今まであまり仲良くなかったはずの幼なじみと何故か突然イイ感じになっちゃいます!? ~かしこかわいくてちょっと変な美少女タツミさんと付かず離れず青春ラブコメディな日々~

摂津守

8月

8月22日(月)彼女は突然やってきた

 自宅で甲子園の決勝戦を観ていると、


 ピンポーン。


 玄関チャイムが鳴った。家には俺以外誰もいない。俺が出るしかない。やれやれだ。

 俺が重い腰を上げたとき、


 がちゃり、と、玄関ドアが開く音がした。

 母が買い物から帰ってきただけか、そう思ったが、


 「マツザキくんいる~?」


 玄関から俺の名を呼ぶ女の子の声。もちろん母じゃない。一体誰だ? 人の家の玄関を勝手に開けて入ってくる女の正体は……?


 そろりと玄関を覗うと、そこには同級生の姿があった。


 「あ、タツミ……」


 巽京子。小中高と同じ学校に通う同級生で、一言でいうと美人だ。ちなみに会話をするようになったのは高校生になってからで、今も同じクラスというわけでもない。


 「お、マツザキくん。なんだ、ちゃんといるじゃん」


 「ちゃんといるじゃん、じゃないだろ。なに人んち勝手に入ってきてんだ」


 俺は努めて冷静に言ったが、実際のところ胸が少しだけドキドキしていた。異性が家に訪ねてくるなんて今までなかった。それが美人で、格好も見慣れた制服じゃないってところが、なんだか俺の胸を熱くした。


 「だっているってわかってるから。どうせマツザキくん、暇でしょ?」


 薄汗滲ませた顔がニヤリと笑う。


 「人を勝手に暇人扱いするなよ?」


 「でも暇でしょ?」


 「ま、暇だけどさ」


 「実は私も。だから、遊びに来たよ。はい、お土産」


 そう言って、タツミは手に持っていたネットに入ったスイカを差し出し、サンダルを脱いで家に上がってきた。やっぱり俺に断りの言葉一つなかった。


 やれやれ、と俺は貰ったスイカに目をやった。とても大きなスイカだった。そしてよく冷えていた。夏にはうってつけだった。これ以上夏にふさわしいものもなかなかないくらい立派なやつだった。


 「お邪魔しま~す」


 「それは家に上がり込む前に言うセリフって知ってた?」


 「そんなことより、マツザキくんの部屋どこ?」


 「こっち」


 とりあえずタツミを俺の部屋に入れた。それは母以外の女性が俺の部屋に初めて入った記念すべき瞬間だった。


 「ふー、涼しい。あ、甲子園観てたんだ。野球好きなの?」


 「いや、別に好きってわけじゃない。暇だったから観てただけ」


 「ふぅ~ん、じゃ、一緒に観よ」


 「俺、その前にスイカ切ってくるから、適当に楽にしてて」


 俺はタツミを部屋に残し、台所に向かった。

 台所で一旦スイカを置いてから、俺は深く息を吸い、吐いた。まだ動揺していた。女の子が来ただけなのに、暮らし慣れた家が急に異世界になってしまったような感じた。


 ふわふわとした心のまま、スイカを切って皿に盛り付け、トレーに麦茶と一緒に載せ、自室へと向かう階段を上がっていった。部屋のドアをそっと開けると、タツミが俺の部屋でくつろいでいた。俺のベッドに勝手に、おっさんみたいに肘をついて横たわってテレビの甲子園を観ていた。まるで自室のごとくゆったりと気ままに過ごすタツミに俺は、呆れるよりも逆に尊敬の念すら覚えた。


 「適当に楽にしててとは言ったけど……」


 「うん、苦しゅうない」


 「殿様か」


 「近うよれ」


 「殿様か」


 これじゃどっちが部屋の主かわからない。もう苦笑するしかない。

 俺は椅子にトレーを置いてから、タツミの手招きに応じてベッドに腰掛けた。

 そのときふと、甘い香りがした。スイカとは違う、今まで俺の部屋で感じたことのない匂いだった。多分タツミの匂いなんだろう。俺の落ち着きかけた胸が再び騒ぎ出した。


 タツミに目をやる。タツミは俺の視線なんか一切に気にしていなかった。上体を起こし、切ってきたスイカを食べ、ときどき麦茶を飲んでいた。俺はタツミの一挙手一投足に目を奪われていた。

