1-3 ポーターという職への認識

 グリッドたち『新緑の風』の面々は混乱していた。確かに自分たちのしたことは褒められたことではない。売り込みたいのならまだしも、聞かれたからと言って自らの能力を推定されるような情報を軽々しく口にするようでは冒険者としては失格だからだ。

 ただ、それはあくまでも普通の冒険者に限られることだ。


 自分たちの前に座る者は何だ?ポーターではないか。他の冒険者たちの後について、時には守られながらにしてようやく目的地にたどり着くことができ、他の冒険者たちの成果を運ぶだけの人足にんそくに過ぎない存在ではないか。


 それが自分たちの提案を断るだと?


「たかがポーターの分際で随分と生意気な口を利くじゃないか」


 しかし、混乱が収まった瞬間にこみあげてきた怒りに任せて怒鳴りつけようとしていた言葉は、彼らからではなく予想外の人物から発せられることになった。

 あまりに淡々とした口調であったためか、怒りは霧散し急激に熱せられた頭は上昇時よりもさらに高速で冷やされていた。


「……ディーオ、台詞を真似るならせめて少しは感情をこめてやってくれよ。何が起きたのか分からなかったじゃないか」

「ああ、悪い。まだ頭がはっきりしていなくてさ。……でも、あちらさんが言いたかったことから当たらずしも遠からずだったみたいだし、問題なしということで」


 と、目前で行われた会話によって、五人はようやく先ほどの台詞を発した相手を特定できていた。

 そして同時にこちらへと向けられる二人の目が冷ややかであることにも気が付いたのだった。


「いや、俺たちはそんなことは思って――」

「いたよな。少なくとも俺たちのことを自分たちと同じ冒険者だとは思っていなかったはずだ」


 言い訳を遮られて、さらには心の奥底を暴き立てられていく。その時になって『新緑の風』の者たちは釈明の機会など与えられていないことを悟ったのだった。


「まあ、そういう考えの人間は多いから別にどうということはないけど。それでも気分が良いもんじゃないし、やっぱり雇われるという話はなかったということで。それじゃあ、さよなら」


 それだけ告げると二人は『モグラの稼ぎ亭』から出て行こうとした、ところをマスターに睨まれていた。

 そしてすごすごと戻ってきたかと思うと、食べ残しの入った皿を持ってカウンター席へと座らされていたのだった。

 どうやら食事を終えるまでは帰らせてもらえないらしい。


「二等級冒険者のパーティーに啖呵を切るくらいの元気があるなら、俺の作った飯を食いきることくらいできるだろう?」

「マスター、二日酔いが残っている身にセロリはきついっす」

「この前も似たようなこと言っていたよな?それってただの好き嫌いじゃないのか?」


 聞こえてくるのは気の抜けたやり取りばかりで、とてもつい先ほどまで自分たちに棘のある言葉を投げかけていた人物たちが含まれているとは思えないようなほのぼのとしたものだった。

 その変わりように呆然としている間に、ポーター二人は食事を終えて――正確には食べていたのはディーオだけだったが――出て行ってしまったのだった。


「それで、振られてしまったお前さんたちはどうするんだ?このまま居座るなら、さすがに何か注文してもらいたいんだが?」


 マスターからの一言に顔を見合わせる五人。


「……迷宮に向かうという気分でもなくなってしまったわ」

「同じく」

「そうですね。こんな落ち着かない気持ちのまま迷宮に行ったところで得るものはないでしょう。むしろいらない怪我や余計な出費をしてしまうことになりそうです」

「飲んでさっきのやつらの事は忘れたい。俺は気分が悪い」

「……了解。迷宮に行けるような状態ではないのは俺も同じだ。ここのところ忙しかったし、たまにはこんな時間から飲むような日があってもいいだろう。マスター!エールとつまみを五人分頼む!」


 そして日が中天にさしかかる前から始まった宴会は他の冒険者たちを巻き込んで一日中続き、その日の『モグラの稼ぎ亭』の売り上げは過去最高を記録することになる。

 更にそのことから『新緑の風』の五人はマスターから最上級顧客として認知され、色々と便宜を図ってもらえることになっていく。

 その代わり、それから数日の間は質素を通りこして貧相な食生活を送ることになるのだが、それはまた別の話。


 ちなみにツケ払いの常習犯だった者たちは、良い機会だということで身包みを剥ぐ勢いで代金を徴収されていったのだった。




 一方、『モグラの稼ぎ亭』から出た二人は宴会が始まったのを確認してから、隣に建っている冒険者協会マウズ支部へと足を運んでいた。


「え?あれ?二人だけなの?」


 てっきりどちらかは『新緑の風』と一緒に現れると思っていたので、紹介したはずのポーターが揃って、しかも二人だけでやってきたということに担当した受付嬢は驚きを隠せないでいた。

 しかしそれは彼女だけの勝手な思い込みという訳ではなく、他の職員たちも似たり寄ったりな考えをしていたのか、同じように頭を傾げていたのだった。

 そんな様子にポーターの二人は苦笑いを浮かべていた。


「『新緑の風』という名の二等級冒険者たちにお前たちのことを紹介したんだが、会わなかったかね?」


 二等級という実力者たちの動向が気に掛ったのか、少し奥にいた上役が話を引き継ごうと受付嬢の隣へとやって来る。

 そしてそれを見た他の男性職員たちの顔が一斉に負の感情を湛えたものへと変化していた。どうやら同じ職場ではあっても、彼らにとって冒険者協会の顔とも言える受付嬢たちは高嶺の花の存在であるらしい。


