戦争の星 008

 エカテリーナとミハイルは王座の間にいた


「さて、これで今日の公務も終わりですね。すぐにお休みになられますか?」

「はい……いえ、ミハイル、少し話があります。時間は大丈夫ですか?」

「ええ、もちろん」 


 女王の急な申し出に怪訝な顔をするミハイル。


「……これからは我が国の力は戦争ではなく平和のために注がれることになります。そうなってくると軍隊も縮小することになると思います。当然、近衛隊もです」

「はあ……そうですね」


 要領を得ないエカテリーナの話にミハイルはついつい生返事をしてしまう。


「いえ……ごめんなさい。こういう遠回しなのはいけませんね」


 そう言うとエカテリーナは決心したのかミハイルをまっすぐ見据える。


「ミハイル、今日まで王家に仕えて頂いてありがとうございます。あなたは自分の役割を十分全うしました」

「そんな……どういうことですか?エカテリーナ様!」


 驚きのあまりエカテリーナに詰め寄るミハイル。


「まだ御恩は返せていません!貧民街から連れ出し、自分に十二分な教育を与えてくれました。今の自分があるのは先代とあなたのおかげです!」

「ミハイル……私はわかっているのですよ。あなたが宇宙に出ることを諦めきれていないことを」


 心を見透かされていることにミハイルは狼狽する。


「いいのです、ミハイル。私たちは確かに主従の関係です。でも、それ以上に私たちは同じ時間を過ごしてきました」


 そう言ってエカテリーナはミハイルの手を取る。


「あなたには自分の道を進んで欲しいんです。だって、”家族”なんですから」


 エカテリーナの言葉にこれまで溜めこんできたものが涙としてミハイルの頬を伝う。それを見てエカテリーナも涙をこぼす。


「……エカテリーナ様!」


 ミハイルは膝をつく。


「この御恩は一生、一生忘れません!」

「ふふふ、ミハイル、いいのです。いいのですよ……」


 エカテリーナはそう言ってミハイルの頭を撫でた。


ーーー


 オリバーはホライゾン号の様子を確認するため、宇宙港へ来ていた。太陽の熱に焼かれた塗装はしっかりと新品同様になっており、なんだか気分が良かった。曰く、アーティファクトの宇宙船を修理できると職人たちがえらく張り切ったらしい。


(よし、これならすぐにでも出発できそうだな)


 ホライゾン号を隅々までチェックしていると、コツコツと足跡が近づいてくるのが聞こえる。音の正体はミハイルだ。


「船は大丈夫そうだな」

「ああ、おかげさまでな。いい感じに修理できたし、補給も十分だ」

「……そうか」


 そんなことを話しに来たわけではないはずだ、とオリバーは予想していた。


「なんだよ」

「いや……」

「なんだよ。言いたいことでもあるのか?」

「……」


 ミハイルは意を決したように口を開く。


「オリバー、冒険は楽しいか?」


 出てきた言葉はざっくりとした質問だった。そんなミハイルをオリバーはついつい笑ってしまう。


「ミハイル、あんたの想像している通りだよ」

「……そうか!」


 そう言ったミハイルの顔はどこか晴れやかだった。


「オリバー」

「なんだよ」

「私も宇宙へ出てみたい」


 オリバーが再び噴き出す。


「なんだそれ。どんな頼み方だよ」

「……すまない。苦手なんだ、こういうのは」

「ったく、しゃあねえな。俺の冒険は甘くねェぞ」

「ああ!望むところだ」


 翌日、オリバーとミハイルは再び宇宙港へ来ていた。しかし、昨日と違いミハイルは近衛隊の制服を着ておらず、手荷物を持っていた。そして、昨日はいなかったエカテリーナもいた。