 タツミのセミロングの黒髪、飾り気のない短パンとキャミソールから突き出した健康に焼けた肌が眩しい。スイカを掴むスラッとした指先が、濡れた唇がやけに艶めかしい。


 自分がどうしようもないほど思春期なことを嫌というほど自覚させられる。折しも家には誰もいない。二人っきりの空間。


 「ねぇ、マツザキくん」


 俺はハッとなった。見惚れすぎていた。


 「はぁい?」


 変な声が出た。


 「スイカ、食べないの?」


 「スイカ、ああ、スイカね。欲しいの?」


 「ううん、冷えているうちに食べて欲しいなって」


 「え?」


 「だって私からのせっかくのお土産だよ? 美味しいうちに食べて貰ったほうが嬉しいじゃん」


 「ああ、たしかに」


 スイカを食べた。とても甘かった。みずみずしくて、それでいてしつこくない甘さ。さわやかな夏の甘さだった。


 「どう? 美味いでしょ?」


 「ああ、とっても」


 スイカはとても美味しかったが、俺が今一番楽しんでいるのはタツミとの時間だった。自分が普段過ごす部屋のベッドに異性がいるという事実に比べれば、スイカの味なんてどうでもよかった。


 「だけどすごいよね」


 スイカ片手にタツミが言った。


 「死ぬほど暑い中、全国一位の座を賭けて野球やってるんだよ。凄いよねぇ。激しく狂おしいほど青春だよねぇ。私ならすぐダウンだわ。ぶっ倒れて白目むくね、確実に」


 「たしかに、ちょっと真似できない青春だな」


 「あ、でもさぁ、青春なら、これも青春っぽくない? 男女が二人、部屋でスイカ食べながらテレビ観てるのも、一つの青春だと思わない?」


 「ま、それもそうかもな」


 「炎天下で激闘する高校生を、クーラーの効いた部屋で応援する高校生、どっちも青春よねぇ」


 「ま、たしかにな」


 後者はその辺の暇なおばさんだってやってることだから、二つを同列に並べるのはどうかと思ったが、それは口に出さなかった。


 「ねぇ、どっちが勝つと思う?」


 スイカを食べ終えたタツミがテレビ画面を指さして言う。


 「今勝ってる方」


 「私と逆だね。ね、賭ける?」


 タツミがいたずらっぽく笑って言った。


 「それって違法賭博じゃない?」


 「お金じゃなかったらいいんだよ。というわけで、学食でどう?」


 「乗ってやるよ」


 「よし、それでこそ青春だ」


 「好きだね、その言葉」


 「だって、青春って1、2、3、ジャンプだからね」


 「意味がわかんねーよ」


 「私の好きな歌にあるんだよ」


 駆けの結果は一時間と経たずに出た。俺の賭けた方が勝った。俺は見事勝利し、学食の権利を得た。それは同時に、楽しい時間の終わりでもあった。


 「じゃ、そろそろ私帰るね」


 「おう」


 そっけなく言ってしまったが、内心は残念だった。だが俺に引き止める言葉がなかった。明らかに経験不足だった。今回ばかりはどうしようもなかった。


 二人で部屋を出て階段を降りると、リビングから母の声がした。いつの間にか母が帰ってきていたらしい。

 するとタツミは何を思ったのか、突然リビングに行き、


 「初めまして、リョウスケくんの同級生のタツミキョウコと言います。リョウスケくんにはいつもお世話になってます」


 いきなり母に挨拶しはじめた。母とタツミが数語会話していたが、俺の耳には入ってこなかった。俺はタツミのことが母にバレた恥ずかしさでそれどころじゃなかったのだ。


 帰り際、玄関先でタツミが言った。


 「お母さんにバレたくなかったんでしょ? 仕返しだよ。賭けの分のね」


 ニヤリと笑って、タツミはやや傾きかけたまだ蒸し暑い空の下を、洋々と帰っていった。

 思いもよらない理不尽な反撃を受けた俺は、家に入ると玄関先でニヤニヤ笑う母と遭遇した。


 「可愛い子ねぇ。あんたもやるじゃない。付き合ってるの?」


 「そんなんじゃないよ」


 俺は逃げるように自室に戻った。

 そういえば、帰り際のタツミの顔はさっきの母の顔にどこか似ているような気がした。

 窓の外でセミが一日の総仕上げを始めた。弱々しく小さな、心地よい音だった。夏の終わりを告げるようなさみしげなメロディだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る