうございました』
私はヤマトの対戦部屋を退室する。お茶を飲みながらヤマトの配信を見ると、チャット欄はすごく盛り上がっていた。それは、ヤマトに対する賛辞はもちろん、私へのコメントも多くあった。
『ハルさんほんと何者?』
『ヤマトとほぼ互角に戦える人がいたなんて』
「こんなに注目されるなんて初めてだよ……」
引きつった笑いが出る。ヤマトは私との戦いのリプレイを見ながら、コメントを返していた。
「ハルさんかなり反射神経いいですよね。攻撃も目で見えてるのがわかるし、コンボもアドリブ混ぜてくる。めっちゃいい人と出会えた」
ヤマトに出会えて感謝したいのはこっちだよ。退屈で、つまらない毎日がこんなにも変わったんだから。私はチャット欄にあらためてお礼のコメントを打ち込む。
『対戦とても楽しかったです。ありがとうございま――』
「ハルさん、今度オフで練習するんですけど、良かったら来ませんか? もしよければなんですけど……。上位でストロベリー使いってなかなかいないので、お互いにいい機会になると思うんです」
ヤマトは恥ずかしそうに額を掻く。
途中送信してしまった私のお礼コメントは、すごい速さで流れていって、そのうち見えなくなってしまった。
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