 余談だが、これはどこの冒険者協会の支部でも同じであり、男性職員たちは冒険者たちに目が向きがちな受付嬢たちへどうやってアピールするべきか日夜研究を続けている、らしい。


「会いましたよ。話し合いの結果、流れてしまいましたけど」


 そんな職場事情を目にしてしまったことはおくびにも出さずにブリックスが質問に答えた。


「何か問題でも?」


 普段は冒険者同士の事情にはほとんど首を突っ込まないのだが、今回は場合によっては迷宮の探索が一気に進むかもしれないという期待もあって、上役の男性は詳しい事情を聴くことにしたようだ。

 決してせっかく陣取った受付嬢の隣から離れたくなかったという理由ではない。きっとそのはずだ。


「よくある職業差別意識ですよ」

「おや?礼儀正しい人たちだったよ?昨日は私たちに挨拶して回っていたくらいだ」


 職員たちが揃って頷く。恐らくそうした態度は彼らの心からのものなのだろう。


「表面上は取り繕っていましたけど、心の中ではポーターなんて冒険者ではないと思っている感じでしたね、あれは」


 そして自分たちが垣間見た姿もまた、彼らの本性だったのだとディーオは考えている。そして『新緑の風』の応対をしていた受付嬢だけがその言葉に納得していたのだった。


「それでも短期間なら何とでもなったでしょうけど、話の雰囲気的にかなり深い場所まで潜るようだったので断ってきました」

「ああ。確かに深層が目的地だと言っていたかな」


 余り詳しく冒険者個々の情報を言う訳にもいかず、曖昧な物言いで答えを濁す。


「しかし、徐々に慣らしていくと言っていたようにも記憶しているんだがね」

「はい。そうも仰っていました」


 突然会話の水を向けられたにもかかわらず、すんなりと答える受付嬢。このくらいは日々荒っぽい冒険者たちを相手に会話業務をこなしている彼女たちにとっては朝飯前のことである。

 まあ、中にはわざとつっかえたりして可愛らしさをあざとく狙うような輩もいるようだが。


「それって多分、向こうのやり方を押し付けてきて、それに合うように調教するってことだと思いますよ」


 彼らであれば「金を払った上に成果として大々的に公表できるような深部まで連れて行ってやるのだから、こちらに合わせるのは当然のことだ」と平然と言ってのけてしまいそうだ。


「ふうむ……。ブリックスも同じ感想かな?」

「そうですね……。あの人たち一見すると丁寧な物腰だし、雇われたとしても扱き使うようなことはしないと思います」


 上役からの問いに少し考え込む――どこまで本音で話してしまって良いものか迷ってしまったのだ――仕草を見せた後、感じたまま――ディーオがぶっちゃけてしまっていたので今更だと思い直した――に話し始めた。


「それなら受けても良かったんじゃないかね?」

「だから、一見、なんですよ。心の奥では全然違ったことを考えていたと言われても不思議じゃなかったです。それと二等級冒険者だという自負が重なって、自分たちの指示に従うのは当然って考えになっているんじゃないかと」


 上級冒険者に成ればなるほど、自分たちのやり方というものに誇りを持つものである。それで生き残ってきたのである意味当然なのだが、まれにそのやり方を押し付けようとする者も出てくる。

 残念ながら『新緑の風』は間違いなくその部類であるように思われた。


「一応俺たちにも自分なりのやり方ってものがありますから。良いと思えるものは取り入れていきますけど、一方的に押し付けられるとなると反発してしまうことになります」


 街中でなら大乱闘、迷宮の中だとしたら生命にかかわることになっただろう。暗にそのことを伝えられて職員たちの顔が引きつっていた。


「ううむ……。しかし君たちがダメとなると、条件に合う者はいなくなるな」

「後は自分たちで探してもらった方がいいんじゃないですか?俺たちを紹介したことで、協会としても義理を果たしている訳ですから、これ以上は贔屓しているように見られますよ」


 協会側としてはただ単に新規にやって来た冒険者たちへの心遣いというつもりであっても、他の冒険者たちからすれば明確な差別と映ってしまうこともあるのだ。

 特に彼らは二等級冒険者ということで、媚びを売っていると悪意を持って捉える者が出ないとも限らない。口で言うのは簡単だが、公平に扱うというのは存外難しいものなのである。


「それに彼ら、三十二階層という明確な目的地があるし、何らかの依頼を受けている状態かもしれませんよ」

「……場合によってはどこかの貴族の紐付きの可能性もあると?」

「もしかしたらの話ですけどね」


 ディーオが肩をすくめながら答えると、冒険者協会は沈黙に包まれたのだった。

 目的の階層で取得できるなんらかの品を求めているだけであれば問題ない。だが、迷宮の利権に絡んでこようとしているものであったならば厄介なことになってしまう。

 しかもその背後にいるかもしれない貴族はグレイ王国ではない国の貴族かもしれないのだ。下手をすると内通者だと弾劾される恐れもある。用心しておくにこしたことはないだろう。


「それじゃあ、俺たちは軽く潜ってきますから」

「ん、あ、ああ……。気をつけてな」


 そして二人はまるで遊びに行くような感覚で迷宮へと向かうことを告げると、さっさと立ち去って行ったのだった。

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