実験結果

「……と、まあ先輩とウチの愛の物語はこんなところッス!」


 三十分くらいは話していたんじゃないだろうか。エリカと羽風はかぜの思い出話は、やっと幕を閉じた。


「要約すると、高校の時に出会って、コイツが勝手に今もわたしといっしょにいるだけってことだ」


 羽風はそんなエリカの大演説を、たった一文でまとめてロジーに説明した。

 エリカは「略しすぎッス! ……まあ間違ってはないけど……」と呟いた。


「でも、こんなに過ごしてきて初めて知ったッス。先輩に、ロジーさんという幼なじみがいたなんてこと」


 羽風は、そりゃそうだ、ロジーといるのなんてここ一ヶ月の話だからな、と心の内でボヤいていた。


 ロジーは全員のお茶と和菓子がなくなっていることに気づき、(ロジーの分は羽風がエリカの大演説中に全部平らげていた)そこで、


「お茶のおかわりと、何かお菓子をご用意しましょうか?」


 と、エリカに尋ねた。


 エリカは胸の前で両手を小さく振った。


「いえお構いなくッスよ。それに、今日はウチもここでお暇させていただくッス」


 と、ソファから腰を上げた。


「もう帰るのか?」

「はいッス。今日は先輩の家に来れたことと、ロジーさんと話せて大満足ッス! また今度、いっしょに遊びに行きましょ! ……このあと仕事があるんスよ」


 エリカの後半の言葉は、少しだけ元気がなかった。


 羽風とロジーは、エリカを玄関先まで見送る。

 靴を履いたエリカは立ち上がり、二人と向き合った。


「それじゃあ、今日はお邪魔しました! ……で、そのロジーさん……」


 必然的に、エリカはロジーに対し上目遣いになりながら、意を決したかのように、こう言う。


「ウチと、お友達になってくれないッスか!?」


 エリカは右手を差し出して、頭を下げた。耳たぶが、ほんのり赤く染っている。


「短い間でしたけど、話していていっしょにいたいと思えたッス! だから!」


 エリカは真剣だった。羽風はそんなエリカの純粋さと幼い子のようなかわいらしさに笑いが溢れそうになるのを、必死で押えている。


 ロジーは戸惑ってしまう。羽風に答えを求めるも、ただ頷くだけだった。


「…………」


 ロジーはゆっくりとその差し出された右手を取った。


「……はい」


 ロジーはゆっくりだったが、ハッキリとそう答えた。

 エリカは顔をばっと上げた。頬は赤く紅潮し、うれしさと驚きで目が大きく開いて、そして次に、満面の笑みを見せた。


「よろしくッス! ロジーさん! ……あ、あの、やっぱりロジーさんじゃなくて、ロジねぇって呼んでいいッスか!?」


 ロジーは「はい」と、答えた。


「……っ! ……えへへ、じゃあ今からロジ姉ッス!」


 エリカはうれしそうに微笑んだ。


「わたしは先輩で、ロジーはロジ姉なのか?」


 羽風は聞くと、エリカは強く頷いた。


「一応二人ともウチの先輩なんで! 先輩は元々先輩だから、ロジ姉はロジ姉にしました!」


 あんまり答えになってない答えが返ってきたが、羽風はそうかい、と受け流した。


「それじゃあ改めまして、今日はお邪魔しました」


 エリカはそう言って、玄関のドアノブに手を掛けた。

 最後にもう一度振り向き、


「あ、そうそう。ロジ姉も、ウチのことはエリカ様なんかじゃなくて、エリカって呼んでもいいッスからね!」


 と、言い残して帰って行った。


 パタンと扉が締まり、さっきまで賑やかだった家の中は、シンと静まり返る。


 そのとき、ロジーは自分のしてしまったミスが波のように寄せて、視覚内に表示されていく。すべて報告して、処分を聞かないと、とロジーは思ったが、すぐに言葉が出てこない。


 ――今日の自分は、上手く動作しない。


「……ロジー」


 羽風に名前を呼ばれ、ロジーの肩がビクッと震える。

 恐る恐る顔を上げ、ロジーは羽風を見た。

 羽風は、温かい笑みをこちらに向けていた。


「冷や汗掻く時もあったが、今日は大前進だ」


 羽風は、そっとロジーの肩を抱いた。


「人間らしくできてたぞ、ロジー」


 羽風はそっと肩を離して、リビングへ戻ろうとする。


「待ってください、博士」


 呼び止められた羽風は、振り向く。


「わたしは、今日多くのミスをしてしまいました。フレンドリーと求められたものを、即座に対応できなかったり、自分の分のお茶菓子を用意できなかったり……呼び名の命令を無視して、博士と呼んでしまったり」


 ロジーはそう言って俯いた。


 セルフチェックをかけたが、原因はわからない。どこか回路がおかしくなっているのか、発音機能に問題が生じているのか……。


 羽風はそれを聞いて、大きな声で笑った。ロジーは、なぜ笑うのかわからず、呆気に取られてしまった。


「ロジー、それでいいんだよ。今日のロジーは人間らしかった!」


 羽風は再びリビングへと歩み出した。

 ロジーは、しばらくその場で呆然と立っていた。







 ――今日のあなたは本当に面白かったわ!



 ……玄関先に立っていたはず、なのだが。


 ロジーは、森の中にいた。

 見上げれば、いつかの平原で会った、あのときの女性が木の幹に腰掛けて、こちらを見下ろしていた。


「アンドロイドの癖に、嫉妬しちゃうなんてかーわいいー」


 女性はクスクスと笑っている。


「嫉妬……?」


 女性は、何とぼけてんのよ、とロジーを見つめた。


「羽風とエリカがイチャイチャしてたとき、あなたちょっとムッとしたでしょ?」

「…………」


 ロジーはあのときを思い出す。確かに、ムッとした――何か黒いものが、自分の胸の内を駆け巡った気はした。


「だから、『博士』って、ワザと羽風に言われていた命令を無視して呼んだ」


 女性はじーっとロジーの目を見つめる。

 その黒い目はロジーの内側まで全部、見抜いているようだった。


「……エリカって子が、中々いい起爆剤になってくれそうよね。あの子は、子供みたいな純粋さを兼ね備えてる」


 女性は木の幹からするりと落ちる。


「これからが楽しみだわ」


 女性のその行動に、危険と判断したロジーは必死で手を伸ばした。


 ……が、伸ばした手の先には、見慣れた家の廊下が続いていた。


「……これは、なんなの」


 リビングのほうから、ロジーを呼ぶ羽風の声が聞こえてくる。

 ロジーは返事をして、羽風の元へと向かった。

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