第四章

いざ、出発!

「ロジー、準備できたー?」

「はい、博士。準備万端です」


 ロジーはリュックを背負い、両手に大きな荷物を持って、玄関先へ急ぐ。


「そんな無理して持たなくていいよ。わたしも運ぶの手伝うって」


 羽風はかぜはロジーを見かねて、荷物を一つ持とうとした。


「ですが、博士」


 ロジーが止めるよりも早く、羽風は荷物を奪い取ってしまった。


「ふぎゅっ!」


 羽風は妙な声を上げて、荷物の重さに引っ張られるまま、廊下に膝をついた。


「何これ、めっちゃ重い……」

「それは予備のバッテリーなんです。万が一充電が切れた時に備えて、持っていこうかと」

「むぅ……。もう少し軽量化できないか検討しよう……。しかしロジー、よくこんなの持てるな」

「片腕でしたら三十キログラムまで耐えらます。博士がそう作ったではないですか」

「そうだった。どうしてわたしはそんな機能まで付けたんだっけ」


 まあ今回の場合すっごく助かるけど、と羽風は言いながら、荷物持ちを諦め、ロジーより先に玄関の戸を開けた。力仕事の手伝いはできない分、ロジーをエスコートするほうへとシフトチェンジしたようだ。


 玄関を出たすぐ横の敷地内に、車は停められている。ロジーは車のトランクに荷物を詰め終えると、助手席へとついた。


 あとから羽風も、運転席に乗り込む。


「よし! 戸締りもしたし大丈夫だろ。行くか!」


 羽風はエンジンをかけ、車を走らせた。


 これからエリカを迎えに行って、それからキャンプ場へと向かう算段だ。


 エリカの家までの道中で、羽風はロジーに聞く。


「まさか、ロジーがこんな提案するとは思わなかったよ」

「わたしも、自分でもそのことに驚いています。しかし、今回作る思い出が、エリカ様の励みになればと思いまして」

「ほーん」


 ロジーは横目で羽風を見る。

 運転する羽風は、家にいる羽風とまた違って格好よく見えた。


「……なぁ、ロジー」


 突然、神妙な声音の羽風。


「なんでしょうか?」

「あのさ、ロジーってさ……好きな人いるの?」

「…………えと」


 まさかの質問に、ロジーはたじろいだ。


「な、なぜそんなこと……」

「前に一瞬言ってたじゃん。エリカに恋の相談してるって……」

「……はい」


 つい口を滑らせて言ってしまったあのときのことは、よく覚えていた。


 ロジーは動揺していた。好きな人はもちろんいる。今も真隣にいる。至近距離で座っている。

 そんな好きな人は、少し不機嫌な顔をしていた。ロジーは途端に不安になる。


「……その恋愛相談ってさ、エリカじゃなきゃダメなの?」

「……その、それは……」

「わたしじゃ相談相手にならないってか」


 赤信号に当たり、車は一度停止する。

 気まずい沈黙が、車内に流れる。


「……博士じゃ、ダメです」


 ロジーは小さな声でそう答えた。


 信号が青に変わる。車はまた走り出した。


「……そっか。残念」

「……博士だって」


 今度は、ロジーが羽風に問いかける番だ。


「好きな人、いるんですよね。エリカ様から聞いています。大学や仕事の話はよく聞かせてもらえますが、博士だって、わたしにそんな話、してくれなかったです。……相談、してくれませんでした」


 ロジーはそう言って、またチラリと横目で羽風を見た。


「……そりゃ、ロジーにはしないだろ」

「なんでですか」


 ロジーは羽風を睨んだ。

 羽風は一瞬だけロジーの方を見て、顔を綻ばせた。


「……? どうして笑うんです?」

「いや、かわいいと思って」


 ロジーは顔が熱くなった――気がした。


「……いっちばん最初のほうで、ロジーに言ってるんだけどな」


 羽風はロジーにも聞こえないように、小さな声で呟いた。


「……? あの、何か言いました?」

「いんや。そろそろエリカの家に着くぞ」


 羽風は車を走らせながら、あることを考える。


 ――ロジーに心が芽生える前、一度好きとは伝えているけれど、アンドロイドでしかなかったロジーの返答は、実につまらないものだった。


 羽風は、唾を飲み込む。


 ――もし、今伝えてみたらどうなるんだろう。


 横断歩道に差し掛かり、また車を一時停止させる。


 隣のロジーを見れば、真っ直ぐに窓の外を見つめていた。


 羽風は首を横に振って、再び車を走らせた。


 ――ダメだ。わたしの好奇心と一方的想いをぶつけてはダメだ。ロジーは、ロジーでもう好きな人がいるんだから。……ロジーはもう、ただのアンドロイドじゃない。


 エリカの家である和菓子屋が見えてきた。

 お店の前で、エリカは両手を振っている。それを見たロジーは、マネして右手を振ってみせた。


 羽風はそんな様子を見ながら、思う。


 ――ロジーはもう、一人の人間だ。

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