10月27日(木)

 夜、寝る前に、明日のテストの最終確認のために机に向かっていた。忘れがちな要点だけを軽くおさらいした。明日はテスト最終日、ここまでくれば、もうほとんどやることもなかった。


 区切りがついたので筆を止め、時計を見るともう午後十一時前だった。カーテンを開けて窓の外を見ると、冷たく冴えた夜がそこにあった。俺はブルッと震えた。そういえば寒い。勉強に集中しているときは気が付かなかったが、集中が切れると一気に寒気を覚えた。身体が芯から冷えていた。俺は暖まるべくベッドに潜り込んだ。


 近頃は寒暖差が酷い。秋と冬が一日に同居しているようだった。朝は寒く、昼はそこそこ暖かく、夜は寒い。そんな繰り返しがたった一日の中で行われているせいで、俺の自律神経もおかしくなってしまった。おかげでさっきから鼻水が止まらない。明日がテスト最終日でよかった。鼻をかみながらそう思った。


 机の上でスマホが鳴った。このまま寝てしまおうかと考えていた矢先だった。鳴り続けている、ということは通話か? 出るにせよ、出ないにせよ、今すぐスマホのところに行くべきだった。


 だが、ベッドから机まで二メートルに満たないわずかな距離を俺は躊躇った。俺は就寝時にはスマホの電源を切る派だから、通話を取らないにしても、最終的には机に行ってスマホを殺さなければならない。しかし、そうすることを躊躇うほど寒かった。それでも行かねばならぬ、やらねばならぬ。そう心では思っていても、身体が断固拒否した。


 そこで秘策を思いついた。布団のまま動けばいいのだ、と。俺は布団を身にまとった。うん、これなら暖かい。頭の中のシグナル、オールグリーン。フルアーマーマツザキ、行くぜ! 俺は宇宙空間ほどではないにせよ寒い空間に今飛び立った。その瞬間、音は鳴り止んだ。通話には間に合わなかった。ま、急ぎのようならまた向こうからかかってくるだろう。そう思いつつ、スマホを取りに行って、またすぐベッドに戻ってきた。


 生還した俺はベッドの上でスマホを見た。タツミからの着信だった。珍しい。タツミはメッセージはしょっちゅう送ってくるが、通話はあまりしてこない。俺は不覚にも胸がドキドキしてきた。女の子からの珍しい着信。しかも可愛い女の子。その上深夜。それに昨日のこともある。健全なる男子高校生であるならば、胸がドキドキしないはずがない。


 しかし、ここからどうしていいかわからなかった。ここ数ヶ月でタツミとはかなり仲良くなったとは思うが、所詮俺は経験のない一般男子高校生で、相手は女の子。あっちから通話をかけてきたとはいえ、こんな深夜に男からかけ直していいものか……?


 杞憂に終わった。そんなことを考えていると、すぐにまたあっちからかけてきた。俺は秒速で通話を取った。


「もしもし、ごめん、寝てた?」


 時間が時間だからか、タツミの声はいつもより小さく落ち着いていた。


「いや、起きてた。さっきはトイレに行ってて出られなくて、今かけ直そうと思ってたところ」


 嘘をついた。さすがに身体が冷えてベッドから机の距離を行くのが困難だったと正直に言うのは馬鹿だ。そんなかっこ悪いこと女の子に言えない。


「で、何か用か?」


「用ってほどじゃないんだけど、ちょっと話せたらなぁって思って。ダメかな?」


「ダメじゃないけど」


「けど?」


「いや、ダメじゃない」


「そ、よかった」


 そこで、なぜか沈黙ができた。通話をかけてきたはずなのに、タツミはなぜか話さず、俺はただ待っていた。たっぷり三十秒くらい間があってから、


「ねぇ、いる?」


 タツミが言った。


「いるよ」


「何も喋らないから切れたのかと思った」


「そっちが話すのを大人しく待ってたんだよ」


「え、そうなの?」


「そうなのって、そっちからかけてきたんだから、そっちから話すのかと思うだろ」


「そう? じゃ、何から話そうかな~」


「特に話すことがあるわけじゃなかったんだな」


「なんとなく、話したくなっただけだからね~」


「タツミってやっぱり変わってるな」


「マツザキくんに言われたくないよ」


「なんでだよ」


「なんでもだよ」


 こんなどーでもいーよーないつも通りの会話をたっぷり一時間以上やってしまった。でも、遅い時間のせいか小声で話すタツミはいつもと違った雰囲気で、俺はなぜかとてもドキドキしてしまった。お互い小声で話すのが、極秘の内緒話をしてるみたいで面白かった。


「話し込んじゃったね。ごめんね、テスト前に夜更かしさせて」


「別にいーよ。嫌だったらすぐに切ってたし。それに、たまにはこんなのもいいよな」


「うん、そーだね」


 タツミは小さく笑った。その笑った感じもいつも違って良かった。可愛い女の子の可愛らしい新たな一面に触れて、俺の心はとろけるようだった。


 秋と冬の間の夜、部屋は寒いが、心は暖かかった。

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