剣と魔法とドラッグディーラー 〜製薬ギルドを追放されたので、裏の薬屋を開業します〜

鍋豚

EP1 薬剤師ウォルト・ブラック


「ウォルトくん。なんだね、これは」


 大手製薬ギルド〈エーワン・エーカー〉。その所長室。

 呼び出されるや否や紙の束を投げつけられた。俺が提出した、ポーションの新製法に関する論文だ。


「……目を通していただけましたか? この新製法を使えば、ポーションの生産コストを三分の一にまで削減できます。さらに効能も約二倍に——」

「くだらん」


 所長はその太い眉毛を不機嫌そうに歪めながら、俺の言葉をピシャリと遮る。


「その新製法では、既存製法で使われている素材の大部分が不要になるようだね?」

「仰る通りです」


 原料と生成工程を刷新し、コスト削減と品質の向上を同時に実現した。自分で言うのもなんだが、歴史に残る大革命だと思っている。

 だが所長はお気に召さなかったらしい。彼の太い眉毛がどんどん顰められていく。


「ということは、既存製法に関係している組織との取引も不要になるという訳だ」

「はい」

「では、彼らの儲けはどうなるのだ?」

「はい?」

「我々〈エーワン・エーカー〉は、今の製法に関わる組織と大変親密な関係でね。彼らの利益を脅やかす新製法など、到底受け入れられないのだよ」


 製薬ギルドには国から助成金が降りる。まさか、それをお友達企業に横流ししたいが為に却下すると言うのか?


「……で、では、既存製法のまま販売価格を下げるのは難しいでしょうか?」


 この国〈アルバ〉では、認可された製薬ギルドのみ医薬品の製造・販売を許されている。そして〈エーワン・エーカー〉を始めとする認可ギルドは貴族が運営しているため、庶民が逆らえないのを良いことに商品の値段を吊り上げ放題なのだ。


 特に、冒険者向けポーションは酷い。原価と経費合わせて300バックス程度なのに、市場価格は十倍の3000バックス。最低Fランク冒険者の平均報酬と同額だ。ヘタをすると報酬金が丸々ポーションに消えるのである。


 言うまでもなくポーションは冒険者にとって必需品であり、それを満足に買えないなど死活問題だ。


「このままでは、低級冒険者の死傷率は一向に改善しません」


 しかし、俺の訴えは小馬鹿にしたような笑いと共に一蹴されてしまう。


「我々は慈善事業をしているんじゃない。ビジネスをしているのだ。だいたい低級冒険者なんて貧乏人の平民だろう? 一人や二人死のうが、大した損失では無いではないか」


 冒険者の命よりも金儲けの方が大事と言うのか。

 頭がクラクラしてきた。長年心血を捧げた組織が、まさかここまで腐っていようとは。


「君も平民の出だから同情してしまうのかね? まったく、だから低俗な平民などをギルドに置きたくないのだよ」


 製薬ギルド〈エーワン・エーカー〉の職員は貴族の人間ばかり。その中でも貴族至上主義の所長は、平民の俺を目の敵にしていた。お陰で低賃金・長時間労働で長年こき使われたものだ。馬車の清掃など、本業以外の雑用も散々やらされた。