「んじゃあそろそろ行くか」


 そう言って整備員へ挨拶を終えたオリバーがミハイルとエカテリーナの元へやってくる。


「オリバーさん、何から……」

「待った。そういうのはもうナシだ。聞き飽きたぜ」

「ふふふ、そうですね。ありがとうございます」


 そう言ってエカテリーナは深々と礼をする。


「では、エカテリーナ様、行ってまいります」

「ええ、ミハイル。行ってらっしゃい。お体に気をつけて」


 オリバーとミハイルはホライゾン号へ繋がるタラップに乗る。エカテリーナは手を振って2人を見送る。


「いいのか?」


 オリバーは小声でそう言った。


「大丈夫だ」


 ミハイルは短く答えた。オリバーの言葉の意味はわかっている。宇宙の旅には常に危険が付きまとう。いつどこで死ぬかもわからないし、死んだことすら誰にも伝わらない可能性もある。

 だから別れをもっと惜しめ、オリバーはそう言っているのだ。


「そうか……」


 そう言ってオリバーはホライゾン号の中へ消えていった。ミハイルもそれに続こうとするが、足が止まってしまう。


「……」


 急に立ち止まったミハイルをエカテリーナは心配そうに眺める。

 

 ミハイルは遠くに見えるエカテリーナの方へ振り向く。


「エカテリーナ様!」


 ミハイルは宇宙港にいる全ての人に聞こえそうな声量で叫ぶ。


「必ず戻ります!戻ってあなたにお聞かせします!宇宙の、冒険の話を!」


 その瞳はかすかに潤んでいた。


「わかりました!いつまでも、いつまでも待ってます!」


 ミハイルはエカテリーナの答えを聞くとホライゾンの中へ入る。やがて、ホライゾン号のエンジンが始動する音が宇宙港に響く。そして、船体が浮き上がると、スラスターの推力を頼りに宇宙へ飛び立った。

 エカテリーナは小さくなっていくホライゾン号をずっと見続けていた。


ーーー


 暗黒の世界をたゆたう宇宙船がひとつあった。船体はくすんだ黄色で角のとれた四角形をいくつか組み合わせたような形をしている。側面にはシンプルなフォントで『HORIZON』と刻印されており、この船がどこへ向かうのかを示している。


 船内には動く影が2つある。オリバーとミハイルだ。


「そういえばオリバー、聞いていなかったがこの船の目的地はどこだ?」

「ん?あぁ言ってなかったっけ?」


 そう言ってオリバーはイヌハの星で貰ったパンをちぎって口に放り込む。


「ミハイル、前に食堂で話した『宇宙7大奇譚』は知ってるか?」

「もちろん」


 宇宙7大奇譚、それは帝国全盛の時代から謎とされてきた宇宙の神秘である。そのどれもが宇宙のバランスを崩しかねないものだと言われており、銀河帝国を興した初代皇帝はそのひとつを見つけたとされている。しかし、今ではおとぎ話だと思われている。


「で、俺が目指してるのはそのひとつで、コイツだ」


 オリバーはコンソールに表示されている星図をコツコツと叩く。ミハイルが覗くとそこにはある信号の発信地点と、そこへ到達するためのルートが表示されていた。その信号は宇宙の果てより送られてくる救難信号。この宇宙が生まれる前から送信され続けているシグナル。宇宙7大奇譚のひとつ『ホライゾン・シグナル』であった。


「こんな星図どこで……」

「まあ、それは追々な」


 オリバーは少しはぐらかすように言うと、パンの残りを口に収めた。ミハイルは星図をじっくり眺めている。


「あと、もうひとつ気になることがある」

「なんだ?質問の多いやつだな。まあいいけど」


 オリバーはそう言うとおおきく伸びをした。


「食堂で話した宇宙ダコの話は本当か?」

「ああ、もちろん。しかも、宇宙ダコの漁場の近くの小惑星にな、たこ焼き屋の屋台があるんだぜ」

「マジか」

「コンソールに写真が入ってる。見てみな」


 そう言ってミハイルはコンソールをいじり始める。オリバーはその様子をニヤリと笑いながら見つめる。2人がこれからどんな冒険をするのか、何と出会い何と分かれるのか、それは誰にもわからない。なぜなら、2人の旅は始まったばかりなのだから。

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