先輩の愛妻弁当が美味すぎて幸せ

まるでクラスの人気者の気分だ。

少し気分が良い。


俺は、自分の家が『冒険者ギルド』であること、そこでコスプレしてもらったことを話した。


もちろん、学校はサボったのではなく、先輩が事故にあったので俺が助けた――という、あながち間違いではないフォローを入れておいた。


納得した女子たちは各々の席へ戻っていく。休み時間が終わった。



……ふぅ、緊張で死ぬかと思った。


クラスの女子に話しかけられるとか前代未聞。今日の俺、どうしてしまったんだ。



* * *



昼休みになって、今度は女子が三人やってきた。


「ねえねえ、秋永くん。一緒にお昼どう?」

「ちょっと、遥奈! 抜け駆けとかズルイ」

「わ、私とどうかな……」


ウソでしょ……?

これ、女子に誘われてるってこと!?

なんで俺が!?


まてまて、有名になったのは“先輩”のはず。万年モテない俺に、なんでモテ期が到来した? まったく意味が分からない。


「ひとつ教えてくれ。なんで俺?」


疑問をぶつけてみると、遥奈という女子が優しく教えてくれた。


「秋永くんってあの冒険者ギルドのオーナーの息子なんでしょ。今、あのお店、SNSとかでかなり話題になってるよ。ネットニュースでも記事になっていたし」


そっちか!

先輩というよりは、冒険者ギルドが話題になっていたのか。コスプレに興味ある女子が多いのか。それとも、空前の異世界ブームかな。……でもそうか。最近は異世界系の作品がアニメとかで多いしな。そういう流行りの傾向なのかもしれない。


とにかく、しんに振舞ってやんわり断ろう。

俺は先輩との約束があるんだ。


「そういうことか。良かったらお店に遊びに来てね。あと、お昼はちょっと用事があって、またそのうち誘って」



俺は席から立ち、廊下を目指した。



……ふぅ、なんとか脱出できたな。

あのまま留まっていれば、先輩に会えなくなっていただろう。それはだけは困る。


ラインをチェックするとメッセージがあった。



柚:屋上で待ってる

愁:了解です



即返信を返し、屋上へ続く階段を駆け上がっていく。

あの扉の向こうに先輩が――。


期待に胸を膨らませていると、なにか声が聞こえた。俺は屋上の扉の前で足を止めて……息を潜めた。


先輩と誰かが会話しているようだ。



「――柚先輩、水泳部に戻ってきてくださいよ!」

「ごめんね、ちゃん。わたしはもう水泳部に戻る気はないの」


「どうしてですか! まさか恋人でも出来たんですか」

「うん、そんなところ。それにね、これから受験とか色々忙しくなるから……辞めるなら今かなって」


「あと少しで大会なんですよ。なんとかなりませんか。部員の士気にも関わるんです」



そうか、あの低身長の可愛らしい女子は水泳部の後輩らしいな。先輩を引き留めているというわけか。



「もう決心したから。わたしは水泳部を辞める。大切な人の為に時間を有効に使いたい」

「……っ! 先輩、その人って秋永って人ですか!」

「知っていたの」

「今ちょっとした有名人ですからね。……分かりました。その人を説得すればいいんですね」


「え……ちょっと!」


古都音という女子は、こちらへ走ってくる。俺は扉の内側に身を隠す。あぶね……見つかるところだった。


ふぅ、どうやら行ったようだな。


姿が消えたことを確認し、俺はそのまま先輩の元へ。



「先輩、お待たせしました」

「愁くん! あ、あの……今の聞いてた?」


「なにをです?」


一応、とぼけておいた。


「な、なんでもない。それより、お昼にしよっか。座って」


その場に座ると、先輩は唐草からくさ模様もようの物体を取り出した。


「これは?」

「愛妻弁当……」


マジか。

愛妻弁当って……泥棒の風呂敷みたいなのに包まれているぞ。今時、こんなデザインの布があるんだな。珍しい。先輩はそれを解く。


「手作りっすか。すご……ウィンナーとか卵焼きとか具材がたっぷり」

「うん、わたしの手料理だよ~。愁くんに食べて欲しくて」

「お、俺の為に……? てか、先輩料理するんですね」

「本当のことを言えば、ほとんどジークフリートに教えて貰って……がんばって作った」

「凄いじゃないですか! さっそくいただきます」

「いっぱい食べてね。というか、食べさせてあげるね」


「た、食べ!? で、でも今はふり・・をする必要はないのでは」

「そういう契約だからね」


割箸を持つ先輩は、震える手でウィンナーを摘まむ。ガタガタのブルブルじゃないか。


おそらく、手作りであるプレッシャーと不慣れな“あ~ん”が緊張感を倍増させているのだろうな。俺もドキドキで心臓破裂しそう……。


「いただきます」

「はい、あ~ん」


先輩の好意と料理を無駄にはしない。

俺はパクッとウィンナーを口にする。



…………うめぇ。美味すぎる。



濃すぎない薄すぎない完璧な味付けだ。

むしろ家庭的で好き。



幸せな、幸せすぎる昼食を進めていく。

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