キスの続き

映画が始まった。

あらすじの通り、ゾンビ化した未知の生物たちがアメリカ全土を襲った。人類もまたヤツ等の仲間に――。


だが、ある五人が生き残った。


男性三人、女性二人。

意気投合した彼らはショッピングモールに立てこもり、共同で生活していく。やっぱり、お店に籠城するのが基本なんだな。俺もゾンビが跋扈ばっこする世界に落ちたのなら、真っ先にホームセンターへダッシュで向かう。あそこは武器庫だ。


そんな彼らは幸い、銃とかも調達できたようだし、食べ物も困らない。快適な生活を送る五人。けれど、男女の色恋はいつだって起こる。


勇敢なイケメンと、やたら美人で巨乳の女性が密室で手を握り合っていた。


蜜柑先輩も俺の手を握ってきた。



「……み、蜜柑先輩」

「静かに」

「は、はい……でも」



だめだ、蜜柑先輩は魅入ってしまっている。しかも、なぜか映画のシーンに合わせるように俺の手を握るし、体に触れてきた。


へえ、この映画……サービスシーンもあるんだ。


って、まて。

蜜柑先輩、俺のどこを触る気だ!!


そこは危険領域――ビッグマグナムゾーンだぞ!



気づけば、映画はキスシーンに移っていた。



「愁くん……」

「み、蜜柑先輩……やっぱりダメですよ」

「あたしは周囲の目とか気にしないから」

「いやいや、周囲とかの問題ではないですよ」


蜜柑先輩の唇が目の前にあった。

映画の方もキス寸前だった。


あと数センチまで迫って――けれど、俺の頬にポップコーンらしきものがチクッっと刺さった。


……な、なんだ。

悪戯か? イチャイチャしてんじゃねぇよという抗議だろうか。


誰かが投げてきのは確かだろうけど。

館内は薄暗くて誰が俺の頬にポップコーンを投げたか特定できない。



だけど、これ以上の接触はよくないと思った。


そう思っていると、映画の方は未知の生命体が出現し、男女に襲い掛かって……捕食されてバッドエンドとなった。


え……死んだ。


蜜柑先輩も落胆していた。

その後、未知の生命体は散々暴れ回り、登場人物全員を食い殺した。


なんだこのZ級映画……。



* * *



ようやく見終わって館外へ。

蜜柑先輩は体を伸ばした。


「いや~、なんだかハチャメチャな映画だったねえ」

「そうですね。まさかバットエンドになるとは思いませんでしたか……アレで良かったのでしょうか」


「まあいいんじゃない。洋画とかでバッドエンドの作品って割とあるし。ホラーとかサスペンスなら特に」


それもそうか。

言われてみれば、ゾンビモノやモンスターパニックモノの作品なら、あるっちゃあるな。……などと納得していると蜜柑先輩が俺の腕に飛びついてきた。相変わらず激しいスキンシップだ。


嬉しいけど、万が一にも先輩に目撃されたら……ヤバいな。


とはいえ、こんな場所にいるとは思えないけど。だから、密着くらいなら許容範囲としていた。



――のだが。


俺はとんでもない過ちを犯してしまっていた。



「愁くん……」



目の前になぜか先輩・・がいた。



「ゆ、柚先輩……どうして!」

「柚……な、なんで」



俺も蜜柑先輩も、突然現れた柚先輩の存在に困惑する。……偶然か、それとも尾行されていた?



「蜜柑、一回しか言わないからよく聞いて。……愁くんから離れて」

「……ッ!」



先輩の目つきがいつもと違う。

やばい……怒ってるぞ、あれは。

でも、俺ではなく蜜柑先輩に?


ここは普通、俺が怒られるところのはずだが。



「早く!」

「ちょ、ちょっと待って。だいたい、柚と愁くんは付き合っていないでしょ。恋人のふり・・・・・をしているって聞いた。だから別に、付き合っているわけではないんでしょ? なら、いいじゃん」


「付き合ってるし! キスもしたし、同棲だってする予定だから……邪魔しないで」

「えっ……うそ」



蜜柑先輩が驚いて俺の方へ視線を向ける。向けられても……困るのだが。だが、事実だった。



「う~ん、その……実は――」



俺は事情を説明しようとしたが、柚先輩から腕を引っ張られた。蜜柑先輩と離れていく。


「行きましょ、愁くん」

「ちょ、いいのか。蜜柑先輩は友達なんだろ」

「人の彼氏を取る友達なんて知らない」



あー…これは怒らせちゃったな。

建物から出て柚先輩は、真っ直ぐ俺を見た。ビンタの一撃でも覚悟したが、むしろ優しく抱きしめてくれた。……なぜ。


俺は浮気同然の行為をしたというのに。


「……すみません、先輩」

「なんで謝るの?」

「俺は……先輩を裏切ってしまったダメな男です。どうか、酷くののしって下さい」


「じゃあ――仲直りのキスね」


先輩は顔を近づけてきた。

柔らかい唇が重なって……先輩が激しく求めてきた。



「ど、どうして先輩はこんなに優しいんですか」

「わたしは愁くんにだけ優しいの。だからね、今回のことは気にしないで。浮気とかじゃないから」


「でも……」

「大丈夫だよ。恋人のふり・・・・・だからね」


「えぇ……。さっき蜜柑先輩には“付き合ってる”って言っていたじゃないですかぁ」

ふり・・だからだよ~」


「便利すぎるでしょう、その言葉。結局どっちなんですか~」

「どうだろうねえ? 愁くん次第かな」

「俺次第ですか……なら、付き合っているのかな」

「そうかもね。キスの続きする?」


「……ぅ。そ、それは……はい」



もう一度、確かめたかった。

柚先輩の気持ちを。

付き合っているかどうかを。

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