 異常な業務量に耐え、ギルドの方針に疑問を抱きつつも、今日まで精一杯貢献してきたつもりだ。しかし、もう——


「——もう、うんざりだ」


 不意に溢れた言葉に、所長の太眉がピクリと反応する。


「言葉に気を付けたまえよ。我々の方針に従えないのなら、ギルドを辞めてもらうことになるぞ?」

「えぇ、いいですよ。もううんざりだ。ギルドのやり方も、長時間労働も」


 それに、あんたの眉毛にも。


「……そうか。ならばクビだ。ウォルト・ブラック、君を〈エーワン・エーカー〉から追放する。だが——」


 言葉を区切り、所長は何やらペンを走らせて紙切れを差し出してきた。


「君は四年間、無能な平民の割には頑張ってくれたからね。退職金をあげようじゃないか」


 そんなものが貰えるとは予想外。ムカつく奴だと思っていたが、少しだけ見直した。

 しかしそんな考えは、手渡された紙を見た瞬間吹き飛ぶことになる。


「退職金……マイナス7000万バックス? どういうことです?」

「君は我々ギルドに対して7000万の借金があるということだ」

「は? 借金? 金なんか借りた覚え無いですが?」


 俺の年収は437万バックス。年収16年分の借金など全く身に覚えがない。

 困惑する俺を見るのが心底楽しいようで、所長の太眉が大きく弧を描いている。


「賠償金だよ。君の後任を探すまでの間、ポーションの製造が止まってしまうからな」


 それは仕事を俺一人に押し付けていたせいじゃないか。


「さて、どうするかね? 今ここで土下座し、ギルドの方針に従うと誓えば、追放と借金を取り消してやってもいいが?」


 なるほど、それが狙いか。追放と借金を取り消す代わりに忠誠を誓わせ、奴隷のように酷使したいのだな。

 ここで頭を下げるのが正しい行動なのだろう。しかし、俺のプライドがそれを許さなかった。


「いいえ、遠慮しておきます」

「……ほう。7000万もの借金を返済すると?」


 断るのが予想外だったのか、所長は驚いたように目を見開く。


「えぇ」

「返済のアテはあるのかね? 追放された君のことを雇う製薬ギルドなど、他に無いと思うぞ」


 それに、と前置きして、所長は口角を更に釣り上げる。


「分かっていると思うが、個人での薬の製造・販売は重罪だからな?」

「……知ってますとも」

「そうか。では、頑張って返済したまえ。踏み倒そうなどと思うなよ? 我々は君の実家の住所も把握しているのだからな。ハハハハハ」


 俺が払えない場合は実家まで取り立てに行くと脅しているのか。

 くそ。今に見てろよ。借金なんかすぐに返してやる。


 ムカつくからせめて何か嫌がらせして立ち去ろう。

 そう思い、壁に飾ってあったインテリアを叩き落としてぶっ壊してやった。


 借金が増えた。



***



「はぁ……」


 怒りのまま飛び出して来てしまったが、これからどうすればいいのだろう。仕事が無くなったうえに、今までギルドの職員寮に住んでいたため家も失ったのだ。

 加えて、多額の借金。インテリアをぶっ壊したお陰で7370万バックスにまで膨れ上がった。まともに働いて返せる額ではない。


 もちろんこんなの不当な言い掛かりだ。だが、相手は貴族が運営する大企業。仮に裁判を起こしたとしても、資金面で劣る俺が勝てる見込みは薄い。権力を持つ相手が黒と言えば黒となるのだ。


「7370万か……」


 庶民が大金を稼ぐ唯一の方法は、冒険者になって成り上がることだ。しかし、俺は剣も魔法も才能が無いし、今年で三十一歳。冒険者デビューするには遅すぎる。


 俺が人並み以上にできることと言えば、医薬品の研究開発・生産くらいだ。だがそれを行うには、国から認可された製薬ギルドに属する必要がある。

 あのゲジ眉所長のことだ。俺が他の製薬ギルドに入れぬよう根回ししているに違いない。つまり、俺が薬の売買で生計を立てることは、今後一切できないのである。


 ——ただし、それは法の下での話。


 やるしかない。道を踏み外すしかない。

 遠く離れて暮らす家族に迷惑を掛けないためにも、裏のクスリ屋として稼ぐしか方法はないのだ。


 俺には長年の製薬ギルド勤めで培った知識・技術がある。それに、ポーションを始めとした様々な医薬品の改良の研究を長年やってきた。正規店よりも安価で高品質な薬を作る自信がある。問題は、バレずに捌けるかどうか。


 それには客選びが大切だ。違法な医薬品を買い、尚且つ通報しないような倫理観の緩い人間。

 そんな人間を求めて、俺は冒険者ギルドへと向かった——。

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